02-06 知念はな、スキル『ぼっち王』
知念はなは昔から目立つ子どもだった。
父方の祖母がアイルランド系のアメリカ人だったせいか、色素が薄く髪の毛が赤茶けている。目鼻立ちがはっきりしていて彫りが深く、日本人離れした容貌をしていた。
それでいて背は低く、十六歳になる今も身長は百五十センチに届かない。なのに、小学校高学年の頃から膨らみはじめた胸は、今ではとても重いことになっている。
背が低くてコケティッシュな童顔で巨乳、赤毛。
どこのオタクの妄想だ! という外見をしているのが、この知念はなという少女である。
そういう外見であったから、異分子を敏感にかぎ分ける子どもの頃にはよくからかわれたりいじめられたりした。
中学生になる頃には、胸の大きさもあいまって異性からは好奇の視線にさらされ、同性からはやっかまれる。男子からラブレターを貰ったり交際を申し込まれたりすることも珍しくはなかった。子どもの頃の経験から軽度の男性恐怖症になっていた知念はながその手の申し出を受けることはなかったのだが、それが原因で同性である女生徒たちの反感を買うことも珍しくはなかった。
学年が変わるたびに、この髪の色が染めた結果ではなく自前のものであることを担任教師に説明しなければならないのが面倒だった。
知念はなは本人の意志には関わりがなく、派手で人目を引く風貌をしていたわけだが、はな自身はそのことを自覚しつつも同時に苦々しく思っていた。
なんというか……矛盾した要素が知念はなの中でせめぎ合い、そのまま混在しているような。
そんな複雑な思いを、知念はなは自分の容姿に対して抱いている。
客観的にみて自分がかなりの美少女であること知念はなは自覚していた。
今となってはそのためにもてはやされることも多いのだが、同時に、この目立つ容貌のためにこれまで精神的な苦痛を強いられてきたことも多かった。
そんな知念はなが自分に与えられたスキルを確認した瞬間、その皮肉さに笑みを漏らした。
【
スキル:
ぼっち王 Lv.1 ◇特殊系
『能力を発動すると完全に存在感がなくなる。
持続時間はレベルに依存』
】
よりにもよって、目立たなくなるスキル。
こんなスキルを、幼少時の自分が持っていたら!
いや、今からでも遅くはない。このスキルは是非とも末永く持ち続けたいと知念は思う。
そのためには、この理不尽なゲームとやらに最後まで勝ち抜けなければならないらしい。
どうしようどうしようどうしよう、と悩みながら、知念はなはテストプレイ中からそのスキルを実行して自分の存在感を消し続けた。
そうすると確かに、周囲の人々は自分の存在に気づいていないかのように振る舞った。
一番前の席に座っていた知念は隣の席の三峰刹那が自分のスキル『エアタンク』を発動して暴れ回っている間、自分のスキル『ぼっち王』を発動させた状態で三峰の背後に移動し、そこで存在感を消したまま最後まで息を潜めていた。
その甲斐あってか誰もが知念の存在を無視したままでテストプレイが終了し、一年D組の生徒たちはぞろぞろと教室から出ていった。
その頃には知念のスキルレベルは二十を越えていたのだが、他人の視線を恐れる傾向のある知念はテストプレイ終了後もスキルを発動させ続けて、そのままの状態で周囲を見渡して、ようやくなにかしら役に立ちそうな知見の持ち主に思い当たった。
窓際のうしろの方の席の新藤零時と頼衣珠世が、なにかもっともらしいことを話し合っているようだ。
知念はスキルを発動したままの状態で二人の席に近づき、会話の内容を確認した。それによると、頼衣珠世のスキル『スカウター』は、他の生徒たちのスキルやレベルを読み込むスキルであるらしかった。
頼衣珠世の隣の席の生徒、新藤零時のスキル『ナイトシールド』は、自分には影響もせず攻撃力にもかけるスキルだった。そのこともあって、頼衣珠世は当座の相談相手として新藤を選んだらしかった。
その新藤の前後に席に座る七重芹香と路地遙もいつの間にか二人の話し合いに参加するようになり、これ以上詳しいことはこの教室から移動して行うことになった。
知念は一瞬、スキルを解除してこの四人に合流しようかとも思ったのだが、この四人がどこまで信用できるものかよくわからなかったので、慎重を期してもう少し姿を隠し続けることにした。
なにしろ自分は無力で小さな女子なのだ。
同じ女子であっても体が大きな七重芹香やいかにも体育会系といった活発さを持つ路地遙とは違い、攻撃力らしい攻撃力をまるで持たない脆弱な存在なのだ。
