03-12 合流。蘭世明、津川問、黒森永遠。
三峰刹那と田所一が新藤零時の自宅を訪ねたにのは、午後七時半を少し回った頃だった。
「約束通り、連れてきた」
真面目な表情のまま、三峰は新藤の前に瑠河秀夫の小柄な体を押し出す。
「……お疲れー……」
瑠河の体を受け止めた新藤は、なんとも微妙な表情になった。
「で、瑠河は、この措置に納得してるの?」
新藤は、瑠河に問いかける。
「お……おう」
瑠河は姿勢を正してそう答えた。
「もう……このゲームはいいや。
なんつーか……怖かった。
こいつらとか内膳のやつとかが血相変えて詰め寄ってくるんだぜ。
いや、もう……あんな思いをするのは、もう御免だ。
ぼくはここでこのゲームから降りる」
「そっか」
新藤は神妙な顔をして頷く。
「それじゃあ、スキルを手放すことに異存はないんだな?」
「ああ」
瑠河も、頷いた。
「こんなもん、くれてやる」
新藤と瑠河の間に、ゲーム参加者にしか見えないウィンドウが表示された。
【
瑠河秀夫がスキル『トラップメイカー』を譲渡する意志を表明しました。
この申し出を受けますか?
Yes / No
】
新藤は躊躇せずに「Yes」と表示されている場所を指で弾いた。
《瑠河秀夫のスキル『トラップメイカー』が新藤零時に奪取されました。》
一年D組の生徒たち全員の脳裏に、この日二度目のアナウンスが響いた。
「あ」
「まただ」
スーパーの袋を手にした蘭世明と津川問は、そのアナウンスを聞いて足を止めた。
「これで瑠河くん、本格的にリタイアだね」
「瀬川に続いてこれで二人目か」
蘭世は小さくため息をついた。
「津川とは違って、怪我をする前に済んでまだしもよかった……というべきなのかな」
「怖そうだもんね。
委員長とか田川くんとかの相手をするのって」
「そうそう。
早めに降参しておくのが利口だよね」
世間話のようにゲームについて語り合いながら、二人は再び家路を急ぎはじめる。
「……あれ?」
そんなとき、津川は前に居た人影に気づいた。
「黒森さん、こんなところでなにをしているの?」
大きなスーツケースを抱えた黒森永遠は、津川と蘭世の姿を認めるとその場に立ちすくみ、
「あ……いや。その……。
こ、これは……」
と、不明瞭な発音で、ぼそぼそと意味をなさない言葉を吐き出しはじめる。
基本的に黒森の対人スキルはクラスの中でも最低に近く、学区外から入学してきたこともあり、友達と呼べる生徒はクラス内には居なかった。
「……黒森さん、寮生だったよね」
黒森がわたわたしているうちに、何事かを察した蘭世がそんなことをいいだした。
「ひょっとして例のゲームのおかげで、寮に行られなくなったとか?」
「ああ、それで」
津川も、蘭世の当て推量を聞いて大きく頷く。
「黒森さんの同室の……ええっと、なんていう子だっけ?
とにかく、その子も確か、うちのクラスだったよね」
このとき、津川は「知念はな」という社交的で目立つ外見の生徒についての詳細をうまく思え出せなかったのだが、それは単なるど忘れのせいであると思いこんでいた。
「そうか。同室の子と同じクラスだったのか」
蘭世は津川の説明に、また大きく頷いた。
「そりゃあ、顔を合わせづらいよなあ」
「そんな荷物を持っているところをみると、寮を出てきたはいいものの、行くあてがないっていうところでしょう?」
津川は微笑みを浮かべて黒森の顔をのぞきこむ。
「えっと。
あの、その……」
黒森がしどろもどろになっている間に、
「ねえ、明くん」
津川は勝手にはなしを進めてく。
「この子、連れて帰らない?
