私の侍女が帰ってきたわ!でも……
オリヴァーの来訪から、一週間が過ぎた。
使用人棟の取り壊し騒動は、結局うやむやのまま終わった。
アンジェリカに「大キライ」と言われた鉄血公は、泣きながら「儂は反省する!」と何度も叫び、最後は「使用人棟くらい好きにせい!」と半ば自棄になって許可を出したのである。
その日以来、屋敷では「あの日の鉄血公」の話題が密かな笑い話になっていた。
そして今日。アンジェリカは執務室の一角で、リヒトから領地経営について教わっていた。
「では、お嬢様。この場合、収穫量が減少した原因は何だと思われますか?」
机の上には領地の収支報告書や農作物の資料が並んでいる。
アンジェリカは腕を組み、難しい顔で唸った。
「うーん……」
しばらく考え込んだ末、ぱっと顔を上げる。
「分かったわ!」
「お聞かせください」
「農家のみんながお腹を空かせてたのよ!」
「……はい?」
「だから、美味しいご飯を食べれば解決ね!」
自信満々に胸を張るアンジェリカ。
リヒトは眼鏡を押し上げ、小さくため息をついた。
「お嬢様。それでは領地経営ではなく、食堂経営になってしまいます」
「あれ?」
「原因は長雨による不作です」
「あっ、そ、そっちね!」
アンジェリカは頬を掻きながら照れ笑いを浮かべる。
「お、惜しかったわね!」
「惜しくはございません」
即答だった。そのやり取りに、レイミは思わず吹き出しそうになる。
「ですが、今回の使用人棟の件は、お見事でした」
「え? 知ってるの?」
「これでも文官の端くれですから。もちろん、聞き及んでおります」
意外な言葉に、アンジェリカは目を丸くした。
「住環境が改善されたことで、使用人たちの士気は大きく向上しました。仕事の質も上がり、屋敷全体の雰囲気まで変わっています」
リヒトは穏やかに続ける。
「使用人への投資は、屋敷全体への投資でもある。そのことを、お嬢様は証明されました」
「そ、そうかしら……」
「ええ。ご立派でした」
真正面から褒められ、アンジェリカは照れくさそうに頬を掻いた。
「えへへ……そんなに褒められると照れちゃうわ。やっぱり私は天才よね♪」
「ですが、領地経営の試験は三十点です」
「えぇぇぇぇっ!?」
「使用人棟の件がなければ十五点でした」
「そんなぁ!」
アンジェリカが机へ突っ伏す。
「リヒトは厳しすぎるわ!」
「褒めるところは褒めます。しかし、甘やかしませんよ」
リヒトは人差し指を立てる。
「それと今は、私のことは『先生』とお呼びください」
「……はーい、リヒト先生」
どこか不満そうに返事をするアンジェリカ。だが、数週間前なら、勉強など放り出していたはずだ。
文句を言いながらも机に向かう姿に、レイミは思わず口元を緩めた。
その日の午後。屋敷中に、一つの知らせが届く。
「サラの療養期間が、本日をもって終了しました」
その報告に、使用人たちの表情がぱっと明るくなった。
アンジェリカも勢いよく立ち上がる。
「本当!?」
「はい。医師からも通常業務に戻って問題ないとの許可が下りました」
「やったぁ!」
嬉しそうに両手を叩くアンジェリカ。ほどなくして、身支度を整えたサラがアンジェリカの自室を訪れた。
以前より顔色は良く、足取りもしっかりとしている。
「サラ!」
アンジェリカは嬉しそうに駆け寄り、そのまま勢いよく抱きついた。
「遅いわよ!」
「申し訳ありません、お嬢様。この度はご心配をお掛けいたしました」
「もう身体は大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで、すっかり回復いたしました」
その言葉を聞き、アンジェリカはようやく安心したように笑みを浮かべる。
「よかったぁ……」
レイミも優しく微笑み、サラへ声を掛けた。
「サラ。体調が戻って何よりだわ」
「レイミ……ありがとう」
二人は互いに微笑み合う。
そして──レイミは、一呼吸置いてから静かに口を開いた。
「今日からは、また貴女がお嬢様の専属侍女ね」
「……え?」
思わず声を漏らしたのは、アンジェリカだった。
レイミはアンジェリカへ向き直り、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「お嬢様。サラが復帰しましたので、本日をもちまして、私が専属侍女を務めるのは終わりです」




