03-09 見えない敵との戦い。
見るべきものは見たか。
そう判断した知念はなは踵を返し、エレベーターへとむかう。
知念も、来るときは他の男子だちと同乗し、辺見洋子のスキル『捲土重来』であがってきたのだった。
「お前、学校の罠はいつ仕掛けたんだ?」
「き、昨日の夜」
「夜?
よく校内に入れたな」
「警備員に見つかったけど、ゲームのためだといったらお咎めなしだった」
瑠河を締め上げている男子たちの声が背中で遠ざかっていく。
途中で他の男子の元へとむかう内膳英知とすれ違う。スキル『ぼっち王』を発動中なので、内膳は知念の存在に気づくことはなかった。
エレベーターの呼び出しボタンを押してから、
「今日一日だけでもかなりのスキルを手に入れることができたな」
と、知念は思う。
欲をいえば田所の『ジャック・ザ・リッパー』や内膳の『デリンジャー』も欲しいところであったが、それらのスキルを使用する場面に居合わせることはできなかった。
だがまあ、あまり欲張りすぎて誰かに隙をつかれたら、元も子もない。
現状でもかなりのハイペースでスキル集めが進んでいるし、なによりも頼衣玉世のスキル『スカウター』をコピーできたのがよかった。
これがあるのとないのとでは、ゲームの攻略もかなり違ってくるのだ。
そんなことを考えている間にエレベーターが到着し、知念はその中に入った。
そしてこのときの知念は、かなり迂闊なことに瑠河秀夫のスキル『トラップメイカー』がまだ発動中であることをすっかり失念していた。
知念の足下にあるエレベーターの床が、一気に消失する。
がくん、と自分の体が沈み、靴底に接触する感覚をなにも感じなかったことで、知念は自分がどんな失態を犯したのかを悟った。
知念はなは反射的に悲鳴をあげている。
「ん?」
「なんだ?」
女性の悲鳴が聞こえ、三峰刹那、田所一、眞鍋伸吾、内膳英知の四人は顔を見合わせた。
「エレベーターホールの方だな」
ここに着いたばかりの内膳が、すぐに今来た方向へと引き返していく。
他の三人もそれに続いた。
田所は、瑠河の首に腕を回し、瑠河の体を引きずるようにして追っていった。
そして、エレベーターホールにあった光景をみて、かなり驚かされることになった。
「……知念じゃないか」
三峰はそういった。
流石に隣の席に座っている女子の顔くらいはおぼえている。おぼえている?
いや、そういえば、今日の昼間は、空席になっていたその席の主の名前が思い出せなかったような……。
とにかく、その知念はなが、エレベーターの中に浮いていた。
そしてエレベーターの内壁が、なにか見えない物体で内部から圧迫されているような感じでひしゃげている。
エレベーターは完全に壊れていて、非常ベルがやかましく鳴り響いていた。
「……『エアタンク』……か」
状況を一瞥し、三峰は一瞬でその結論に達した。
「知念。
瀬川を襲い、やつのスキル『見取り稽古』を奪ったのはお前だな」
クラス全員に与えられたスキルの名称は、ゲーム開始時に配られたプリントで公開されている。
中にはスキル名を見てもどのような機能を持つのかなかなか想像できないスキルも存在するのだが、ほとんどのスキルはかなりベタな名をつけられていた。
元はといえば瀬川のものであったスキル『見取り稽古』も、その「わかりやすいスキル」の一例ではあるだろう。
そして、今、目の前の知念がスキル『エアタンク』を発動しているという事実から、
「知念が瀬川からスキルを奪った」
という推測はむりなく成立する。
「……とりあえず、瑠河」
内膳はスキル『デリンジャー』を発動、手の中に小型拳銃を出現させて、その銃口を瑠河の鼻先につきつける。
「お前のスキル、今すぐオフにしろや。
おれの『デリンジャー』は三峰の『エアタンク』や田所の『ジャック・ザ・リッパー』ほどの派手さはないけど、この距離でなら十分な殺傷能力があるぞ」
「おい、内膳!」
田所があわてて指摘をした。
「この女、瀬川の『見取り稽古』を持っているぞ!
