02-07 七重芹香、路地遙。夜の特訓。
「本当に送っていかなくていいのか?」
「大丈夫だろう。
よくよく考えてみれば、おれのスキルを奪ってもなんのメリットもないし」
そんな会話をしてから、ファミレスの前で新藤零時と別れた。四人の中で新藤だけ、自宅の方向が違ったのだ。
「それよりも頼衣さんの方をしっかりと護衛してくれ」
残りの頼衣珠世、七重芹香、路地遙の三人は、お互いの体を小突き合いながら歩いていく。少女たちの拳は、しかし、お互いの体に触れる前に見えない壁にはばまれている。
新藤のスキル『ナイトシールド』が、ユーザーである新藤から距離を置いても効果を発揮するのかどうか、確認しながらの帰宅だった。
「今まであんまりはなしたことなかったけど、なかなか親切なやつだよな」
七重芹香が、別れたばかりの新藤のことをそう評した。
「紳士っていうんですよ、ああいうのは」
頼衣珠世が、新藤の評価を訂正する。
「きっと、育ちがいいんでしょうね」
「お婆ちゃん子か、それとも年の離れたお姉さんがいて、うまくしつけられたに違いない」
路地遙は、そんなことをいいだす。
「ソースは?」
七重が即座に問い返す。
「他の男子みたいにがっついてないし、それにうちの弟があんな感じだから」
「弟を調教中なのかよ!」
「いやいや。
弟にしてみても、女性の扱い方を早めに学んでいた方があとあと役に立つって」
この二人は時間に余裕があれば、すぐに漫才をはじめるのだった。
しばらくして頼衣珠世を新藤との約束通り自宅前まで送り、七重と路地は二人だけになった。
「意外に遠くまで効果が持続するんだな、新藤のナイトシールド」
こんこん、と、相方の体を小突きながら、七重はいった。
「新藤くんの家がどこにあるのか知らないけど、ここまで大丈夫だってことは、案外距離は関係ないかも知れないね」
路地も、七重の体の手前をこんこんと叩きながら、そんなことをいう。
「新藤は、ナイトシールドが弾くのはあくまで物理攻撃だけだから、過信はするなといってたけど……」
「こういうのがあると、どうしたって試してみたくなるような」
こんこん。
こんこんこん……と、しばらく無言でお互いのナイトシールドを叩き続けた。
「……やるか?」
「やろうか?」
「自分たちのスキルも試したいしな」
「特訓って、なんか憧れるしね」
「七時…てんでは早すぎるか。
もういい時間だしな」
「じゃあ、八時で。
場所は公園でいいかな?」
「スキルを試したいから、もう少し広い場所の方がいいな」
「それなら、河川敷のが都合がいいか」
「んじゃあ、八時に河川敷で」
そんな約束をしたとき、二人の頭の中に、
《瀬川太郎のスキル『見取り稽古』が????に奪取されました。》
というアナウンスが響いた。
「おっ」
「あっ」
小さく呟いて、二人は顔を見合わせる。
「やったねえ、誰か」
「やちゃったねえ。
テストプレイを除けば、これが第一号かな?」
「遠く離れた場所にいても知らせてくれるのは、親切といえば親切か」
「煽る効果も織り込んでの仕様じゃないかな、これは。
早く他の人を襲わないと、他の人に襲われちゃうぞー、みたいな」
「なんつーか、遣り口がいちいちいけ好かないんだよな、リライターって」
「同感同感」
そんなことをいいあいながら、七重と路地はいったん別れた。
「たっだいまー」
七重芹香が声をかけると専業主婦である母親が間髪をいれず、
「遅かったのねえ。今日は部活がないはずだったけど」
と声をかけてくれる。
「うん。
ちょっと、友達とファミレスでだべってきた」
適当に答えて、七重芹香は自室へむかった。
七重芹香の家庭環境は、おそらくかなり恵まれている。七重自身、普段からそう思っている。
風采はあがらないものの、そこそこ名が通った企業に勤めて家族を養ってくれる父親に少々口うるさいが過干渉とまでにはいかない母親、それに中学生の弟が二人いた。
その弟二名は、まだ帰宅していないようだ。
経済的にもその他の要素でも不安がまるでない生活。これまでのところ、七重はそうした環境を当然のものとして受け止め、享受してきた。成績だって、一応、地元では名門で通っている市立倉石の入試を突破している。
このままいけば、将来に不安な要素もあまりないのだった。
柄にもなく、七重は少し考えてみた。
贅沢をいい出せばキリがないのだろうが……こんな自分に、さらにこの上、なにか願うべきことがあるのだろうか?
「クラスの中には、もっと困っている人もいるんだろうなあ」
小さな声で口に出して、そういってみる。
まだまだ入学したばかりで深いつきあいはないのだが、それでも明らかに普段の言動からなにかしらの問題を抱えていそうな気配がしてくるクラスメイトの顔が、何人分か、すぐに脳裏に浮かんできた。
七重芹香自身は最後まで生き残って叶えたい望みなどないのだが、深刻な問題を抱えてその解決を望んでいるクラスメイトは、結構多そうな気がする……。
「でもまあ……それはそれ、これはこれ」
七重は自分の方を両手の手のひらでピシャリと叩き、自分に気合いを入れる。
「ゲームはゲーム!
