表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/53

私はまたまた、お父様にお願いしてみたわ!

挿絵ありです


 アンジェリカとレイミが執務室の前へ辿り着くと、重厚な扉の前には二人の護衛騎士が控えていた。


 そのうちの一人が、恭しく一礼する。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう。お父様はいらっしゃるかしら?」

「え、あ……はい。ただいま執務中でございます」


 思わず目を丸くする騎士をよそに、アンジェリカは小さく息を吸い込んだ。


 昨日までの自分なら、父に頼み事をすることなど何とも思わなかった。

 欲しい物があれば当然のように求め、それが叶うのが当たり前だと信じていた。


 しかし、今日は違う。

 これは自分のためではない。サラたちのために、この扉を叩くのだ。


 胸の奥に湧き上がる緊張を押さえ込み、アンジェリカは静かに扉を叩いた。


「お父様。アンジェリカです」


 間もなく、落ち着いた声が室内から返ってくる。


「入りなさい」

「失礼いたします」


 レイミが静かに扉を開ける。

 執務室には壁一面に本棚が並び、大きな執務机には書類が山のように積まれていた。


 その机に向かっていた父──ウィリアムは羽根ペンを置き、ゆっくりと顔を上げる。


「朝から珍しいね」


 穏やかな笑みを浮かべながらも、その瞳は娘の様子を静かに見つめていた。


「何か欲しい物でもあったかい?」


 いつものような父の問い掛けに、アンジェリカは静かに首を横へ振る。


「今日は、お父様にお願いがあって参りました」

「お願い?」


 ウィリアムはわずかに眉を上げると、柔らかく微笑んだ。


「何だい? 愛しのアンジェリカ」


 いつもと変わらぬ、娘に甘い父親の笑顔。

 アンジェリカは一歩前へ進み、深々と頭を下げた。


「使用人たちの住環境を改善していただきたいのです」

「……何だって?」


 その瞬間、ウィリアムの笑みがすっと消えた。


 空気が変わる。

 アンジェリカは思わず息を呑んだ。


 先ほどまでそこにいたのは、優しい父親だった。

 だが今、目の前にいるのは、公爵家当主ウィリアム・レーベルだった。


 執務室に静寂が落ちる。

 レイミも息を潜め、公爵の反応を見守っていた。


「……理由を聞こう」


 返ってきたのは、静かで感情を感じさせない声だった。

 否定でも肯定でもない。

 まずは相手の考えを聞き、その上で判断する。

 当主としての声音だった。


 アンジェリカはゆっくりと顔を上げ、公爵を真っ直ぐ見つめ返す。


「昨日、サラたちの部屋を見ました」


 その一言に、ウィリアムは何かを察したように目を細める。


「屋根裏部屋か」

「はい」


 アンジェリカは力強く頷いた。


「あの部屋は狭く、古く、とても安心して休める環境とは思えませんでした。サラは療養中にもかかわらず、あの部屋で静養していたのです」


 ウィリアムは何も言わず、静かに耳を傾ける。


「私は今まで、その現実から目を背けていました」


 アンジェリカは拳を強く握り締めた。


「使用人だから当然だと……そう思い込んでいたのです」


 一度言葉を区切り、深く息を吸う。


「ですが、勉強して分かりました。人は安心して暮らせる場所があってこそ、安心して働くことができます」


 昨日学んだ知識。そして、自らの目で見た現実。

 その二つが、アンジェリカの言葉に確かな重みを与えていた。


「だから、お父様にお願いがあります」


 もう一度、深く頭を下げる。


「使用人たちが安心して暮らせる住まいを用意してください」


 再び執務室が静まり返る。

 ウィリアムは何も言わず、ただ娘の姿を見つめ続けていた。


 ほんの数秒の沈黙。それだけの時間が、アンジェリカには永遠にも思えるほど長く感じられる。


 やがて――ウィリアムは静かに息を吐いた。


「……却下だ」


 短く告げられた一言に、アンジェリカは目を見開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