しばらくはこのまま息を潜めて、じっとチャンスを待つのが利口なやり口というものだろう。
学校を出た四人はかなり歩いて、学校からかなり距離のある場所にあったファミレスへと移動した。確かにここまで離れれば同じ学校の生徒たちと出くわすことはまずないだろうな、と、知念も思う。内密の相談場所にはうってつけの場所といえた。
スキル『ぼっち王』の威力は絶大で、四人のうしろについて歩いていた知念に気づいた者は誰もいなかった。ファミレスに入っても店員が自分に注目することはなかったし、席に案内される際もあくまで四名様として処理された。予想通り、このスキルを実行している限り、自分は透明人間にも等しい存在と化すようだ、と、知念は思った。
流石にカメラなどには映るのだろうから、知念はドリンクバーから自分の飲み物を取ってくることはせず、ちょこんと新藤の隣に座り、おとなしく新藤がみんなの意見を聞き出した内容を手早くまとめる様子を見守った。
新藤以外の三名は知念が座っている場所を避けて座っていたが、そのことに疑念を抱いている様子はない。
おかげで知念は、新藤の解説を聞きながらじっくりと手元のメモが完成していく様子を見物することができた。
そのメモが完成してからは、その内容を写メに収めもしたが、それでも誰も知念の姿に気づく者はいなかった。
その内容によると、テストプレイ中に活躍した生徒たち以外にも、瀬川太郎という男子が現在最多のスキルを持っているらしかった。その男子自身のスキル『見取り稽古』もきわめて使い勝手が良さそうなスキルだ。
最初に狙うのは、そいつだな、と知念はその場で決断する。
深く考えてのことではなかったが、非力な自分で十分な準備を整え、不意をつけばなんとかなるのではないだろうか……と、この頃の知念は思いはじめていた。
なにしろスキル『ぼっち王』を発動させている最中の自分は、透明人間も同然なのだ。
それに、その瀬川太郎という名前にも知念は聞きおぼえがあった。
中学のときの同級生に、
「今通っている塾に、なんかキモい男子がいる」
とか聞いていて、その男子の名前が瀬川太郎ではなかったか?
自分自身が外見で苦労してきたこともあり、知念自身は他人を外見で差別する発想を持たなかったが、この情報は有用だった。今の学校に入ってからも、瀬川が「ようやく入試を突破できた」生徒の一人であることも、知念は小耳に挟んでいた。
県内でも有数の進学校である市立倉石には、そうして努力に努力を重ねた末、なんとか滑り込みで入学できた生徒が少なくはなかった。
だとすれば、その瀬川が学校の授業についていくために今も塾に通っている可能性が高かった。
そう思った知念は立ちあがり、いまだに雑談を続けている四人を跨ぐようにしてその場から離れ、知念はファミレスをあとにする。
当面の目標が決まった以上、長居は無用だった。
道を歩きながら知念はスマホを取り出して、旧友を呼び出した。
『……はい。
はな?』
「あ、みっち?
今、大丈夫?」
『大丈夫大丈夫。
ひさしぶりだね』
「うん。
ここ数日、引っ越しやらなんやらでばたばたしてたからね。
それでさあ。
みっちに訊きたいことあるんだけど」
『なになに?』
「前にさあ、公明塾のはなし、してたじゃない。
そのときに出てきた瀬川って子が、どうも同じクラスにいるみたいなんだよね」
『マジ? 受ける』
「それでさあ、今もまだその瀬川って子が、同じ塾に通っているのかなあ、って思って……」
『いるよ、いる。
コースが違うから同じ授業を受けているわけではないけど、今でもときどきすれ違うし』
それから知念はさりげなく瀬川が塾へむかう際の時間帯などを聞きだし、その他の話題も適当に出して通話を長引かせてから旧友との通話を終えた。
そのときの知念は道を歩きながら大声でしゃべっていたことになるのだが、スキルの効果のせいか、そんな知念に注目する者は皆無だった。
それから知念は、襲撃に必要な物を調達するために奔走した。
まず釣具屋に立ち寄り、手頃な釣り竿を調達した。
丈夫で軽く、携帯性の優れた長物というものを、知念はこれくらいしか思いつかなかったのだ。
不意をつくとはいえ、体力やリーチに優れている男子を襲撃するのに、近接戦闘を挑むほど知念は無謀ではない。
それに……と、知念は少し考え込み、近くにある百円ショップに入ってそこで包丁を三本、調達した。切れ味はともかく、一応は刃物だ。釣り竿の先につければ、穂先の代わりくらいにはなるだろう。
