私は勉強を始めることにしたわ!
使用人たちの怠慢を目撃した翌日。派手に飾り付けられた自室で、アンジェリカは唐突に口を開いた。
「私、領主の勉強をするわ」
ガシャンッ。
食器が床へ落ち、甲高い音を立てて砕け散る。
アンジェリカが驚いて振り向くと、トレイを取り落としたレイミが呆然と立ち尽くしていた。
「いま……何と仰いましたか?」
「領主の勉強をするって言ったのよ。今日中にお父様へお願いして、講師を手配してもらうつもり」
レイミは信じられないものを見るような顔で、自分の頬をつねった。
鋭い痛みが走る。どうやら夢ではないらしい。
「……急にどうされたのですか?」
隠そうともせず疑いの眼差しを向ける。
それも無理はない。アンジェリカが跡取りとしての教育を放棄してから、すでに半年以上が経っている。
傲慢な性格はもちろん、勉強嫌いで怠け癖もある。
父ウィリアムも、母フレアも、祖父オリヴァーも、何度説得しても彼女の意思は変わらなかった。
そんな少女が突然「勉強する」と言い出したのだ。
サラがどれほど心を痛めてきたか知るレイミにとって、戸惑うのも当然だった。
「勉強はお嫌いではなかったのですか?」
「嫌いよ。大嫌いに決まってるじゃない」
アンジェリカは即答する。
「でも……このままじゃ駄目だと思っただけ」
その言葉に、レイミは目を瞬かせた。
以前なら絶対に口にしなかった言葉だ。
「……どうして、そう思われたのですか?」
「別に大した理由じゃないわ」
アンジェリカは少しだけ視線を逸らす。
「私は将来、このレーベル家を継ぐのよ。だったら、今のうちから知識を身につけておいた方が、何かと便利だと思っただけ」
その理由を本人は語らない。
だが、おそらくきっかけは先日の出来事だろう。
同じ貴族である新入りの侍女たちに軽んじられたこと。
それが、アンジェリカの中で何かを変えたのかもしれない。
「何よ? 私が勉強するのは不服なわけ?」
「……いえ」
レイミは小さく首を横に振る。
「素晴らしいことだと思います」
「そう?」
アンジェリカの表情が少しだけ明るくなる。
「それじゃあ、今からお父様のところへ行ってくるわ。私に相応しい優秀な講師をつけてもらわなくちゃ」
そう言うと、くるりと踵を返す。
「お前は部屋の掃除でもしていなさい」
「畏まりました」
アンジェリカは足取りも軽く部屋を出ていった。
三日坊主で終わる可能性は十分にある。
それでも、自ら学ぼうとしたことは間違いなく前進だった。
レーベル家にとっても。領民にとっても。喜ぶべき変化なのだ。
――それは分かっている。分かってはいるのだけれど。
「……何だか、複雑な気持ちね」
レイミは小さく息をつき、割れた食器を拾い集め始めた。




