表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/52

私はまた不満よ!


「居ないわね」

「居ませんね」


 土と草の乾いた匂いが鼻をくすぐる。

 農地特有の香りだ。華やかな王都では、まず嗅ぐことのない匂いだった。


「もう駄目。少し休憩するわ」

「まだ歩いて数分しか経っていませんよ?」

「うるさいわね! この私が休むと言ったら休むのよ!」

「承知いたしました。軟弱なお嬢様」

「一言余計よ!」


 レイミを睨みつけると、アンジェリカは街道脇の木陰へ腰を下ろした。


 道は幅こそ広いものの、整備は甘い。

 小石や砂利があちこちに転がり、とても歩きやすいとは言えなかった。


 ……こんなことなら、もっと動きやすい服で来ればよかった。

 とは思うものの、高貴な自分にドレス以外が似合うとは思えない。


「何処にいるのよ、あのメガネ」


 辺りを見渡せば、畑では農夫たちが働き、家畜の世話をする者たちが忙しく動き回っている。改めて、ここが田舎なのだと実感させられた。


 本当にこんな場所に貴族出身の文官がいるのだろうか。

 いや、お父様が嘘をつくはずはない。きっと、この町のどこかにいるのだ。


「リヒトも無能よね。この私がわざわざ来てあげたんだから、出迎えくらいしなさいよ」

「……お嬢様。その言い方はいくら何でも失礼です」

「何よ。本当のことでしょう?」

「先触れもなく押しかけてきたのは、私たちですよ。少しは相手の事情も考えて差し上げてはいかがですか」


 珍しく、レイミは諭すような口調だった。

 顔も性格もまるで違うのに、その言葉はなぜかサラと重なって聞こえた。


「………そうね。確かに、お前の言うとおりかもしれないわ」


 アンジェリカが小さく息を吐く。


 きっと昔も、サラに似たようなことを言われていたのだろう。

 でなければ、この私が召使いの言葉に納得するはずがない。


「おや。お嬢様が自分の非を認めるなんて珍しいですね。明日は槍でも降るのでしょうか」

「だから一言余計なのよ! だいたい槍って何よ! そんなもの降ってきたら命が幾つあっても足りないわ!」


 思わず大声を上げると、レイミは口元を押さえて顔を背けた。

 肩が小刻みに震えている。


「……お前、笑ってるわね?」

「いえ。ただ、お嬢様にも可愛らしい一面があるのだな、と」

「は、はあ!?」


 どこが可愛らしいのか、さっぱり分からない。


「もういいわ。お前に構っていたら日が暮れちゃう」

「休憩してから、まだ数分しか経っていませんよ?」

「いちいち煩い!」


 主人に対して随分な態度だ。

 それなのに、不思議と腹は立たなかった。


 ……可愛いと言われたからだろうか。

 少し熱くなった頬をごまかすように、アンジェリカは軽く頭を振った。


 今は早くリヒトを見つけて、私の教育係という名誉ある役目を与えなくてはならない。


「お前もちゃんとリヒトを探しなさいよ」

「探していますよ。でも、私はリヒト様とお会いしたことがありませんので」

「私の専属召使いのくせに、何で領主代理の顔も知らないのよ」

「専属侍女です。私は基本的に屋敷の仕事を担当していましたし、お嬢様の専属になって日も浅いものですから。それに――」


 レイミはじっと私を見る。


「私のご主人様は、リヒト様の特徴すら教えてくださいませんので」

「うっ……」


 痛いところを突かれた。

 そういえば、サラにもレイミにも、相談らしい相談をしたことがない。

 急に「あれをやれ」と命じるばかりだった。


 今なら、それでは困るのも少しだけ理解できる。


「……リヒトはメガネを掛けてるわ」

「なるほど。他には?」

「以上よ」


 レイミが小さく息を吐く。


「……お嬢様。それだけでは探せません」

「仕方ないじゃない。他に特徴がないんだもの」

「髪色や体格くらいは覚えていませんか?」

「えっと……髪は黒かったと思うわ。体つきは細い方だったかしら」

「ありがとうございます」


 レイミは木陰を出ると、畑で働く人々へ視線を巡らせた。

 本格的に探してくれる気になったようだ。


 ようやく専属召使いらしくなってきた。

 それなら私は、ここで休んでいても――。


 そんなことを考えていると、遠くからレイミの声が飛んできた。


「お嬢様、こちらへ来てください」

「何よ。もう見つかったの?」

「そうかもしれませんし、違うかもしれません」

「煮え切らないわね。どっちよ」

「それをお嬢様に確認していただこうかと。あちらの方ではありませんか?」


 レイミが畑を指差す。

 そこには農夫たちへ指示を出している、一人の青年がいた。


 作業服姿の農夫たちの中で、一人だけラフな服装をしており、手には書類を抱えている。


「……いたわ」


 アンジェリカが目を見開く。


「でかしたわ、召使い」

「侍女です。 一人だけ服装が違いましたので、もしかしたらと思いまして」

「……そう。でも、私は不満よ」

「なぜですか?」


 アンジェリカが青年を指差す。


「お前! なんで今日はメガネを掛けていないのよ!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