リライターと名乗る存在の正体まではわからないが、それでもテストプレイのとき、あれだけボロボロになった教室が一瞬で元通りになったことを考えれば、その修復能力自体は本物だろう。
あとは彼らがいう、「ゲームが済めばすべて元通り」という言葉を信じるしかない。
知念とて、いくらゲームが終われば元通りになるからといっても、クラスメイトの命までは取ろうとは思っていなかった。
万が一のことを考えて、ということもあったが、それ以上に、自分自身が誰かを殺せるほど度胸があるとは思えなかったからだ。
知念の予定では、スキルを発動させた透明人間状態で瀬川を不意打ちし、精神的なダメージを多く与えて瀬川からスキルを強奪するつもりだった。確かスキルは、両者の合意があれば譲渡することも可能だったはずだ。
実力を行使した上で譲渡させるように強制するのは、十分にルールで許容された行為であると知念は判断した。
学校の制服姿で釣り竿の先に百円ショップで調達した包丁を釣り糸で括りつけた手製の槍を肩にかついで闊歩しても、誰も知念に注意をむけなかった。
いうまでもなく、スキル『ぼっち王』の効果である。
そのまま知念は、瀬川が通りかかるである場所に立ち尽くしていた。
中学時代の友人、みっちから訊いた情報と瀬川が西中出身であるという情報をつつき会わせれば、瀬川が塾へいくルートや時間もだいたい特定できる。知念自身もこの市内で生まれ育った地元民であり、土地勘はそれなりにあった。
早くしないと、門限にひっかかるんだがな……とか思いながら、知念は瀬川を待ち続けた。
瀬川やみっちが通っている学習塾は、駐輪場がない関係で、通学に際しても徒歩での移動を推奨している。
知念が予想するようにこのままうまくいけば、今日中に片がつくはずだった。
しばらく人通りが少ない細い道で待ち続けたあげく、ようやく目当ての人物である瀬川太郎が姿を現した。ああいうのが公家顔というのだろうか。下膨れ顔の目の細い男子が、バッグを持ってこちらに歩いてくる。流石に知念自身よりは大きいが、男子の中では小柄な方だろう。瀬川の身長は、百六十センチをいくらか越えるか、といったところだった。迫力のない顔とあいまって、あまり怖く感じない。
若干、対人恐怖症の気がある知念にとって、これは重要な要素だった。
ましてや、これから襲おうとする相手である。
知念は瀬川の背後に忍び寄り、手製の槍を構えて、瀬川のふくらはぎめがけて突き出した。
百均の包丁はやはり切れ味に欠けるのか、案に相違して瀬川の肉体を傷つけるところまではいかず、瀬川のスラックスを浅く切っただけで横に逸れる。
釣り竿自体がしなったのも、刺さる力が軽減した原因となった。
それでも不意をつかれて足下を邪魔された瀬川はふらついて、その場にたたらを踏んだ。
ここで逃がすわけにはいかない!
そう思った知念は、予備の包丁を取り出してろくに前も見ずに瀬川にむかって突っ込んだ。
予定では、瀬川の足を傷つけて移動力を奪い、ゆっくとと脅してスキルを譲渡して貰うつもりだったが、現実にはそううまくは運ばなかった。
とにかく、襲う側の知念も最初の一撃が失敗したことで精神的な余裕と判断力をなくしている。
その状態で闇雲に突っ込んだものだから、二人は無様にぶつかってもつれ合い、そのまま地面を転がり回った。
しばらくして、知念がゆっくりと立ちあがる。
瀬川の太股に包丁が深く突き刺さっており、瀬川は脂汗を流してうめき声をあげるだけだった。
予想外の展開に、知念は、
「ちょっ」
とか、
「あの!」
とか意味がない声をしばらく出していたが、少し時間が経過して少し冷静になると、
「これは、最初に予定していた状況に近い状態なのではないか?」
ということに思い当たる。
そこで知念は深呼吸をして気を落ち着けてから、
「……あなたのスキルを寄越しなさい!」
と、瀬川にむかって叫んだ。
「スキルだぁ?
スキルだとぉ!」
顔中に脂汗を浮かべながら、瀬川は怒鳴り返す。
「そんなもん、もっていけ!
もともとおれは、ゲームなんかには乗り気じゃなかったんだ!
それよりも早く、救急車を呼んでくれ!」
大腿部に包丁を刺された瀬川も、当然のことながら冷静な状態ではなかった。
実は瀬川自身もスマホくらいは持ち歩いており、自分で救急車を呼ぶことも可能なはずだったが、本人はそのことに気づいていない。
しかし、知念は今、救急車どころではなかった。
目の前に、
【
瀬川太郎がスキルを譲渡する意志を表明しました。
この申し出を受けますか?
