04-16 矢尻知道の戦利品
矢尻知道と協力して気を失った田所一を保健室まで送り届ける。
完全に意識を喪失している田所ほどではないが、矢尻も多少の擦り傷を負っており、消毒などの軽い治療をしてから戻るという。
そんな矢尻と保健室で別れたあと、新堂零時は視聴覚室へ戻った。
臨時で1年D組用の教室として使用している視聴覚室内は、昼休みということもあって割合に騒がしかった。
田所と矢尻の一件はすでに伝わっているようで、新堂が教室内に入ると近寄って確認してくる者も何人か居た。
新堂は簡単に学食前での出来事を説明する。
スキルの委譲についてのアナウンスがなかったこともあり、「あの田所が負けた」ということをなかなか認められない者も若干いたようだが、大多数の生徒たちは新堂の説明に納得をしていた。
ついでに、
「渡来のスキル『シーフ』は、相手の体に触れることによって発動するらしい」
という情報も、ぶちまけて置いた。
新堂にしてみれば、そうした情報を秘匿して、渡来に有利になるように取りはからうべき理由もないのであった。
「……スキルの相性というものがあるからなあ」
と、一通りの説明を聞いたあと、七重芹香が感想を述べた。
「矢尻くんの『バリヤー』と田所のじゃあ、どうしたって田所の方の分が悪すぎる」
「まあね」
路地遙も、七重の言葉に頷いた。
「スキルの組み合わせ次第で、有利不利はどうしても出てくるから……」
そんなことをいいあっているうちに昼休みも終わりに近づく。
五時限目の始業ギリギリに、顔の何カ所かに絆創膏を貼った矢尻が教室内に滑り込んできて、午後の授業がはじまった。
他の生徒たちが大人しく授業を受けている五時限目の最中、田所一は保健室のベッド上で目ざめる。
目ざめたあと、しばらくここがどこで、どうして自分がこんな場所に寝ているのか把握できなかったが、しばらく天井を睨んでいると次第に学食前での一件について、徐々に詳細を思い出してきた。
……そうか。
おれは、負けたのか。
と、田所は思った。
不思議と、以前、想像していたような、悔しさなどの感情は沸いてこない。
むしろ、奇妙な清々しささえ、感じていた。
スキルの相性はあるものの、あの矢尻は自分から勝負を仕掛けてきて、自分の力だけで勝ったのだ。
あの臆病そうな男が、よくもまあ思い切った行動に出るもんだ……と、田所は自分に声をかけてきた矢尻の態度を思い返しながら、関心さえした。
田所の価値観だと、矢尻の行動は十分に賞賛に値する行為なのである。
ステータス画面を表示させてスキルの状態を確認する。
『ジャック・ザ・リッパー』も『ファイブセンス』もまだ田所が所持していた。
どうやら、田所が意識を失ったせいで、スキルの譲渡は行われなかったえらしい。
……さっさと、どちらかをやらなければな。
と、田所は思った。
田所のつもりとしては、このふたつのスキルのうち、矢尻が望む方を与えるつもりだった。
リライターが設定したゲームシステムがどうあれ、自分とあの矢尻は正面からやり合い、そして自分は敗れたのだ。
ここで自分のスキルを惜しんでいたら、田所の気が済まなかった。
「……なに?
気がついたの?」
ベッドの上でごそごそ身動きをしていると、田所が起きたことを察した養護教諭が声をかけてきた。
「きみねえ。
喧嘩だかゲームだか知らないけど、頭を強く打ったそうだから、本当なら一度病院で検査をしてもらった方が……」
などと、田所はしばらく養護教諭に説教をされる。
それから、顔などについていた傷の手当てをしてもらい、それが終わる頃には五時限目も終わりに近づいている。
手当を受けた田所は、すぐに視聴覚室へとむかった。
田所が教室内に入ると、どうしたわけか教室内が静まりかえる。
田所は周囲の雰囲気に構わず、まっすぐに矢尻の席にむかう。
矢尻の席は、前から二列目の、右から三つ目。
1年D組の生徒たちは、ここ視聴覚教室でも普段と同じ席順で授業を受けていた。
「……よう」
と、田所は、矢尻に声をかけた。
矢尻は、困ったような表情をして、椅子に座ったまま、田所を見あげている。
「さっきの、戦利品だ」
そういって、田所は「スキル移譲画面」を矢尻の前に表示させた。
「おれは今、『ジャック・ザ・リッパー』と『ファイブセンス』というふたつのスキルを持っている。
どっちでもいいから、好きな方を受け取れ」
「……え?」
矢尻は、意外そうな顔をして、小さく呟いた。
「お前はおれに声をかけて勝負を挑み、おれはそれに応じて勝負を受け、そして負けた」
田所は、憮然とした表情でいう。
「当然の取り分だろう?」
「あ……ああ」
矢尻は、戸惑ったような声を出す。
それから、しばらく「スキル移譲画面」の上で、指を上下にさまよわせていた。
その画面の内容は、当事者である田所と矢尻の目にしか映らないわけだが。
【
田所一がスキル『ジャック・ザ・リッパー』を譲渡する意志を表明しました。
この申し出を受けますか?
Yes / No 】
】
【
田所一がスキル『ファイブセンス』を譲渡する意志を表明しました。
この申し出を受けますか?
Yes / No 】
】
「それじゃあ……」
しばらく悩んだあと、ようやく矢尻はひとつのスキルを選択する。
「……これで」
「いいのか?」
田所は、怪訝な顔をした。
「別に、『ジャック・ザ・リッパー』でもいいんだぞ」
「いい。
これで」
矢尻は、ぼそぼそと聞き取りにくい声で呟いた。
「ぼくは今日、はじめて人を殴った。
あまりいい気持ちはしなかった。
そういう、攻撃用のスキルは、正直、あまり使いたくはない」
……なるほど、なあ。
と、田所は納得する。
この矢尻という少年は、暴力に対する忌避感が強いというわけだった。
あるいは、それが当然の感覚なのかも知れないが……。
「この先、ゲームを続けていくことを考えると、攻撃にむいたスキルがないと厳しくなるぞ」
田所にしてみれば、ここで『ジャック・ザ・リッパー』を失うことは、かなりの痛手になる。
だから、矢尻が『ファイブセンス』を選んでくれるのなら、歓迎するべきなのだが……しかし、一応、田所はそう忠告しておく。
田所は田所で、妙なところで律儀な性格をしていた。
「いい」
矢尻は、短く答えてスキル『ファイブセンス』の譲渡画面に、指を押しつける。
《田所一のスキル『ファイブセンス』が矢尻知道に奪取されました。》
そのアナウンスは、クラス全員に頭の中に響いた。
「お前、なかなか根性が据わってと思うぞ」
田所はそういい残し、さっぱりとした表情で自分の席に戻った。




