03-13 叶治郎、スキル『リヴェンジャー』
「……だからやめとけっていったのに……」
叶治朗は義兄を見おろしてため息混じりにそういった。
「……お、お前……」
治朗の義兄は、恨みと恐れがないまぜになった目つきで治朗を見あげる。
「おれはなにもしていないよ」
治朗は冷淡な声でいった。
「おれのスキルが、自動的にやっただけで。
たぶん、ゲームが終わりさえすればそれも元通りに直ると思うけど……なんだったら、救急車を呼んでおく?」
「そ……それはやめろ!」
治朗の義兄は、大声を出した。
「そんなことをしたら……親父に殺される!」
表面上、この義兄と治朗とは、仲良くやっていることになっていた。
義兄の実の父親であり、治朗の義理の父親である男が、治朗の実の母親に惚れ込んでいたからだ。
その義理の父親がこれまでこの義兄が治朗に行っていた陰湿な数々の仕打ちを知ったとしたら、この義兄はただでは済まないはずだった。
重機のオペレータをしている義理の父親は、学生時代にレスリングをやっていたとかでかなり体格がよい男だった。そして、単純な性格ながらもそれなりに筋を通すことを好む気性であり、たとえそれが身内であっても「弱いものいじめ」などという卑劣な真似をする者がいたら率先して鉄拳制裁をするような性格でもあった。
だからこの義兄は、目立たない形、あとで証拠が残らない形でこれまで陰湿に治朗をいたぶり続けたのだった。
この陰湿な義兄と義理の父親とは、体格などこそよく似ているのだが、性格は正反対といえた。早くに実の母親を亡くし、放置気味に育てられたから性格が歪んだのか? とも考えるのだが、それをいったら治郎本人だって似たような境遇だったはずだ。
それに、治郎の場合、この義兄のように面倒をみてくれる祖父や祖母もいなかった。だから、この義兄の歪んだ性格は、やはり環境というよりも本人がもともと持っていた先天的な資質なのではないか? と、治郎は思っている。
傷跡がつかないような形で暴力を振るわれる、小遣いを巻きあげる、虫やゴミなどを無理に食わされる……など、定番のいじめは一通り受けてきていた。
義兄は十八歳ながらも体重はすでに百キロを超えており、母親が再婚した五年前から平均よりも貧弱な体格にしか恵まれなかった治朗が逆らえるはずもなかった。
それに、母親と義理の父親の仲はよかったことも、治朗が「誰にも相談できない」と思いこむ一因となった。
治朗の幼少時に実の父親と死別して以来、女手ひとつで治朗を育てていくれた母親がせっかくつかんだ幸せをこんなくだらない理由で壊すという選択は、治郎にはできなかった。
つまり、母親が再婚して以来、治郎は耐え続けていたわけだが……そんなところに、昨日、ゲームがはじまった。
治郎は自分のスキルのステータス画面を表示させる。
【
リヴェンジャー Lv.2 ◇特殊系
『外部から攻撃を受けた際、自動的にその攻撃を反射する』
】
この本来持っていたスキル『リヴェンジャー』以外に、治郎は今、
【
パニックボム Lv.5 ◇攻撃系
『感情が大きく揺さぶられることによって発動。
全方位に大ダメージ。
しかし、能力発動後に使用者は一定時間硬直』
】
というスキルも所持していた。
こちらは、テストプレイが終了した時点でなぜか治郎が取得していた。
おそらくは、スキル『リヴェンジャー』の機能により、治郎が意識をしないままにスキル『パニックボム』の所有者であった木下紬を倒した、と判定された結果なのだろうと治郎は予測しているのだが……その当時、治郎もかなり動揺していたし、実際のところなにが起こったのかあまり詳細には記憶していなかった。
スキル『パニックボム』のことはともかく、スキル『リヴェンジャー』の説明文をみたとき、治郎の脳裏に浮かんだのは、リライターとかいうやつらに強いられたゲームの勝敗などではなくこの義兄に対する復讐であった。
昨日から今まで、治郎は義兄に対し、これみよがしに反抗的な態度を取り、神経を逆なでするようなことをあえて口にしてきた。
それでなくても、この義兄は大学受験に失敗し、浪人という名目で一日中家に籠もっている。
