私のおかげで商会が味方になったわ!
馬車がゆっくりと動き出し、再び車輪の音が街道へ響く。
主用馬車の中で、ウィリアムは穏やかな眼差しを娘へ向けた。
「見事だった」
「ありがとうございます。ですが、私一人では何もできませんでした。皆さんや、お父様が協力してくださったからです」
「謙遜する必要はない。あの短時間で最善策を考え、実行に移せたのはお前だけだ」
アンジェリカは照れくさそうにはにかむ。
「あれは、リヒト先生のおかげです。『領主とは問題を解決するだけでなく、人と人を繋ぐ者でもある』と教わりました」
「良い師に恵まれたな」
「はい!」
素直に頷くアンジェリカ。その姿は立派な次期領主そのもの――。
……もっとも、心の中では。
(リヒト先生のおかげってことにしておけば、失敗しても責任を分散できるわ! 私って賢い!)
相変わらず、ちゃっかりしていた。
その時だった。
「公爵閣下!」
先ほどの商人が馬で追い掛けてきて、深々と頭を下げると、アンジェリカへ厚紙を差し出した。
「改めて、お礼を申し上げます。こちらはフォレスト商会の紹介状です」
「紹介状?」
紹介状には今回の出来事と、今後フォレスト商会がレーベル公爵家へ便宜を図る旨が記されていた。
「商人にとって信用は何よりの財産です。このご恩は決して忘れません」
「え、えっと……」
どう受け取っていいか分からず戸惑うアンジェリカ。
そこへ、ウィリアムが優しく頷く。
「受け取っておきなさい」
「……はい。ありがとう。大切にするわね」
商人は何度も礼を述べて去っていった。
その背中を見送りながら、ウィリアムは思う。
(人を助け、その結果として新たな縁を結ぶ。それこそ領主の務めだ)
娘は十五歳にして、その本質を少しずつ理解し始めている。
そう実感したウィリアムは、誇らしげな眼差しでアンジェリカを見つめた。
一方、その視線に気付かないアンジェリカは紹介状をしまい、小さくガッツポーズをした。
(やった! 帝都でも頼れる商会と繋がれたわ! これでお買い物も安心ね!)
レイミがじっと主人を見る。
「……お嬢様」
「な、なによ?」
「帝都でのお買い物のことを考えていましたね?」
「ぎくっ」
アンジェリカの肩がぴくりと震えた。
「図星ですか」
「ち、違うわよ! 半分くらいしか!」
「残り半分は?」
「……帝都名物のお菓子?」
レイミは静かに額へ手を当てた。
「安心しました。お嬢様は、やはりお嬢様ですね」
「どういう意味よ!」
二人のやり取りに、ウィリアムは思わず吹き出す。
「立派な領主の顔を見せたかと思えば、次は菓子の話か。実にお前らしい」
「うぅ……」
「だが、そういうところも含めて、お前なのだろう」
「……はい」
アンジェリカは照れくさそうに微笑んだ。
馬車は春風を受けながら帝都への街道を進む。
「帝都まで、あとどれくらいかしら?」
「順調に進めば、日暮れ前には最初の宿場町へ到着できます」
レイミが答える。
「本日はそこで一泊し、明日には帝都へ入る予定です」
「そう。それじゃあ、もう一眠りするわ」
「構いませんが……もう私に抱きつかないでくださいね」
「あ、あれは偶然よ! わたしだって本当は、レイミなんかに抱きつきたくなかったんだから! 勘違いしないでよね!」
「ずいぶん早口ですね」
「うっ、うるさいわね……」
耳まで赤くするアンジェリカを見て、レイミは珍しく笑みをこぼした。
その笑いにつられるように、ウィリアムも穏やかに笑う。
和やかな空気を乗せた馬車は、帝都へ向かって走り続けた。