お前のスキルもコピーされちまった!」
田所も、三峰と同じ結論に達したようだった。
「構わねえ」
内膳は冷静な声を出した。
「それよりも今は、みすみす瑠河の罠にかかったその間抜けを助けることを優先する。
そこの女にしてみても、ゲームで争ったわけでもなく、こんなところでリタイアするのも不本意ってもんだろう?」
「……あんたら、さいてー」
知念はなは押し出すような声を出した。
「でも、この場では助けられてあげる」
「……ど、どういうことだよっ!」
ひとり、はなしの流れについていけなかった真鍋は、周囲を見渡して困惑した声を出した。
「その女が昨日、カメレオンだか光学迷彩だか、とにかく自分の姿を隠すスキルを使用して瀬川のスキル『見取り稽古』を奪った。
今日一日、教室とかおれたちのあとをつけてその『見取り稽古』を使用、どっさりスキルをコピーした。
今は、間抜けなことに田所もひっかかったエレベーターの床が消える罠にかかって落ち掛かり、すんでのところでコピーした『エアタンク』を発動してそのまま落下することを防いでいるってところだ」
「複数のスキルを持ったとしても、それを同時に使いこなすためにはそれなりに練習が必要となる」
三峰は内膳の説明を補った。
「知念は、とっさに『エアタンク』を発動したおかげで、元から使っていた姿を消すスキルの方が維持できなくなった状態だな」
「……ああ。
なるほど」
そこまで詳しく説明をされて、ようやく真鍋は現在の状況を理解することができた。
「それでこれから、どうすんの?」
「とりあえず、ぼくは学校に連絡をしてみる」
三峰は自分のスマホを取り出した。
「教職員の誰かしらを通じてリライターにお願いできれば、現在のこの惨状も回復できるかも知れない」
「まずは、お前が仕掛けた罠をすべて解除しろよ! 瑠河!」
『デリンジャー』を構えたままの内膳は、語気を強めた。
「でないとお前の顔に風穴をあけるぞ!」
「で、でも……」
相変わらず田所に首を固定され、逃げようがない瑠河は情けない声をあげる。
「……今、そのエレベーターの罠を解除したら、知念さんが落ちちゃう……」
そういわれてよくよく観察してみると、知念はなの腰から下あたりまでは、明らかに床下の位置にあった。
落下しかけ、その途中で『エアタンク』を発動したのだろう。
「……それにこれ、このままだと知念さんの方にロープとかを届けることもできないし……」
眞鍋はデッキブラシの先で、こんこん、と、『エアタンク』の見えない装甲の表面を叩いてみせた。
「……慣れると、部分的に装甲をすることもできるようになるんだけどな」
通話を一時中断して、三峰はそんなことを説明してくれた。
「この知念は、『エアタンク』に習熟する時間もなかったんだろう。
……あ、いえ。こっちのことです。
それでですねえ、神崎先生。
ゲーム関連のことなんで先生を通じてリライターにお願いしたいことがあるんですが。
ええ、そうです。
もちろん、ゲームの勝敗自体に影響することではありません。
ただその、学校には関係のない民間企業の資産にかなりの損傷を出してしまいまして。
ええ。
そちらの損害の方を、リライターの力で復旧をしていただければと思いまして。
そうです、そうです。
ぼくたちも、暴れるだけ暴れてあとはそのままというのも寝覚めが悪いもので……」
相談の結果、
「知念はなが『エアタンク』の部分解除を練習し、隙間を作って命綱を渡す。
引き上げたあと、知念の『エアタンク』を完全に解除。
同時に、エレベーターをはじめとするこのビルに与えた存在がリライターに修復して貰う」
ということになった。
──じゃあ、だいたい片づいたようなもんじゃん。
内膳の状況説明を聞いた西城沙名はそういい放った。
──わたしら、もう帰ってもいいかな?
「わからねえけど、いいんじゃねーの?」
内膳も興味なさそうに返事をする。
「瑠河ももう逆らう気力をなくしたみたいだし。
もともと有志の集まりで、解散するときも誰かの許可が必要ってわけでもないだろう。
三峰たちにはおれの方で説明しておくわ」
──そうして貰うと助かるー。
それで、瑠河くんはともかく、その知念ちゃんの方はどうするの?
「まだ決まってねーよ。
とりあえず、落ち掛けていたエレベーターからは助けることになったけどな」
──うん。そうかー。
それじゃあ、そっちの結末もあとで教えてね。
「おうよ」
──それじゃあわたしらは、せっかく溜桶まで来たんだから買い物してから帰るよ。
他のみんなによろしくねー。
「やつら、なんだって?」
田所が通話を終了した内膳に訊いてくる。
「買い物してから帰るってよ」
「呑気なもんだ」
「まあ、なあ」
田所と内膳がそんなやりとりをしている横では、三峰が知念に『エアタンク』の部分解除を教えようと躍起になっていた。
「……だから、そうじゃなくてだなっ!」
「あんたの教え方、ぜんぜんわかんない!」
ただ、スキルの感覚、などというあやふやな代物を言葉で伝えるのは難しいらしく、実際に知念はなが救助されるまでそれから三十分以上の時間を要した。
「……助かっちゃったか」
その場からかなり離れた青藍寮の自室で、黒森永遠は呟く。
「あの男子たちも、案外に不甲斐ない」
テストプレイのときに暴発した、田所や三峰が揃っているというのに……と、黒森は不満に思った。
黒森は自分のスキル『フェアリーテイル』を通してその場の状況を把握していた。
誰でもいいから、知念はなを倒してスキルを奪ってくれればよかったのに……と、黒森は思う。
知念はなが今日、スキル『スカウター』を手に入れたのが問題だった。
スキル『スカウター』を持った知念はながこの寮の部屋に帰って来て自分と対面したら、自分のスキル『フェアリーテイル』のことも知られてしまう。
そうなったら、知念との対決は避けられない。
そして、今の知念はなは『エアタンク』をはじめとして実戦でも有効なスキルを複数所持しているはずなのだ。
仮に、知念はなが黒森のスキルを奪わないにせよ、明確な上下関係が生じるであろうことは余裕で想像できた。
スキルを奪われるだけならばだいいが、最悪、スキル『フェアリーテイル』を持ったまま、知念はながいうとおりに自分がそのスキルを駆使する、体のいい奴隷状態になることさえ考えられた。
そうならないためにも、知念が帰ってくる前に自滅かあるいは誰かに破れて貰いたかったのだが……。
こうなると、次の手を打たないといけないか……と、黒森は思う。
スキル『フェアリーテイル』は、見えない妖精を誰かにつけるだけではなく、その妖精が取りついた人物の運、不運をある程度操作することだできた。
そちらの機能は、これまで使用する機会に恵まれなかったわけだが、今、試しに知念はなの運を下げるように念じてみたところ、その直後に知念はなは瑠河が設置したエレベーターの罠の存在をど忘れして自滅しかけた。
『フェアリーテイル』の運を操作する能力は、想像していた以上に強力なものである……らしかった。
黒森は当座の着替えを手早くバッグに詰め込みながら、一時的にこの寮から出て行く口実を何通りか考えてみる。
もともと黒森は病気がちであり、今日も病欠ということで届けを出して学校を欠席している。偽装を完全なものにするため、昼間のうちにいきつけの病院にいって診察もして貰った。
こちらについては、ゲームの影響で興奮したのと、それに昨夜、ほとんど寝ていなかったのとで実際に微熱が出ていたので、誤魔化すまでもなく「大事を取ってしばらくは休んでいなさい」と顔見知りの医者からいわれている。
その線で押してみるか。
病状が思ったよりも深刻なものになったので、しばらく近くの親類の家のお世話になります。
もちろん、黒森は、寮から出て知念はなの前から姿を消すのと平行して、知念はなの運を下げる攻撃も行っていくつもりだった。
知念はながスキルを喪失するまでは、攻撃の手を緩めるつもりも必要もなかった。