Yes / No
】
という文字列が浮かびあがっている。
そうか、スキルを譲渡するときは、こういう風になるものなのか。
そんなことを思いつつ、知念は、
「もちろん、申し出を受けます!
いただきます!」
と叫びつつ、空中に浮かび上がっている「Yes」の文字があるあたりに勢いよく指先を押し込んだ。
すると、
《瀬川太郎のスキル『見取り稽古』が????に奪取されました。》
というアナウンスが知念と瀬川の頭の中に響いた。
「????」という部分は、本来なら知念の名が入るのであろうが、そこの部分だけノイズが入って聞き取れなくなっている。
そっか。
スキル『ぼっち王』を発動した状態だと、この手のアナウンスも隠蔽されるのだな、と、知念は納得して、うめき声をあげ続ける瀬川を残してその場をあとにした。
少し離れたところで公衆電話をみつけたので、そこから119番に通報し、番地と瀬川の状態を伝える。
その際に姓名を訊ねられたが、
「通りすがりのぼっち王です」
とのみ答えて通話を切る。
これで悪戯扱いされる可能性もあるあるのだろうが、他にも瀬川を発見した者がいたら通報するだろうし、町中で全く人通りがないわけでもないので大事には至らないだろう。
知念にしてみれば、「瀬川との約束は果たした」という実績さえ作れれば、それでいいのだ。どのような結果になろうとも、ゲームが終わりさえすればすべて元通りになっているはずだった。
最初の襲撃がなんとか成功したこともあって、知念は不思議と高揚した気分を味わっていた。
そのあと知念は、なんとか門限になる前に青藍寮に帰ることができた。
スキルを使用して誰からも気取られない状態であるとはいえ、守れる規則は守っておいた方がいいだろう。まだまだ知念は入学したばかりであり、今から自堕落になっていたのでは先が思いやられる。
知念はむき出しのままの手製の槍をかついだまま自室へむかう。
自室の帰ると、同室の生徒がノートパソコンにむかっていた。しかし、スキルを発動中だったので同室の黒森永遠は知念の存在そのものに気づかなかった。
そういえばこの子も、同じクラスだったよな、と、知念は思う。
ということは、例のゲームに強制参加している最中のはずだ。
知念はルームメイトの黒森の背中から近づいて、黒森の手元をのぞき込む。
ノートパソコンの画面にはいくつかのウィンドウが開かれており、そこには他のクラスメイトたちの動向が記されていた。
そうか、この子のスキルは情報収集系のスキルなんだ、と、知念は悟った。
だとすれば、今すぐ襲ってこの子のスキルを奪うよりは、しばらく泳がせてこの子が集めた情報をうまく活用した方が、手間が省けそうだ。
はじめての襲撃が成功して気分が高揚していた知念は、そんなことを考えはじめていた。
この黒森永遠というルームメイトは、知念とは特に仲がよいわけではないし、逆に険悪な関係でもなかった。
なんというか、この黒森という生徒は、地味でひっそりとしていて、自室で学校でも必要以上にしゃべらず、目立たない生徒だった。
不躾な視線を集めたり、それとなく嫌味をいってきたり、とにかく悪をぶつけてくる相手よりはよっぽど気が楽ではあったが、それでも「なにを考えているのかよくわからない」この黒森のことを、知念はときどき不気味に感じてしまう。
それから知念は自分のベッドの上に腰掛けて、深呼吸をしてから強奪してきたばかりのスキルをチェックする。
瀬川太郎は、テストプレイのときに最多のスキルを取得していた、と、スカウターのユーザー、頼衣珠世はいっていたはずだが……。
「……げげっ!」
と、知念は、あまり上品とはいいかねる叫び声をあげた。
知念が奪取したスキルは「見取り稽古 Lv.1」のみだった。
奪取した際に、レベルはリセットされるという情報はファミレスで盗み聞きしたばかりだったが、見取り稽古で取得したスキルも、そのまま全部譲渡されるわけではないようだった。
冷静に考えれば、きわめて使い勝手がよいスキル『見取り稽古』でそんなことを許してしまえば、ゲームバランスが崩壊することはすぐに想像ができた。
でもまあ……と、知念は考え直す……スキルは明日からでも、じっくりと集めればいいだけだし。
よくよく考えてみれば……。
自身の存在が誰にも関知できなくなるスキル『ぼっち王』と、使用中の他者のスキルを見るだけでコピーできるスキル『見取り稽古』の組み合わせは、なかなかどうして効率的な組み合わせではないだろうか。




