06-25 沼沢悠里。ラッキースケベ。
その頃、沼沢悠里は自宅でくつろいでいた。
スキル『ジャンパー』を得てからというもの、この沼沢はこのスキルを徹底的に活用することにしている。
移動時間がゼロになるこのスキルは、ゲーム関連でよりも日常生活で活用する方がふさわしいと沼沢は思っていたし、実際に使い倒してもいた。
この日も、なぜか連続で須賀のスキル『臥薪嘗胆』が大量に譲渡されるアナウンスを聞いたあたりまで学校内をうろついて情報収集につとめていたのだが、その後しばらくなんの音沙汰もなくなったのでスキル『ジャンパー』を使用して一度自宅に戻ってきたのだった。
玄関で靴を脱いで自室に鞄を起き、キッチンに移動。
そこで冷蔵庫を開けて紙パックの牛乳を取ってグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
二杯目の牛乳をグラスに注いだところで、例のアナウンスが聞こえた。
《渡来治樹のスキル『シーフ』が叶治郎に譲渡されました。》
「……渡来のスキル『シーフ』、か」
アナウンスを聞いた沼沢は、渋い顔をしてそう呟いた。
「あいつも、何度もスキルを奪われているんだか……」
詳しい事業はわからないものの、これにもおそらくは須賀のスキル『臥薪嘗胆』が関係しているのだろうな、と、沼沢は思う。
そうとでも考えなければ、
「同じ人間が何度も同じスキルを奪われる」
という現象について、説明が付かないのだ。
スキル『臥薪嘗胆』が、「奪われたスキルを復活させるためのスキルである」ということは、須賀自身が教室内で公言したばかりだった。
その須賀も、愚かといえば愚かだよな、と、沼沢は思う。
そんな利用価値が高いスキルを引いたのなら、ここぞというときが来るまでそのままじっと息を潜めて自分のスキルについて秘密にしておけばいいのに。
わざわざ自分でばらすから、こうも易々と大勢に利用される。
《渡来治樹のスキル『シーフ』が須賀泰司に譲渡されました。》
そのあと、すぐに第二のアナウンスが聞こえてきて、沼沢はさらに呆れた。
「叶に続いて、須賀もか」
小声でそういって、沼沢はどういう状況でこんなことが起こ得るのか、少し想像力を逞しくしてみた。
叶は、たぶん脅したかなんかしてスキルを奪ったのだろう。
しかし、須賀については……なんらかの談合が、あったのかも知れないな。
なぜ、先ほどからスキル『シーフ』についてのアナウンスばかりが聞こえてくるのか?
なぜ、スキル『シーフ』以外のアナウンスがないのか……と、逆に考えてみればよくわかる。
一度『スキル』シーフを手に入れてしまえば、それ以降はアナウンス抜きに誰かのスキルを奪えるからだ。
つまり……。
「……アナウンスされたよりも多くのスキルが複製されたり譲渡されたりしている可能性がある」
という事実に、沼沢は思い当たる。
それから沼沢は、スキル『シーフ』を現在持っているはずの人数を、これまでにアナウンスされた情報を元にして推測してみることにした。
「ええっと……西城、辺見、夢川、奥地の四人に木ノ下。
それと……ええと、名前がおもいだせないけど、もう一人。
それから、叶と須賀。
最後に……須賀が渡来のスキルを復活させていれば、渡来も」
指折り数えてみると、九名もの大人数になる。
クラスの四分の一以上の人間がスキル『シーフ』を持っている、ということになると……。
「週明けは、混乱必死だな」
沼沢は、そう結論した。
噂によれば、スキル『シーフ』は、相手に触れるだけで経験値やスキルを奪えるらしかった。
一人、二人ではない。
そんなスキルを、ここまでの人数が入手したということになると……警戒していれば自分のスキルを守れる、というレベルではないのだった。
そう考えると……。
「……なんだ、このゲームは……」
と、沼沢は呟く。
考えてみればわかることだが、スキル『臥薪嘗胆』とか『シーフ』とかは、ゲームを進行する上ではどういう観点から見ても「バランスブレイカー」としか作用しないのだった。
知恵とか力とか勇気とか、そういうものを振り絞って勝ち進むようなルールにはなっていない。
新堂零時などは、初日から、
「このゲームはリライターの遊び。
おれたちは、たまたまやつらの暇つぶしに使われているだけ」
という説を公言して積極的にゲームに参加することを拒否していたわけだが……それも、あながち根拠がないともいえなくなってきている。
このゲームを用意したやつらは、おれたちが右往左往するのを見て高笑いでもしているのだろう。
そんなこと思いながら沼沢はグラスに入っていたよく冷えた牛乳を一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルに置いた。
そしてポケットからスマホを取り出し、着信していたメールをチェックする。
終業直後に一度確認しているので新着は少なかったが、一通だけ気になるメールがあった。
件名、「緊急: このゲームについての重要なお知らせ」。
メアドは、どうやらフリーメイルらしい。
差出人名は……。
「……妖精?」
いかにも怪しげであったが、一応目は通しておくか、と、沼沢はそのメールを開いた。
《
警告!