手を抜いていい理由にはならないよな!」
そういって七重は制服を脱いで動きやすい服装に着替えた。
「なんか、ねーちゃんと同じクラスの人が刺されたって聞いたけど」
夕食の席で、弟その一がそんなことをいいだした。
「……マジで?」
七重は目を丸くして、初耳であるふりをする。
そそらくはそれは、つい先ほど何者かにスキルを奪われた瀬川太郎のことだろう。
いずれ噂になるとは思っていたが、近隣の情報伝播速度は予想以上に速かったようだ。
「マジ、マジ」
中学三年生である弟その一が早口にまくしたてる。
「おれ、塾から帰る途中で見たもん。救急車とかパトカーが集まっているところ。
よく聞いてみたら同じ塾に通っている、いっこ上の瀬川って人で……。
その人、確かねーちゃんと同じクラスの人だよね?」
「ああ、うん」
七重は、曖昧に頷く。
「その人が瀬川太郎って名前なら、多分、ねーちゃんと同じクラスの人だと思う。
つき合いはほとんどないから、どんな人かはよくわからないけど」
後半部分は、韜晦などではなくかなり本音だった。
実際、七重芹香は瀬川太郎という男子生徒とあまり接点がなく、これまでまともな会話をしたおぼえがない。
「なんだか知らないけど、足を包丁で刺されたとかいってた」
「まあ、本当?」
七重の母親が、軽く眉根を寄せる。
「通り魔かしら?
物騒なことねえ……。
あなたたちも、気をつけなさいよ」
「それってさあ、ゲームってやつじゃないの?」
中一の弟その二が、余計なことをいいだした。
「ねーちゃんのクラスでそんなゲームがはじまったとかいうはなし、今日、LINEで流れてきたんだけど」
「……最近、そんなゲームが流行っているの?」
母親の顔つきが、ますます険しくなる。
「そのゲーム、お店で売っているの? それとも、携帯のゲーム?」
「よく知らない。
漠然とした噂が流れてきただけだし」
弟その二はあっけらかんとそう答える。
「ただ、最後までそのゲームに勝ち残ると、なんでも願いを叶えてくれるんだって。
リライターとかいう神様みたいな存在が」
「なんだ、新手の都市伝説か」
弟その一は、弟その二のはなしを鼻で笑った。
「そうかもね」
弟その二も、特に抵抗することなく弟その一の言葉に頷く。
「たんなる噂だからさあ。
詳しいことはおれもよく知らないんだよね」
夕食を済ませて自室に戻ると、七重は少し考えて、スマホで市立倉石の公式ページを検索して表示させ、そこの代表メールアドレスあてに、
「家族が心配して行動を制限する、という現実を都合よく書き換えてください。
今後のゲームの進行に支障を来す恐れがあります」
と書いたメールを送信した。
テストプレイ前の説明では、教員の誰かにはなしかければリライター側に伝わるということだった。
ならば、学校の代表メールアドレスも、その教員に準じるものなのではないだろうか?
案の定、待つまでもなく七重のスマホはたった一行の返信メールを受信した。
「了解。すでに君の行動を妨げる者はいない」
試しに七重はウォーターポロという水球用のボールを持って階下へ降り、リビングにいた母親に、
「ちょっと外に出てくる」
と、声をかけてみた。
「……今から?」
母親は、不審な様子を隠そうともせず、不機嫌な声を出した。
「もう遅いし、あんな事件があったばかりだし……」
「ゲームのためにレベルあげをしておきたいんだ」
「そう。
なら、仕方がないわね」
それまでの心配顔が嘘のように、母親はあっさりと七重の外出を認める。
「明日も学校はあるんだから、あんまり遅くならないようにしなさいよ」
普段の母親から考えられない、明らかに異常な判断と言動だったが、おそらくリライターがなんらかの操作を行って現実を都合よく書き換えたのだろう。
七重は、そう判断し玄関から堂々と外にでた。
七重はそのまま、軽く屈伸運動をしてから小走りで駆け出し、河川敷へとむかう。
かなり余裕を持って出たはずだが、路地遙は先について待っていた。
その路地は、河川敷を活発に走り回っていた。
「すごいねえ。リライターって」
七重が近づくと、路地はそういって屈託なく笑った。
「足が、体がすごく軽い!
まるで、事故前に戻ったみたい!」
「……それ、路地のスキル?」
「うん、そう。
蹴ることの特化したスキルなんだけど、発動中は足腰全体が一時的に強化されているみたいなんだ!」
路地は生き生きとした表情でそういった。
この路地は女子サッカーでかなりいい成績を収め、それなりに注目を集めた選手だったそうだ。そうした噂は、中学が違っててもそれなりに耳に入ってくる。
でも、半年くらい前に交通事故に遭い、靱帯かなにかを痛めたとかで、激しい運動を医者に禁止されて選手生命が絶たれた。
その証拠に今では路地は帰宅部だし、体育の授業のときもいつも見学している。
その路地が、軽快な足取りで走ったり跳んだりしていた。
おすして動き回れることがよほど嬉しいのだろう。傍目にもわかるほどに、はしゃいでいた。
「わたしのは、投げることに特化したスキルだからなあ」
七重は路地にウォーターポロを掲げてみせた。
「ナイトシールドが有効になっているかどうかを確認してから、さっそくレベルあげしていこうか」
「そうしよう、そうしよう!」
路地が、元気よく答える。
「新藤くんのナイトシールドも、叩けば叩くほどレベルアップすると思うし!」
二人はお互いの体を守るナイトシールドの効果をそれぞれのスキルを使って叩き合い、その夜 のうちにレベルを五十以上、あげた。




