私は間違っていたの?
「まったく! 信じられないわ!」
新たに迎えた侍女たちと顔を合わせた後、アンジェリカは自室で怒りを爆発させていた。
勤務中にもかかわらずソファでくつろぎ、紅茶と菓子を囲んで談笑する。
それだけでも許し難いのに、雇い主の娘である自分に対して、敬意の欠片も見せなかった。
注意しても、彼女たちは渋々仕事に戻っただけ。
その態度からは、アンジェリカを主人として敬う気持ちなど微塵も感じられなかった。
「レイミ、お前は知っていたの?」
「はい。存じておりました」
「なら、どうして何も言わないのよ!」
「私のような平民が、お貴族様に逆らえるはずがありませんので」
「だったら真っ先に私へ報告しなさいよ! そうすれば手の打ちようがあったのに!」
怒りを隠そうともせず、アンジェリカはレイミを叱りつける。
しかし返ってきたのは、静かな問いだった。
「どうして、そのようなことを仰るのですか?」
「どうしてって……だって、おかしいじゃない!」
アンジェリカは声を荒らげる。
「あいつら、新参者のくせに、お前たちを蔑ろにして……私にだって敬意を払わなかったのよ!」
その言葉に、レイミは小さく目を見開いた。
「……驚きました」
「え?」
「まさか、お嬢様の口から使用人を気遣うようなお言葉を聞く日が来るとは思いませんでした」
「ち、違うわよ! 私はただ、あんな連中が好き勝手しているのが腹立たしかっただけ!」
慌てて否定する。
だが、それだけではなかった。
胸の奥には、自分でも説明できない苛立ちが渦巻いている。
どうして古くから仕えている使用人たちは、新入りに好き勝手させているのか。
どうして、あんな態度を黙って受け入れているのか。
そして何より――どうして私は、こんなにも腹を立てているのだろう。
自分でも、その理由が分からなかった。
「……お嬢様が私たちを慮る必要はございません」
「どうしてよ!? お前たちが舐められたら、私の沽券にも関わるのよ!」
その瞬間だった。
「お嬢様は、いつも仰っていたではありませんか!」
「……っ!」
レイミが初めて声を荒らげた。
アンジェリカは思わず息を呑む。
いつも冷静な彼女が、感情を露わにした。
しかし、その激情は一瞬だった。
レイミは静かに息を整えると、再び淡々とした口調に戻る。
「お嬢様が怒ること自体、おかしいのです」
真っ直ぐアンジェリカを見つめ、静かに言った。
「平民は、貴族にとって取るに足らない存在――そう仰っていたのは、お嬢様ではありませんか」
「あっ……」
言葉を失う。その言葉は、紛れもなく自分自身が何度も口にしてきたものだった。
「私たちは、しがない平民です。それなのに、これ以上どうしろと仰るのですか」
「…………」
「それとも、不敬を承知で逆らえばよろしかったでしょうか。お嬢様がお望みでしたら、そのようにいたしますが」
「ち、違っ……私は、ただ……」
続きの言葉が出てこない。
何を言いたかったのか、自分でも分からなかった。
「……失礼いたします」
一礼すると、レイミは静かに部屋を後にした。
主人の前を辞するその背中は、どこか遠い。
普段なら怒鳴りつけてでも呼び止めるのに、今日は言葉が出てこない。
突き放されたような、埋めようのない距離を感じさせた。
「…………はは」
乾いた笑いが漏れる。
「何よ……私ったら、ちっとも特別な存在じゃないじゃない」
黒髪が廊下の向こうへ消えていく。
その姿が見えなくなるまで、アンジェリカはただ、その場に立ち尽くしていた。