現在、校舎一階南側の男子トイレ前廊下において、ゲームに関わる重要な事件が発生しています。
すぐにその場に移動して、しかるべき対処を行ってください。
》
「……なんだ、こりゃ」
と、口に出して呟いてみた。
具体的に「なにが起きている」とか、「そこにいってなにをどうしろ」という具体的な事柄が一切書いていない。
それに、沼沢の『ジャンパー』についても、詳しく知っている風な文面だった。
十中八、九、ゲームの関係者、もっとぶっちゃけていってしまえば、同じクラスの誰かしらの仕業だろう。
少し考えた末、沼沢はその場に行ってみることにした。
好奇心も多少はあったのだが、それ以上にスキル『ジャンパー』がありさえすれば、なにがあってもその場から逃げられるという自信があったからである。
そのとき、校舎一階南側の男子トイレ前廊下では、今まさに、スキル譲渡画面を表示させた渡来治樹と琉河秀夫に対して睦月庵が手を伸ばしているところだった。
睦月は、例によって相手の反撃を警戒してスキル『マックススピード』を使用している。
相対的にみれば、渡来や琉河などからみれば、あまりにも高速で動いているため、睦月の体が残像の尾を引いているこちらに迫ってくるように見える。
その、渡来と睦月の二人、それに睦月の間の空間に、唐突に、制服姿の沼沢悠里が出現した。
スキル『マックススピード』を使用して加速していた睦月は、この予想外の自体にかなり驚いたわけだが、なにそろ自分の体を加速している最中であったためすぐに止まるということもできず、そのまま沼沢の体に激突した。
沼沢の方はといえば、なにがなんだかわからないうちに睦月にタックルをされてそのまま吹き飛ばされた形となる。
二人はそのまま倒れ込んだ。
《渡来治樹のスキル『シーフ』が沼沢悠里に譲渡されました。》
《琉河秀夫のスキル『トラップメイカー』が沼沢悠里に譲渡されました。》
そんなアナウンスが、一年D組全員の脳裏に響く。
どうやら、睦月に突っ込まれてそのままもつれ合い、倒れる途中で、沼沢の肩か背中がたまたまその場に出ていたスキル譲渡画面の「Yes」の項目に触れてしまったらしい。
そんなことよりも、沼沢は、いきなり自分に抱きついてきた女子の体の感触にばかり気を取られていたが。
小さい。
細い。
暖かい。
柔らかい。
いい匂いがする。
このとき沼沢の意識は、そんな感想で占められていた。
彼女いない歴=年齢の男子高校生として、きわめて健康的な反応であった。
そして、その次に……。
「……冷てぇ!」
沼沢は、そう叫んで睦月の体を無意識に抱きしめながら飛び起きた。
背中が、不自然に冷たい。
不自然というか、超自然というか。
氷を通り越してドライアイスに直接触れたらこんなような感触がするのではないか……と思うくらいに、やばい感じがする「冷たさ」だった。
「……って、お前ら、なにやってんの?」
そして、立ちあがってから沼沢ははじめて周囲を見渡す余裕ができ、そこで廊下にうずくまっているばかりの琉河と渡来の姿に気づき、声をかけてみた。
スキル『アイスエイジ』の機能の影響ですでに意識が朦朧としていた琉河と渡来は、うめき声をあげるばかりではともな返答ができなかった。
……なんだか知らないが、二人とも調子が悪そうだな……。
と、沼沢はそんな感想を持った。
「……馬鹿ぁ!」
ここで我に返った睦月が、沼沢の腕をふりほどき、渾身の力を込めて沼沢の頬を張り飛ばした。
沼沢の上体が大きく泳ぎ、そこへさらに睦月の蹴りが、沼沢の腹部に炸裂する。
「この、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」
「orz」型に廊下に四つん這いになった沼沢にむかって、睦月は罵声を浴びせながらげしげしと蹴りを入れ続けた。
不意に抱きしめられたことによる羞恥心と、最後の最後にうまうまとふたつものスキルを沼沢に奪われてしまった屈辱。
そうした感情がない交ぜとなって睦月から理性的な思考能力を奪っていた。
……なんだかよくわからないが……。
と、反射的に沼沢は判断した。
……この場から逃げよう。
こんなときのためのスキルなのである。
沼沢はすぐにスキル『ジャンパー』を使い、瞬時にその場から逃れた。
「……なんだったんだ、今のは……」
自宅のキッチンに戻ってきた沼沢は、そう呟いて椅子に腰掛ける。
「そういえば、さっき……」
なんか、自分がスキルを得たかのようなアナウンスが聞こえてきたような気がする。
なにかと取り込み中だったから、気のせいかもしれないが……。
そう思って沼沢が自分のステータス画面を表示してみると、そこに確かに、スキル『シーフ』と『トラップメイカー』が自分のものになっていると表示されている。
「……おれが、ちょうど十人目の『シーフ』持ち、ってわけか」
沼沢は、声に出してそう呟く。
この時点で沼沢は、さっきの出来事でさえ、いったいなにが起こったのか正確には把握できていない。
当然、自分が新たにふたつのスキルを獲得したことについても、まるで実感が沸いてこなかった。
そしてこのときまで沼沢は、スキル『シーフ』の所持者がもうひとり居ることを完全に失念していた。




