06-28 痛み分け。
睦月は、スキル『トラップメイカー』によって罠の効果で動けなくなった叶の腕に触れる。
そのまま、睦月は叶から経験値を奪いはじめた。
スキル『シーフ』は、成長させたからの使い勝手がいい代わりに、ひどく成長させにくいスキルだった。
気軽に体を触れさせてくれる他のスキル所持者が周囲に居ないと、成長のさせようがないのだ。
睦月の『シーフ』も、この段階では初期状態のレベル一である。
叶のスキルを奪うためには、まず『シーフ』のレベルを五以上にあげなければならない。
……このぉっ!
叶の方も、奪われる一方ではなかった。
スキル『シーフ』は、叶も先ほど奪ったばかりだ。
それも、睦月とは違って、この段階でレベル五を越えている。
即座に、接触した相手のスキルを奪える状態だった。
叶は、睦月がしていることを理解するのと同時に、スキル『シーフ』を発動。
睦月からスキル『トラップメイカー』を奪った。
そのとたん、睦月のスキル『トラップメイカー』の効果が解除され、叶は自由に動けるようになる。
自分に触れていた睦月の手を振り払った。
「……てめぇ!」
そのまま叶は薙刀で睦月に斬りつけようとしたが……なぜか、手にしていた薙刀は消失している。
その代わりに、睦月の手にデッキブラシが握られていた。
「……しょぼっ……」
睦月は、奪ったばかりのスキル『ランサー』を初めて発動した効果に対して、そう感想を述べた。
「……先に、『リヴェンジャー』の方を奪うべきだったな」
デッキブラシを消しながら、睦月はそんなことを呟く。
しかし、睦月はさほど悲観していない。
スキル『ランサー』を失った今、叶は、「決定的に対抗できない存在」ではなくなったからだ。
いや、今の叶も『リヴェンジャー』を持っている以上、倒すことは容易ではないのだが……。
「……じゃあ、また今度」
そういって睦月は、スキル『マックススピード』を発動してその場から逃走した。
睦月からしてみれば、すでに精神的肉体的に疲労していることを自覚している以上、このままこの場に居続けてもメリットがなかった。
「……『ランサー』と『トラップメイカー』を交換した形かな?」
しばらくして、一連の事態を観察していた新堂零時はのんびりとした口調で確認してきた。
「どうやら、そのようだ」
自分のステータス画面を確認してから、叶が答える。
「『トラップメイカー』を奪って、『ランサー』が奪われた」
実は、叶のステータス画面からそれ以上のことも読みとることができたのだが……。
そのことについて、この場で馬鹿正直に教えてやるつもりも叶にはなかった。
睦月と叶とは、同じ『トラップメイカー』を持っていた。
その状態でさらに、叶は睦月から『トラップメイカー』を奪った。
同じスキル『トラップメイカー』を、叶は重複して奪った形になる。
そうした場合は、同じスキルの経験値は合計されるものであるらしい。
叶の『トラップメイカー』は瑠河から譲渡されて以来、まるで使用していなかった。
当然、ついさっきまでは初期状態であるレベル一だったのだが、今のステータス画面では、ごく少ないながらも『トラップメイカー』のレベルがあがっている。
これはおそらく、睦月がさきほど使用していた分の、『トラップメイカー』の経験値がこちらにも統合されたせいだと思える。
……こういうシステムになっているのか。
と、叶はひとりで納得していた。
新たなスキルを入手するたびに、そのスキルがどういう性質のものなのかを手探りしながら見極める。
それとは別に、このゲームについてのシステムも、検証し、探ってく必要があった。
そうしないと、入手したスキルの性能をとことん引き出すことができないのだ。
まあ、上々とはいえないまでも、そんなに悪くはない結果だ。
と、叶は思う。
スキル『ランサー』が惜しくないといえば嘘になる。
が、『トラップメイカー』だって使いようによっては十分な驚異となり得るのは、新堂が証明してくれている。
むしろ、自分自身の体を張る必要がない分だけ、『ランサー』より『トラップメイカー』の方が優れている……という見方さえ、可能だった。
「あ、今、少なくとも校内には新しい罠を設置しできないように設定しなおしたから」
もう一人の『トラップメイカー』所持者である新堂が、そんな叶の考えを読んだように、呟いた。
「なんで今、なんだよ!」
思わず、叶は叫んだ。
「やるんならもっと早くやれ!」
そうすれば、さっきも睦月に遅れを取ることがなく、あいつのスキルを丸々奪うことができたはずだった。
「……今までそうすることを思いつかなかったんだよ」
新堂は、露骨に叶から視線を逸らしながらそういった。
「これまでは、おれ以外の『トラップメイカー』持ちがいなかったわけだから。
そういう設定が可能なことさえ、ついさっき、思いつくまでわからなかった。
でもまあ……」
……ふたりとも、怪我をしなくてよかった。
と、新堂は続ける。
ゲームの勝敗には興味を示さず、ひたすら他の同級生たちの身を案じている。
新堂のスタンスは、ここでもブレていなかった。
「ところで、叶」
「……なんだ?」
「よかったら、こいつらを保健室に運ぶのを手伝って欲しいんだけど」
「……ぼくだって、さっきまで凍死しかけていたんだよ?」
「だったら、ちょうどいいじゃないか。
みんなでいっしょにいって、軽く見て貰おう」
新堂は、叶にむかって、そういう。
「冷やされたのもごく短時間だけだったから、そんなに大した影響はないと思うけど、万が一ってこともあるし……」
叶は、深々とため息をついた。
「……いいよ。
手伝おう」
なんだか、こいつには勝てる気がしないな……と、叶は思う。
眞鍋との一件以来、叶は他のクラスメイトたちから危険視さえ、距離を取られていた。
いくら『トラップメイカー』で学校中に罠を張っているといっても、そんな叶に対して、新堂の態度は以前とまったく変わっていない。
このゲームによって、ほとんど精神的な変容をしていない者が居るとすれば、それはこの新堂になるのかも知れないな、と、叶はそんなことを思った。
ここまで安定していると、かえって、
「こいつは、人間としてどこかおかしいのではないだろうか?」
とか、思えてくるわけだが。
ほぼ同時刻、津川問の自宅でノートパソコンを広げていた黒森永遠は大きく息を吐いて脱力していた。
知念はなによる芦辺邸への襲撃、それに、睦月庵による連戦が前後して起こっており、後者に関しては、
「誰か睦月に対抗できそうな人に、無差別にメールを送って誘導する」
という介入まで行っている。
自分が矢面に立たない形での介入方法をそれ以外に思いつかなかったせいだが……。
それでも、スキル『フェアリーテイル』を通じて他の生徒たちの真剣勝負を観察するのは、これでなかなか神経を削られるのだった。
おもとして、
「あんな子たちをこれから相手にしなければならないのか……」
という恐怖の感情のせいだったが。
「……十名以上にメールして、実際に動いたのは三名、か」
黒森は、口に出してそう呟く。
多いような、少ないような。
メールアドレスは、日常的に『フェアリーテイル』で身辺に探りを入れていれば、あっさりと覗き見ることができた。
あとは、メールを送っても、それをチェックしていなかったり、チェックしても興味を示さなかったり、すでに学校から遠く離れた場所に移動していて、駆けつけても間に合わなかったり……だった。
辛くも、睦月庵が一人勝ちになることは避けられたわけだが……。
「何度も使える手ではないよな」
とも、思う。
あんまり頻繁に使ったら、今度はメールの送り主について、疑念を呼んでしまう。
攻撃能力のあるスキルの持ち主に直接狙われてしまったら、無力な黒森はそれこそあっという間にスキルを奪われ、ゲームから排除されるだろう。
そうなる前に、どうにかして自衛か、あるいは攻撃する手段を持ちたいところなのだが……。
……どうすりゃ、いいんだろう?
と、黒森は、悩み続けていた。




