私は驚いたわ!
サラが罰を与えられた翌日。アンジェリカの我が儘は、これまで以上に過激さを増していた。
「紅茶が不味いわよ! すぐに淹れ直しなさい!」
「承知しました」
「ちょっと。この窓、汚れが残っているじゃない。さっさと掃除しなさい!」
「畏まりました」
「肩が凝ったわ。今すぐマッサージなさい!」
「はい、ただ今」
些細な用事から面倒な雑務まで、次々と命令が飛ぶ。
レーベル家に仕える者にとって、アンジェリカの癇癪は今さら珍しいものではない。だが、この日の横暴さはいつも以上だった。
それでもサラは、ほとんど無表情のまま淡々と応じ続ける。
「お嬢様、お次は何をいたしましょうか?」
「……」
アンジェリカは少し黙り込むと、いつの間にか空になっていたティーカップを指先で示した。
「……新しい紅茶を淹れなさい」
「承知しました」
感情がまるで読み取れない。
いつものサラなら、怯えた表情を浮かべるか、忙しそうに視線を泳がせるか、少しでも関わりたくないという空気を滲ませていた。
だが、今は違う。
命令される前から次の指示を待ち、ただ主人に従うだけの召使いとなっていた。
......何よ、こいつ。昨日までとはまるで別人じゃない。
何がきっかけだったのかは分からない。
けれど、この従順さの奥底に、小さな反骨心が隠れていることだけは何となく感じ取れた。
──いいわ。そんなに意地を張るのなら、徹底的に教えてあげる。
◇
翌日。アンジェリカの我が儘は、さらにエスカレートしていた。
身の回りの世話はもちろん、掃除、洗濯、急な外出の準備、料理への小言まで。思いつく限りの雑用を、すべてサラに押し付ける。
そこに意味などない。
ただ、その反抗心を完全に叩き潰すためだけだった。
やがて、サラにも変化が現れ始める。
「はぁ……はぁ…っ…」
顔色は青白く、視線は俯いたまま。
肩は小刻みに震え、今にも倒れてしまいそうだった。
その姿は、アンジェリカが見慣れたサラそのものだった。
──ふん。やっと化けの皮が剥がれてきたみたいね。
口元が自然と歪む。
これでようやく、自分とサラの立場を理解しただろう。
──所詮は愚民の悪あがき。
絶対的な権力を持つ貴族の前では、平民など取るに足らない存在なのだ。
もっとも、この二日間は退屈しのぎとして悪くなかった。
サラが専属になる以前は、使用人が交代で世話をしていた。
しかし、誰一人としてアンジェリカの要求に耐えられず、次々と屋敷を去っていった。
その中で、サラだけは違った。
酷く怯えながらも、一度たりとも辞めたいとは言わなかった。
「サラ。お前との戯れは、なかなか楽しかったわ」
「……あ…りがとう……ございます…」
「でも、所詮は愚民の悪あがき。お前は私には絶対に逆らえないのよ」
「…はぁ……はぁ…っ……」
「分かったなら、さっさと紅茶を淹れなさい」
「……ただちに…」
サラは震える手でティーポットを持ち上げる。
綺麗に整えられたテーブルの上に置かれた空のティーカップへ、ゆっくりと紅茶を注ごうとした。
──ここまで私の要望に応えられる人間は、そうはいない。
今後も退屈を紛らわせる玩具として、多少は優遇してやってもいいかもしれない。
アンジェリカがそう考えた、その時だった。
カシャンッ。
すぐ近くで、ティーカップが床へ落ち、甲高い音を立てて砕け散る。
「何やってるのよ!」
反射的に怒鳴り声が飛ぶ。
褒めた途端にこれだ。まったく嫌になる。
粗相をした召使いには、お仕置きが必要だ。
アンジェリカは床に倒れ込んだサラを睨みつける。
「お前、何を寝転がっているのよ。さっさと後片付けをしなさい!」
いつものように命令を下す。
だが──返事はない。
「……サラ?」
さすがに異変を感じ、アンジェリカは椅子から立ち上がって歩み寄る。
そこで目にしたのは、真っ青な顔で倒れ込むサラの姿だった。
「サラ!?」
呼吸は浅く弱々しい。
額には脂汗が滲み、苦しそうに肩を上下させている。
慌てて額へ手を当てると、焼けるような熱が伝わってきた。
「だ、誰か! 早く来なさい! サラが倒れたわ!」
屋敷中に、アンジェリカの悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。
この日、サラは過労と高熱の末、ついに倒れたのだった。




