私は十五歳になったわ!
季節は春。レーベル公爵家の広大な庭園には色とりどりの花々が咲き誇り、柔らかな風が若葉を揺らしていた。
あの日から五年――。十歳だったアンジェリカは、十五歳になっていた。
腰まで届く漆黒の髪は陽光を浴びて艶やかに輝き、同じ色の瞳には少女らしい可憐さと、次期公爵としての確かな意志が宿っている。幼さは残しながらも、その立ち姿には自然と人を惹きつける気品があった。
かつて「我が儘令嬢」と陰口を叩かれていた少女の面影は、もうほとんど残っていない。
――もっとも。
「レイミ! 今日のお茶、少し渋いわ!」
「お嬢様。三日前に『薄い』と仰いましたので、本日は少し濃いめにしております」
「じゃあ昨日くらいがちょうど良かったのよ!」
「昨日も同じ茶葉と同じ淹れ方ですが」
「……そうだったかしら?」
首を傾げるアンジェリカ。その様子に、隣で控えていたサラが思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「サラ、何を笑っているの?」
「申し訳ございません」
謝罪こそしているものの、その口元には柔らかな笑みが残っている。レイミも小さく肩をすくめた。
「随分とご立派になられましたが、こういうところだけは昔と変わりませんね」
「なによ、その言い方! 私だってちゃんと成長しているわ!」
「ええ。それは誰より存じております」
レイミは穏やかに微笑みながら頷いた。
この五年間で、アンジェリカは誰もが認めるほど大きく成長した。
領地経営の勉強は一日たりとも欠かさず、税制や農業政策、治水事業に至るまで、自ら考えを述べられるほどの知識を身につけている。
実際に領地へ足を運び、畑を歩き、市場で商人の話に耳を傾け、領民一人ひとりの暮らしにも目を向けるようになった。
さらに使用人たちの待遇改善も少しずつ進め、休日制度や医師による定期診療を導入。仕事道具の更新や居住環境の整備にも力を入れた。
その結果、公爵家で働く者たちは皆、誇りを持って職務に励むようになっていた。
そして何より――。
誰もがアンジェリカを心から慕っていた。
その変化は、公爵夫妻にも少なからず影響を与えている。
ウィリアムは以前ほど身分に固執することはなくなり、使用人の意見にも耳を傾けるようになった。
フレアもまた、廊下ですれ違えば使用人たちへ優しく声を掛けるのが日課となり、屋敷全体に流れる空気は、五年前とは比べものにならないほど穏やかなものへと変わっていた。
そんな折だった。
「アンジェリカお嬢様!」
廊下の向こうから、一人の若い使用人が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「東の畑で育てている小麦ですが、今年も豊作になりそうです!」
「本当!?」
アンジェリカの表情がぱっと花開く。
「はい! 昨年、お嬢様がご提案くださった排水路の整備が功を奏したようです!」
「まあ!」
両手を胸の前で合わせ、アンジェリカは心から嬉しそうに笑った。
「みんなが頑張ってくれたおかげね!」
その笑顔につられるように、使用人も満面の笑みを浮かべる。
五年前。使用人たちは彼女の姿を見るだけで怯え、息を潜めていた。
しかし今は違う。誰もが尊敬と親しみを込めた眼差しで、彼女を見つめていた。
「……本当に、お嬢様は変わられたわ」
「ええ」
サラとレイミがしみじみと頷く。
「でも、一番変わっていないところもあるわ」
「え?」
二人が視線を向けると、
「やったわー! 今日はお祝いよ! みんなでケーキを食べましょう!」
当のアンジェリカは嬉しさを隠しきれず、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「……ああいうところ」
「そうね。あの無邪気さだけは、昔のままだわ」
レイミが苦笑すると、サラも優しく微笑む。
少し我が儘で、少し抜けていて。時々、周囲を振り回す。
それでも、誰よりも人を想い、人々の笑顔を願い、そのために努力を惜しまない少女。
それが今のアンジェリカ・レーベルだった。
そして、この頃には誰もが口を揃えて語るようになっていた。
――レーベル公爵家の未来は、きっと明るいと。