以前にまして鬱憤は溜まっており、そのことは二人きりになったとき、治郎への接し方でいやというほど思い知らされている。
あとは、義兄を挑発して理性を奪い、いつも以上に直接的な暴力を振るわせるだけだった。
たった二日でこの有様になったのは、この義兄があまり辛抱強くはないことを証明しているようなもんだ……と、治郎は思う。
そして、たった今、この義兄は治郎の挑発に耐えかねて、治郎を階段の上から蹴り落とした。
治郎はわざと受け身を取らず、そのまま長い階段を転がり落ちた。
叶家の自宅は代々住んでいる農家で、何度も増改築を繰り返している。
都市部の建て売り住宅なんかとは比較にならないほどの敷地があり、階段もかなり長かった。
治郎は派手に階段を転げ落ちたあと、軽い足取りで階段を駆けのり、床に転がっている義兄を見おろした。
義兄の腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
「まさか、ゲームが終わるまでこのままにしておくわけにもいかないしなあ」
治郎は脂汗を浮かべて痛みをこらえている義兄に、冷たい目線をむけた。
「いずれにせよ、救急車を呼ばないといけないと思うんだけど……どうしてこんな怪我をしたのか、どういう風に説明すればいいと思う?」
義兄の祖母は、昨年から痴呆の初期症状を見せたためしかるべき施設に収容されていた。
祖父の方は、近所で会合があるとかで飲みに行っている。
義理の父親と治郎の母親は、いつものように仕事に行っていて不在だった。
この広い家には、今、治郎と義兄しかいない。
「……お、おれが……足を滑らせて、コケたことにしてくれ……」
しばらく考え込んでから、ようやく義兄が結論を出した。
「……ふーん」
治郎は関心がなさそうな声を出す。
実際、これまでのことがバレたとしても、治郎はあまり困らない。
せいぜい、「母親が悲しむかも知れないな」くらいのことは思うのだが、基本的に治郎は被害者の側だった。
それよりも、この義兄がそこまで自分の父親を恐れていることが面白かった。
厳しい面もあるのだが、曲がったことが嫌いな、今どき珍しい頑固親父といった風の義理の父親のことをここまで恐れなければならない理由が、治郎には理解できない。
おそらく、再婚する前になにかしらやらかして、こってり制裁を受けてきたんだろうな、と、治郎は想像している。
「でも、それだと階段の上に居るのが不自然だよねえ」
治郎は、そんなことを口にした。
「自分で下まで降りる?
それとも、おれが降ろしてあげる?
どうしてもっていうんなら、やってあげないこともないけど……」
スマホを取り出しながら、淡々とした口調で治郎はいった。
「お前が、降ろしてくれ!」
義兄が、叫んだ。
「もうそれでいいから、早く救急車を呼んでくれ!」
どうやら、痛みをこらえるのもここいらが限界であったらしい。
「ほいよ」
治郎はそういって、義兄の脇腹に足蹴にする。
少し力を加えただけで、義兄の体は音をたてて階段を転がった。
途中、悲鳴のような声が聞こえて来たが、治郎は関心を持たなかった。
声がでるということは、まだ意識があるわけだし、この場合はむしろ喜ばしいことなのではないのだろうか。
階段を転がり落ちた義兄には目もくれず、治郎は一一九を呼び出す。
「……兄が階段から落ちて……ええ。
骨折もしているようなので、素人が動かすのもまずいかな、と思いまして。
うめき声を出していますので、意識はあると思います。
え? 住所ですか?
倉石市東方条二丁目……」
通報を終えたあと、治郎は玄関まで移動して、鍵を開けて救急車の到来を待つことにした。
「……こっちの用事が、思いがけず早く済んでしまったなあ」
玄関で、治郎は独り言を呟く。
「これさえ終われば、あとはスキルなんてもんは誰かにくれてやってもいいくらいなんだが……。
せっかくの機会だし、試しにどこまでいけるものか、頑張ってみるか……」
ちなみに、芦辺素直がスキル『自動筆記』を利用して「絶対にこちらから手を出してはいけない生徒」のリストを作成したとき、この叶治郎の名は一番最初に記述されている。