このままだと、野宿でもしかねないし……」
「こんな町中でそんなことをしようとしても、それよりも先に補導されるのがオチだと思うけど」
そう前置きしたあと、蘭世はいった。
「おれの方は別に構わないよ。
ただ、黒森さんの意向を確認してみないと。
特に、ほら。
おれたちだって一応、ゲームの参加者なわけだし。
黒森さんたちがおれたちを信用してくれるかどうか……」
「大丈夫よ、ね」
津川は黒森の目を真っ直ぐに見つめながら、いった。
「わたしたちのスキルは戦闘にはまるで役に立たないし。
それとも、黒森さん。
ニ対一だから不安?
そういうことなら、無理にとはいわないけど……でも、今夜、他に泊まるあてがある?」
動揺し、かなりの葛藤もあったのだが、黒森は結局この二人について行くことにした。
なにより、今夜の宿泊先という火急の問題が存在したことが大きいのだが、この「クラス一のバカップル」が態度を急変して自分に襲いかかってくる場面がうまく想像できなかったからだ。
津川問も蘭世明も、どちらも穏和な性格である……ということになっている。少なくとも、1年D組での評判では。
それを信用することにした……というよりは、いざとなれば『フェアリーテイル』の運を操作する機能を使い、どうにかやり過ごすつもりであった。
昨日、最初に配られたプリントに記されていたスキル名の一覧を黒森は丸暗記しており、津川のスキルが『ムードオルガン』、蘭世のスキルが『ブースト』であることも知っている。
蘭世の『ブースト』はなんとなくどんな機能のスキルか想像できるような気がするが、津川の『ムードオルガン』についてはどんなスキルなのか想像しにくい。
しかし、スキル名から受ける印象としては、先ほど津川がさらりといった、
「戦闘にはまるで役に立たない」
といった評価が正しい気がした。
津川と蘭世は、大きなスーツケースを抱えた黒森を連れて五分ほど歩き、かなり大きなマンションへと入っていった。
「ここの五階。
五0一一号がわたしの家で、五0一ニ号が明くんの家」
エレベーターの中で、津川はそう説明してくれる。
「とはいっても、五0一一号には用事があるときしか入らないけどね。今では」
「い……」
黒森は上擦った声で尋ねてみた。
「……いっしょに、住んでいるんですか?」
「半分、ね」
津川はそういって、くすくすと笑い出した。
「問の荷物や着替えは、まだそっちにある。
それに、問の父親が帰ってくるときには問もそちらに居る」
蘭世は軽く顔をしかめながら、早口に説明しだす。
「問がおれの家で過ごすことが多いのは、問の父親もおれの父親も仕事人間で留守がちなのと、それにいろいろ事情があるからだ。
決して、黒森や学校の連中が想像しているような同棲ではないぞ」
「……い、いっしょにスーパーの袋を抱えてて、そうわれても……」
反射的に、黒森は反駁している。
「ねえ、そう思うよね、黒森さん」
津川は、なにがおかしいのかクスクスと笑い続ける。
……あれ? この子、こんな人だっけ?
と、このときはじめて、黒森は津川に違和感をおぼえた。
学校での物静かな津川と、今、目前に居る津川の印象とが、うまく結びつかなかった。
「でも、おれたちは学校で噂されているような、そんな関係ではないぞ」
蘭世は寂しげに微笑みながら、そういった。
「これは、間違いない」
「明くん、往生際が悪いから!」
そういって津川は、またクスクスと笑い声をあげる。
……この二人について来るという選択は、ひょっとしたら間違いだったかも知れない……。
と、黒森は、そう思いはじめている。
なんというか、この二人の間には、他人にはうかがい知れない事情があるような……そんな気が、ひしひしとして来た。
迂闊に近づいたら、思わぬとばっちりを食らうような……そんな気が、ひしひしと、してくる。
……とりあえず、言動に気をつけて、慎重に振る舞って様子を見よう……。
と、黒森永遠は決心した。




