私は辺境地まで来たわ!
殺風景な景色が視界いっぱいに広がる。
人影はまばらで、華やかなものは何一つ見当たらない。
レーベル家が所有する領地の中でも、これほど芋臭い場所は他にないだろう。
「やっと着いたわね。もう疲れたわ」
豪華な馬車を降りると、大きく背伸びをする。
お尻も腰も痛い。
乗り慣れているとはいえ、三時間も揺られ続ければさすがに堪える。
本家から辺境まで来るには、どうしてもこれくらいの時間がかかってしまうのだ。
「それにしても、本当に殺風景ね。銅像の一つくらい建てればいいのに」
「お嬢様。その発言は、さすがに美的感覚を疑われますよ」
「……冗談よ」
専属侍女のレイミが呆れたように返す。
もちろん半分は本気だったが、それは胸の内にしまっておく。
とはいえ、この土地にも一つだけ認められるものがある。
それは澄み切った空気だ。
肺の奥まで染み渡るような清々しさは、人で溢れる王都では決して味わえない。
この地――オックスフォードは、もともと別の貴族が治めていた領地だった。しかし数年前、その領主の不正が次々と発覚し、降爵と領地没収の処分が下された。
その結果、勢力を大きく広げていたレーベル家が、この土地を引き継ぐことになったのである。
もっとも、レーベル家の主な財源は鉱山だ。
対して、この地にあるのは広大な農地ばかり。鉱脈もなく、見るものといえば畑ばかりでは、芋臭いと思ってしまうのも無理はなかった。
「──さて。さっさと用事を済ませないとね」
今回、わざわざ三時間もかけてここまで来た理由は一つ。リヒトが、このオックスフォードにいるとお父様から聞いたからだ。
彼は先日、アンジェリカの機嫌を損ねた罰として、レーベル家で最も開発の遅れたこの土地へ左遷された。それが、このオックスフォードだった。
……今にして思えば、少しやり過ぎだったかもしれない。
自分より領民に慕われていたからといって、有能な文官を辺境へ追いやるのは合理的ではない。
そもそも、領地経営を任せきりにしていた私にも責任はあった。
そう考えられるくらいには、自分も少し成長したと思う。
……まあ、平民に媚びる気はないけれど。
「お嬢様。悪巧みをする前の山賊みたいなお顔ですが、どうかなさいましたか?」
「さ、山賊ですって!? 失礼ね! 少し考え事をしていただけよ!」
「それは大変失礼いたしました」
相変わらず主人への敬意が感じられない。
思わず手が出そうになる。
だが、その寸前でぐっと堪えた。
危ない。また、この娘の思う壺になるところだった。
私は、人から敬われる領主になると決めたのだ。
ここで感情のまま手を上げれば、今までと何も変わらない。
「……その手には乗らないわよ」
「急に何のお話ですか?」
レイミは首を傾げる。だが、この侍女は私が手を上げそうになっても、一度たりとも怯えたことがない。
きっと、わざと挑発して私を怒らせようとしているのだ。
本当に油断ならない。温厚だったサラとは正反対である。
「惚けても無駄よ。高貴な私は、お前ごときに取り乱したりしないもの」
「左様でございますか」
レイミはさらりと受け流す。
「では、高貴なアンジェリカお嬢様。早くリヒト様を探さなければ、日が暮れてしまいますよ」
「あっ……!」
そうだった。早く見つけなければ、本邸へ帰るのが遅くなってしまう。
お父様とお母様には行き先を伝えてあるが、お祖父様には話していない。
心配性なお祖父様のことだ。帰りが遅いと知れば、大騒ぎになるに違いない。
大好きなお祖父様を心配させるわけにはいかなかった。
「さっさとリヒトを探すわよ!」
「承知いたしました。もっとも、私はお嬢様に付き従う侍女ですので、捜索には積極的に関与いたしませんが」
「何よ、それ。専属召使いなら主人を手伝いなさいよ!」
「召使いではなく侍女です。お間違えなきよう」
「どっちも同じじゃないの!」
「違います」
そんな他愛ない口論を交わしながら、二人は田舎町を歩き始めた。




