04-07 《眞鍋伸吾のスキル『ランサー』が叶治郎に奪取されました。》
吐血して倒れたのは、叶治郎ではなく眞鍋伸吾の方だった。
口からではなく、胸部と背中からもかなり出血して、制服を濡らしている。
とうてい、無事に済むとは思えない出血量だった。
眞鍋は前のめりに倒れたあと、ごぼごぼと喉を鳴らしながら体を痙攣させていた。
顔からは、すっかり血の気が失せて青白くなっている。
どこからどう見ても、今の眞鍋は重体であり、それも、瀕死に近い状態だ。
当然のことながら教室内に居た生徒たちは、例外なくこのような生々しい重傷者を見たことがなかった。
そう。
生々しい。
出血して、徐々に体温を失っていく、同級生の体。
《眞鍋伸吾のスキル『ランサー』が叶治郎に奪取されました。》
というアナウンスが、一年D組の生徒たちの脳裏に響いた。
「……ふうん」
叶は新たに自分のものとなったスキル『ランサー』を早速発動させ、デッキブラシを出現させる。
「これが、ランサーか。
奪取した時点で、レベルはリセットさせるんだな。
欲をいえばもっと強力な攻撃用のスキルが欲しかったところだけど、とりあえずはこいつを育ててみるか」
血だまりを作って倒れている眞鍋には一瞥もくれずに、叶はそんなことを呟いている。
「……誰か、職員室まで行って先生たちにこのことを知らせて来てくれ」
静まりかえった教室の中に、三峰刹那の声が響く。
それから三峰は、自分のスマホを取り出して一一九番を呼び出し、冷静な口調で救急車を呼んだ。
それが合図になったかのように、一度静まりかえった教室が再びざわめきはじめる。
「……お、お前!」
渡来治樹が通話を負えた三峰の襟元を掴み、詰め寄った。
「なに一人だけ冷静になっているんだよ!
い、今……眞鍋が死にかけているんだぞ!」
「これは、そういうゲームだろう」
三峰は自分の服を掴んでいた渡来の手を払いのけ、冷静な口調で反駁した。
「叶が挑発し、眞鍋はそれに応じた。その結果が、これだ。
そこには不正やルールからの逸脱はなかった。
また、一対一の戦いだったから、道義的にも叶が非難される理由はない。
なに……」
リライターが約束したことを守るのなら、眞鍋もゲームが終わった時点でなんでもない顔をして生き返るさ……と、三峰は続ける。
騒ぎを聞きつけた先生たちが教室内に入ってきて、生徒たちをいったん教室の外に出した。
チャイムが鳴り、二時限目の授業がはじまってもD組の生徒たちは教室への立ち入りを禁じられる。
ようやく救急車が到着して、眞鍋の体を運び出していった。
「……一年D組の生徒は、鞄を持って視聴覚室に移動するように。
これ以降の今日の授業は、すべてそちらで行います!」
眞鍋の体が運び出されてしばらくしてから、学年主任の望月先生からそんな指示を出される。
生徒たちは、鞄を持ってぞろぞろと視聴覚室に移動した。
先生たちも混乱しているのだろう。
視聴覚室に移動を強制された末、二時限目の一年D組の授業は、「自習」となった。
「なあなあ、あれ、眞鍋。
死んでいるよなあ」
「あの出血量じゃなあ」
「でなけりゃ、こんな騒ぎになっていないだろう」
「いやー。
生々しかったわ」
「トイレにいったまま、まだ帰ってこないやつらが何人もいるし」
「吐くだろう、あれは」
「血の……あの匂いが……」
自習とかいわれても、こんな状況でおとなしく教科書を開こうとする生徒はほとんどいなかった。
視聴覚室内では、生徒たちが集まってそれぞれに勝手なことをいっている。
「結局、叶のスキルってなんだったんだ?」
「そう、それ」
「眞鍋がどうやってやられたのか、しっかりと見てたやついる?」
「なんか、いきなり血まみれになって倒れてたよね。気がついたら」
「どちらかというと、眞鍋の方が一方的に攻撃していたように見えたんだが……」
「直前まではな」
「初日に配られたプリントによると……ああ。
叶のスキルの名は、『リヴェンジャー』っていうらしい」
「名前から想像すると……ひょっとして、攻撃をそのまま、相手に跳ね返すスキルなのか?」
「どうも、それくさいな」
「ちょ、それ!
……チートくさくね?」
「防御のことを一切考えなくていいって……どんだけ有利なんだよ!」
「叶……三峰の『エアタンク』が来ても大丈夫……とかいってたよな」
「豪語するだけのことはある、ってわけだ」
「でも、攻撃手段はまるでないからなあ」
「いや。
今の叶は、眞鍋から『ランサー』を奪っている。
あの『ランサー』は、レベルアップするごとに強力になるタイプのスキルらしいから……」
「ああ!
今朝の騒ぎといい、どんどんややこしいスキルが出てくるなあ!」
「……瀬川、留河、眞鍋……」
新堂零時はこれまでに脱落した同級生の名前をあげ、指折り数えてみた。
「これまでに、三人か。
これからは、もっと加速していくのかな……」
「怖いこといわないでくださいよー」
頼衣玉世が弱々しい声を出す。
「さっきみたいなのが、これからもずっと続くと思うと……」
そういう頼衣の顔色は、紙のように白い。
先ほど、眞鍋が倒れたところを目の当たりにして、気分が悪くなっているのだ。
「でも……さっきので箍が外れた気もするんだよねえ」
新堂はそういって、天井に顔をむけた。
「眞鍋のやられっぷりを見て、明日は我が身と思うのか、それとも、やられる前にやれと覚悟を決めるのか……」
初日は、混乱するばかりだった。
二日目である昨日は、留河へ対処することが先決であり、ゲームのことが後回しになっていた。
しかし、三日目の今日は、始業前の騒ぎと眞鍋の脱落、と、立て続けにゲーム関連の動きが起こっている。
三日目ということもあり、同級生がそれぞれ自分に与えられたスキルに慣れ、使いこなしはじめた……というタイミングで、スキルの可能性を見せつけ、ゲームのリスクが思い知らされるような場面を見せつけられる。
これだけの条件が揃えば、どうしたって、ゲームの進行は、停滞するよりは加速するだろう。
これまで様子見で構えていた生徒たちも、恐怖心に駆られ、自衛のために積極的に他人を攻撃するようになるかも知れない。
……といったことを、新堂は頼衣に説明をする。
新堂が冷静でいられるのは、この時点で所持しているスキルが『ナイトシールド』と『トラップメイカー』というかなり微妙なものであり、他人に狙われる恐れがあまりないからであった。
前者は、「無理して奪うメリットがない」スキルであり、後者は、「無理に使用しようとするとかえって総攻撃を食らいかねない」スキルにあたる。
理由は異なるが、どちらもリスクを負ってまで奪いに来たくなるような魅力には欠けていた。
「だからまあ、おれの場合はゲームも終盤になってくるまで狙われることはないと思うのだけど……」
そういって、新堂は頼衣の顔を見た。
「……頼衣さんの『スカウター』は、なあ」
「……え? ええ?」
頼衣は、覿面に狼狽する。
「なにか、あるの?」
「ある!
……といいたいところだけど、実際には、そんなこともないのかな?」
新堂はそういって、首をひねった。
「相手が持っているスキルの種類とレベルが確認できるだけでも、かなり違って……。
いや、でも、まだスキルを複数持っている人は少ないから、そんなに重要視されてもないのか……」
新堂はぶつくさと、小声でそんなことを呟く。
そんな新堂の様子を、頼衣は心配そうな表情でうかがっている。
「……まあ、頼衣さんのことは、少なくとも物理的な攻撃に関しては、これからもおれの『ナイトシールド』で護り続けるから」
しばらくして、新堂はそんな結論を出した。
「これでも七重と路地が酷使してくれたおかげで、『ナイトシールド』のレベルは三百を越えている。
たいていの攻撃なら、問題なく跳ね返してくれると思う……よ?」
「……なんで、最後で疑問形になるんですか?」
「いや、スキルには攻撃系だけではなく、特殊系っていうのがあるし。
その中には、『ナイトシールド』の防御力が有効に働かないものもあるんじゃないかな……と」
初日、テストプレイ直後、新堂の『ナイトシールド』と同じような防御力を持つ矢尻知道のスキル『バリヤー』を、都井宮子のスキル『愛の鞭』はあっさりとすり抜けている。
どうやら、どんな攻撃も無効化するスキルとか、あるいは、どんな防御を突破するスキル、などの都合のよすぎるスキルは用意されていないらしい。
あまり絶対的な機能を与えてしまうと、ゲームバランスが崩れてしまうから……なのだろうな、と新堂は思った。
そのスキルも、なんらかの穴や欠点、短所というものが設定されており、それをうまく突けば勝ち抜けるようになっているのではないか?
と、新堂は予想した。
初期条件による有利不利というのは一面的な印象にすぎず、どんなスキルにでも適切な使用法を行えば、それなりに勝ち抜ける……ようになっていないと、ゲームとして面白くはないはずなのだ。
どこかで高見の見物を決め込んでいるリライターの立場になってみれば、そうした大穴スキルを用意しておかないと、簡単に勝敗が決まりすぎて面白くないだろう。




