私は流行だってチェックしているのよ!
数日後。アンジェリカは相変わらず桃色一色に統一された自室で、専属侍女のレイミに髪を梳かしてもらっていた。
「いいこと? たかが一介の侍女が、この私の髪を梳かせるなんて、とても名誉なことなのよ。光栄に思いなさい!」
「はい。大変光栄です、アンジェリカお嬢様」
感情のない返事に、アンジェリカは人差し指をぴんと立てた。
「ちょっとレイミ! 今の私はアンジェリカじゃなくて"アンジー"なんだから。間違えないでちょうだい」
「はあ……」
レイミは小さく首を傾げる。アンジェリカの手には、一冊の小説が握られていた。
表紙には大きくこう書かれている。
『悪役令嬢物語』
「本当にお好きですね、その本」
「最近、レーベル公爵領で流行っているらしいのよ」
アンジェリカは楽しそうにページをめくる。
「我が儘だった令嬢が改心して成長していく物語なんだけど、結構リアルに作り込まれているのよね。次期当主として、領民の流行くらい把握しておかないと」
最近、この"悪役令嬢ごっこ"に付き合わされ続けているレイミは、以前から抱いていた疑問を口にした。
「前から思っていたのですが……」
「なあに?」
「その小説のモデルって、アンジェリカお嬢様ではありませんか?」
一瞬、部屋が静まり返る。しかし当の本人は、けらけらと笑い出した。
「まさか! そんなわけないじゃない、バカね! キャハハハ!」
「…………」
笑うアンジェリカの後ろ姿を見つめながら、レイミは心の中で確信する。
(どう考えても、この人がモデルよね)
そんなことを考えていると――。
コンコン、と扉が叩かれた。
「失礼します、お嬢様」
入ってきたのはサラだった。
額にはうっすらと汗が滲み、いつも穏やかな彼女にしては珍しく息を弾ませている。
「そんなに慌ててどうしたの? サラ」
「えっと、旦那様がお呼びです。至急、執務室までお越しください」
「お父様が?」
アンジェリカとレイミは顔を見合わせる。
ただならぬ様子に、二人は小さく首を傾げた。




