私の召使いが変わったわ!
サラが倒れた翌日。アンジェリカは自室のソファーに腰掛け、頬杖をついていた。
部屋には召使いの姿はない。
桃色で統一された可愛らしい部屋だけが、静まり返っている。
「……退屈だわ」
いつものように呟く。
けれど、その言葉とは裏腹に、退屈を紛らわせようという気にはなれなかった。
何をしても気分が晴れない。
これが憂鬱というものなのだろうか。
いや、それだけではない。
胸の奥に引っかかったままの何かが、ずっと私を落ち着かなくさせていた。
原因など分かりきっている。
「……何よ、サラの奴。玩具の分際で壊れちゃって」
そう口にしてみる。それで少しは気が楽になると思った。
ただの召使いのことで心を乱されるなんて、ちっとも私らしくない。
本当は、不満などなかった。
淹れてくれる紅茶は美味しかった。
黒髪も綺麗に結ってくれた。
肩を揉ませれば心地良く、部屋の掃除も隅々まで行き届いていた。
それなのに、私は認めたくなかった。
きっかけは、あの日サラに言われた言葉だ。
――あんなものは、選ばれなかった負け犬の遠吠え。
世の中は、生まれで全てが決まる。
持つ者と、持たざる者。
あれは、何も持たずに生まれた人間の戯言に過ぎない。
お父様も、お母様も、お祖父様も。皆そう教えてきた。
人は生まれた瞬間に運命が決まり、特別だからこそ愛される。
私は、その「特別」の側に生まれた。
だから、人より優れていて当然なのだ。
……なら、この胸に残る違和感は何なのだろう。
苛立ちとは違う。焦りとも違う。
ただ落ち着かず、胸の奥がざわついて仕方がない。
お気に入りのぬいぐるみを抱いても。宝石箱を開いても。ふとした瞬間に、脳裏へ浮かぶのはサラの顔だった。
あの苦しそうな表情が、どうしても離れてくれない。
「……サラ」
名前を呼んでみる。
もちろん返事はない。
その静けさが、妙に胸へ突き刺さった。
コンコン。
不意に、扉を叩く音が響く。
「──アンジェリカお嬢様。いらっしゃいますか?」
一瞬だけ、サラかと思った。
だが、聞き覚えのない声だった。
その事実に、小さな落胆を覚えながら答える。
「入りなさい」
「失礼いたします」
部屋へ入ってきたのは、サラと同じくらいの年頃の少女だった。
後ろで一つに束ねた黒髪。切れ長の瞳が、どこか気の強そうな印象を与える。屋敷には大勢の召使いがいるが、この顔を見るのは初めてだった。
もっとも、平民の顔など一人ひとり覚えているはずもない。
「何の用よ?」
「本日付けで、お嬢様のお世話を担当させていただくことになりました。レイミと申します。以後、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる少女を見つめながら、私は眉をひそめた。
「私の担当って……どういうことよ」
「旦那様からお聞きではありませんか? アンジェリカ様には、新しい専属の使用人が付くことになりました」
「そんな話、初耳よ! サラはどうしたのよ!」
一歩身を乗り出して問い詰める。
レイミは一瞬だけ表情を曇らせ、小さく目を伏せた。
「……サラは体調を崩し、しばらく業務には復帰できません」
「なんですって!?」
思わず声が裏返る。
確かに少しやり過ぎた自覚はあった。
それでも、一晩休めば何事もなかったように戻ってくる。
そんなふうに、勝手に思い込んでいた。
……いや。そう願っていた。
サラが戻ってくれば、この胸に残る得体の知れない燻りも消える。
どこかで、そう期待していたのだ。
「ということですので」
レイミは静かに一礼する。
「本日より、よろしくお願いいたします。アンジェリカお嬢様」
そう言って顔を上げた彼女は、どこか意味ありげな笑みを浮かべていた。




