私の好みが理解されないわ!
翌日から、レーベル公爵家はにわかに慌ただしくなった。
「却下だ」
「却下ね」
「却下です」
「えぇぇぇぇっ!?」
屋敷中にアンジェリカの悲鳴が響き渡る。
場所は、レーベル公爵家の衣装室。壁一面には色とりどりのドレスが並び、帝都でも名高い仕立て職人たちが緊張した面持ちで控えていた。
その中央で、アンジェリカは一着の桃色のドレスを大事そうに抱き締めている。
「どうしてよ! このドレス、とっても可愛いじゃない!」
娘の訴えに、ウィリアムは腕を組んだまま静かに頷いた。
「可愛いことは認める」
アンジェリカの表情がぱっと明るくなる。
「しかし、お前は次期レーベル公爵だ」
「そうよ!」
「夜会は遊びではない」
「それも分かってるわ、お父様!」
「なら、そのフリルを三十段重ねたような服はしまいなさい」
「うっ……」
思わず言葉に詰まり、改めてドレスへ目を向ける。
胸元には大きなリボン。
袖にもリボン。
腰にもリボン。
裾には幾重にも重なったフリル。
どこからどう見ても、『可愛い』を極限まで詰め込んだ一着だった。
「……せっかく可愛いのに」
「可愛いことは否定しないわ」
フレアが優しく微笑みながら頷く。
「でも、十五歳になったあなたには少し幼すぎるわね」
「うぅ……」
肩を落とす娘を見て、フレアは別のドレスを広げた。
「こちらはどうかしら?」
深い藍色を基調とした一着。華美な装飾はない。
それでも上質な生地と銀糸の刺繍が、夜空に瞬く星々のような美しさを放っていた。
「……綺麗」
思わず本音が漏れる。
「でしょう? あなたの黒髪にも、とてもよく映えるわ」
「でも……桃色じゃないわ」
名残惜しそうに呟くアンジェリカ。
「私は桃色が好きなのよ。ねえ、レイミ。専属侍女のお前なら、私の気持ちが分かるわよね?」
「お嬢様……」
悲しげな表情を浮かべる主人を見て、レイミも一瞬だけ神妙な顔になる。
しかし次の瞬間。
「お嬢様。部屋も食器も寝具も服も桃色では、さすがに見ている方が疲れます」
情け容赦のない一撃だった。
「そ、そんなことないわ!」
「あります」
「即答しないでちょうだい!」
間髪入れない返答に、アンジェリカが抗議する。
だが、レイミは淡々と続けた。
「私だけではありません。きっとサラも同じことを思っています」
「えっ!?」
アンジェリカが勢いよく振り返る。サラの肩が跳ねた。
「どうなの、サラ」
「え、えっと……」
突然話を振られたサラは困ったように視線を泳がせた。
しばらく悩んだ末、小さく答える。
「……少しだけ、目がチカチカします」
「サラまで……」
決定打だった。アンジェリカはがっくりと肩を落とす。
その姿に、衣装室には穏やかな笑い声が広がった。
「それでは、お嬢様。採寸を始めさせていただきます」
「……分かったわ」
仕立て職人に促され、アンジェリカは観念したように両腕を広げる。
肩幅。腕の長さ。腰回り。裾丈。
職人たちは慣れた手つきで寸法を測り、一つひとつ丁寧に記録していく。
「お嬢様は、本当にお美しく成長なさいましたね」
年配の女性職人が感慨深そうに呟いた。
「五年前にも一度、お仕立てさせていただきました。その頃は、まだ幼いお嬢様でいらっしゃいましたが……」
「そうだったかしら?」
「ええ。今では、すっかり淑女でございます」
「そ、そうかしら……」
珍しく照れたように頬を染めるアンジェリカ。
その横で、レイミが小さく呟く。
「中身は、あまり変わっていませんけどね」
「レイミ?」
「何でしょう」
「あとで覚えてなさい」
「承知しました」
まるで動じない。そんな二人のやり取りに、職人たちの口元も自然と緩んだ。
五年前。この衣装室で見たアンジェリカは、気に入らないドレスを次々と突き返し、職人たちを震え上がらせていた。
だが、今は違う。
「ここを少し動きやすくできるかしら?」
「もちろんでございます」
「ありがとう。夜会が終わったら、そのまま視察に向かう予定なの。だから、長時間着ていても疲れにくいものがいいわ」
その言葉に、職人たちは思わず顔を見合わせた。
(夜会より視察を優先する令嬢なんて……)
普通の令嬢なら、
「もっと豪華に」「宝石をもっと飾って」そんな要望を口にするだろう。
しかしアンジェリカが求めたのは、美しさよりも動きやすさだった。
年配の職人は細めた目でアンジェリカを見つめる。
(本当に、お変わりになられたのですね)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
春の夜会まで、残り一ヶ月。
その日までに、この少女にふさわしい最高の一着を仕立てよう。
職人たちは静かに、しかし固く心に誓うのだった。




