私は許してなんてあげないんだから!
庭園を、重苦しい沈黙が支配していた。
誰もが息をすることさえ忘れたように、その場に立ち尽くしている。
鉄血公──その名を聞くだけで諸侯が震え上がる男。歴戦の猛将にして、レーベル公爵家の礎を築いた英雄。そのオリヴァーが、孫娘に「大キライ」と言われた。
――ただ、それだけのことだった。
だが、その一言は戦場の剣よりも鋭く、老人の胸を深く貫いていた。
「…………」
オリヴァーは微動だにしない。その沈黙が、かえって恐ろしかった。
怒りをこらえているのだ。
誰もがそう思った。
ウィリアムの額に、一筋の汗がにじむ。
(まずいな……)
フレアも青ざめた顔で娘を見つめた。
(アンジェリカ……!)
使用人たちは震えながら俯く。
庭園を包む空気は、さらに重く、さらに冷たくなっていった。
オリヴァーがゆっくりと拳を握る。
ギリ、と革手袋が軋んだ。
あまりの威圧感に、誰も声を発することができない。
そして――。
「愛しのアンジェリカが……」
ぽつりと、オリヴァーが呟いた。
「え?」
誰かが間の抜けた声を漏らす。
オリヴァーは肩を震わせた。
「愛しのアンジェリカが……儂のことを……」
唇をぷるぷると震わせ、
「大キライと……言ったぁぁぁぁっ!!」
絶叫した。
「なっ!?」
その場にいた全員の思考が止まる。
次の瞬間、オリヴァーは杖を放り投げると、両腕を大きく広げながらアンジェリカへ駆け出した。
「姫ぇぇぇっ!! 儂が悪かったぁぁぁぁっ!!」
涙をぼろぼろと流しながら、その場に土下座する。
「許しておくれぇぇぇっ!!」
地面に額を擦りつけんばかりの勢いだった。
「お願いじゃぁぁぁっ!! 儂を嫌いにならんでおくれぇぇぇぇぇっ!!」
庭園は、再び静まり返る。
「…………」
誰も動けない。誰も理解できない。
さっきまで使用人棟を取り壊せと怒鳴っていた"鉄血公"は、どこへ行ったのか。
今、目の前にいるのは――孫娘に嫌われて号泣する、ただのおじいちゃんだった。
「……父上?」
ウィリアムが恐る恐る声を掛ける。
「黙れぇぇッ!!」
「はい」
即座に引き下がる。
「アンジェリカぁぁぁ!」
オリヴァーは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、両手を伸ばした。
「儂はお主のためならドラゴンとも戦う! 星だって取ってくる! お菓子も山ほど買ってやる! だから……キライと言わんでおくれぇ!!」
「ふんだ! そんなことをしたって、許してなんてあげないんだから!」
大の大人どころか、国中から恐れられる鉄血公が、人目も憚らず泣き叫んでいる。
使用人たちは口をあんぐりと開けた。
「……あれが鉄血公……?」
「嘘……ですよね?」
「もしかして……この屋敷で最強なのって、アンジェリカお嬢様……?」
誰もが、自分の目を疑っていた。
レイミだけは額に手を当て、小さくため息をつく。
(なるほど……。お嬢様がお父様に甘いように、旦那様がお嬢様に甘いように……この家系は、代々“孫と娘に弱い”のね……)




