私の屋敷が変よ!
レイミがアンジェリカの専属侍女になってから、数日が経った。
「いい加減にしなさいよ! 紅茶には砂糖を三つ入れるように言ったでしょ!」
「申し訳ありません。私としたことが、うっかり忘れていたようです。何せ、お嬢様のお世話は人一倍やることが多いもので」
「はあ!?」
この日も相変わらず。彼女は主人であるアンジェリカ対して、反抗的な態度を崩さなかった。
そのたびにアンジェリカが怒鳴りつけるが、レイミはどこ吹く風だ。
「私のせいだって言いたいわけ? お前、何様のつもりよ!」
「お嬢様の専属侍女のつもりですが?」
反省の色はなく、主人への敬意も感じられない。
その不遜極まりない態度に、とうとうアンジェリカの堪忍袋の緒が切れた。
「もういいわ!お前は解雇よ! さっさと荷物をまとめて出て行きなさい!」
「お嬢様に、そのような権限がおありなのですか?」
「うるさいわね! お父様にお願いすれば済む話よ!」
「確かに。旦那様に申し付けられれば、私の処遇など容易いものでしょう」
解雇を告げられたというのに、彼女は泣き縋ることも、焦ることもない。
その態度が癪に障り、さらに怒鳴りつけようとした時だった。
「私を解雇するのは構いません」
レイミは淡々と言う。
「ですが、その時は……お嬢様が後悔なさるでしょうね」
「はあ? 何を寝言みたいなことを言っているのよ。後悔するのはお前の方でしょう? 私の領地で逆らったらどうなるか、知っているわよね?」
レーベル家に楯突いて、無事で済むはずがない。
実際、先日の領地視察の件では、お父様が税率を引き上げたと耳にした。
リヒトという文官も、辺境へ左遷されたらしい。
私の機嫌を損ねるということは、そういうことだ。
この屋敷の者なら、誰でも知っている。
「いいえ」
それでも、レイミは少しも物怖じすることなく、首を横に振った。
「後悔するのは、お嬢様の方ですよ」
「……何で、そこまで言い切れるのよ」
思わず問い返す。
すると、彼女はごく当然のように答えた。
「簡単な話です。もう、お嬢様の侍女を務めてくれる人がいないからですよ」
「……なんですって?」
そんなはずがない。この屋敷には、大勢の召使いがいる。
つい最近まで、お茶会の準備を毎日のようにさせていたのだから。
「信じられませんか?」
レイミは静かに続ける。
「ですが事実です。サラとの一件以来、使用人たちは一斉に暇をいただきました。今、この屋敷に残っている侍女は私と侍女長、それから寝たきりのサラと、その同僚が一人だけです」
……嘘よ。そんな話、お父様から何も聞いていない。
でも、言われてみれば――最近、廊下で他の召使いたちを見かけていない気がする。
今までは平民のことなど気にも留めなかった。
それなのに、あの日以来、そんな些細なことまで気になるようになっていた。
「ちなみに、今朝のお嬢様のお食事も私たち侍女が用意したものですよ」
「……そんなの嘘よ。我が家には専属の料理人が――」
「その料理人も先日、お暇をいただきました。今は旦那様と奥様のお食事を担当する見習いが数人残っているだけです」
言葉が出なかった。
確かに、今朝の食事は、いつもより出来が悪かった。
その都度、料理人が手を抜いたのだと思い込み、レイミへ文句を言って下げさせた。だが、料理人そのものが、もういなかったのだ。
「そ……そんな……」
「だから申し上げたでしょう?」
レイミは初めて、笑みを浮かべた。
「私を解雇すれば、お嬢様は後悔なさると」
そう言う彼女の口元は笑っていた。
けれど、その瞳だけは少しも笑っていなかった。




