第31話 仲間
ウィルドが脱落し、〈日輪の獅子〉の敗北が決した。
勝者は〈月華の兎〉。
そして生き残ったのは、リオティスただ一人だった。
圧倒的な力量差を覆し、一人で四人もの強者を脱落させた。
その結果だけを見れば、リオティスの実力は十分すぎるほど証明されたと言える。
だが、喜んでばかりもいられない。
むしろ、状況は最悪だった。
ディザイアの掟を破り、これまで隠し続けてきた能力を公衆の面前で明かしてしまったのだ。
もう、言い逃れはできない。
証拠はいくらでもある。
結果としてリオティスは、〈月華の兎〉の勝利と引き換えに、大きな代償を払うことになった。
身柄はディザイア本部へ引き渡されるだろう。
ギルドを辞めることは当然として、罰金か、最悪の場合は投獄。ギルドカードを剥奪され、二度とまともな人生を歩めなくなる可能性だってある。
これが、ただの訓練で能力を明かしたリオティスの罪だ。
今後の処罰を考えるだけで、足取りは重くなっていく。
それでも、リオティスに後悔はなかった。
胸を張って、自分自身を曝け出すことができた。
逃げることなく、自分の力と向き合うことができた。
また一歩、前に進むことができた。
だから、この決断に間違いはない。
リオティスは、そう信じていた。
顔を上げる。
そして、堂々と歩き出す。
やがて辿り着いたのは、合同訓練のために仮設された小さなテントだった。
その前には、すでに全員が集まっている。
リオティスの姿を見つけた〈月華の兎〉の団員たちが、一斉にこちらを振り向いた。
胸に鋭い棘が突き刺さったような気がした。
リオティスはぴたり、と足を止める。
何を言われるのか。
何を思われるのか。
拒絶されるだろうか。
見放されるだろうか。
重苦しい不安が胸の内を渦巻いた、その瞬間――、
「君! どういうことですか、あの能力は!? 記憶者だったなんて、聞いてませんよ!?」
真っ先に駆け寄ってきたのはフィトだった。
「⋯⋯悪かったな。今まで隠してきて」
「本当ですよ。道理で今まで手を抜いていたわけです。全く、これからはその力、ボクたちのギルドにしっかり役立ててくださいよ」
「⋯⋯え?」
リオティスは耳を疑った。
責められる。
突き放される。
そう覚悟していた。
だが、聞こえてきたのは、そのどちらとも正反対の言葉だった。
まるで、今も自分が〈月華の兎〉の一員であることを当然のように認めているかのような――。
戸惑い、口を開いたまま言葉を失うリオティス。
そんな彼のもとへ、フィトを追うように団員たちが集まってくる。
「凄いッスよ、リオっち! まさに無双じゃないッスか! 超格好良かったッス!」
「……最強。天才」
「あぁ、マジで凄かったぜ、リオティス! つか、そんな能力あるならさっさと使えよな!」
レイク、ルリ、アルス。
三人は興奮したように目を輝かせていた。
そこにあったのは、怒りでも恐怖でもない。
ただ純粋な称賛だった。
「ま、待てよ、お前ら」
リオティスは困惑したように声を上げる。
「俺は能力を隠していた。お前らを騙していたんだぞ? 規則だって破った。⋯⋯何か企んでいるかもしれないだろ?」
疑って当然のはずだった。
裏があるかもしれない。
そうでなくとも、今まで同じギルドの団員を騙していたことに変わりはない。
自分は犯罪者だ。
裏切り者だ。
そんな人間を、どうして彼らはここまで信じることができるのだろう。
リオティスの疑問に答えたのは――最後にやってきたティアナだった。
「疑うわけないでしょう」
彼女は、真っ直ぐにリオティスを見つめる。
「だって私たちは、仲間なんだから」
曇りのない瞳だった。
まるで、それが当たり前のことだと言わんばかりに。
その言葉に続くように、〈月華の兎〉の団員たちが頷く。
その姿を見て、リオティスはようやく気づいた。
自分はずっと、騙して生きてきたと思っていた。
誰にも本当の自分を知られないようにしていた。
誰も信じず、誰からも信じられない。
そう思っていた。
だが、目の前にいる仲間たちは、ずっと自分を信じてくれていた。
何も知らないままではない。
自分がどんな人間なのかを、ちゃんと見てくれていた。知ろうとしてくれていた。
だからこそ、もう恐れるのはやめよう。
このギルドが。
この仲間たちこそが。
自分がずっと探し求めていた、大切な物だったのだ。
「⋯⋯ありがとな」
リオティスは、優しく微笑んだ。
「お前たちと出会えて、本当に良かったよ」
そう言って、仲間たちの横を通り過ぎる。
その先に、一人の女性が立っていた。
リリィだ。
険しい表情を浮かべ、堂々と腕を組んでいる。
リオティスは彼女の前まで歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、リリィさん。俺は組織の規則を破った。処罰なら、甘んじて受け入れます」
「⋯⋯どんな処罰でもか?」
「はい」
即答だった。
もう、恐怖はなかった。
自分を信じてくれる仲間がいる。
待っていてくれる仲間がいる。
だから、この先から逃げるわけにはいかない。
処罰を受け入れることこそが、今の自分にできる唯一の償いなのだ。
そんなリオティスの覚悟を受け止め、リリィはどこか残念そうに口を開いた。
「骨のある男を見つけたと思ったがな。⋯⋯仕方ない。それでは、リオティス。お前を――」
「待ってください!」
リリィの言葉を遮り、ティアナが叫んだ。
その声が、静かな森林に響き渡る。
「なんだ? ティアナ」
「その⋯⋯リオティスは悪人ではありません!」
ティアナは震える声で、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「能力を隠していたことにも、きっと意味があります! だから⋯⋯だから、どうか見逃してあげてください!」
無謀な反対だった。
何を言ったところで、簡単に覆るような話ではない。
それはティアナ自身にもわかっているはずだ。
それでも、彼女は引かなかった。
泣きそうな顔で。
震える声で。
それでもリオティスのために、自分の意見を貫こうとしている。
「ボクも同意見です」
続いて声を上げたのはフィトだった。
「そこの屑⋯⋯いえ、リオティスは、確かに馬鹿で救いようのない男です。ですが、悪い奴じゃありません。それだけは断言できます」
フィトは無駄なことをするような人間ではない。
ましてや、嫌いな男のために上の人間へ逆らうなど、普段の彼女なら絶対にしない。
「俺からもお願いするッス!」
レイクも一歩前へ出た。
「リオっちは不器用なだけなんス!」
「⋯⋯私も、そう思う」
ルリも続く。
「⋯⋯それにリオティスは、私たちのために戦った。だから⋯⋯良い奴」
「俺もリオティスを処罰するのは反対ですね」
最後にアルスが口を開いた。
「俺よりも、どこの誰よりも、リオティスは今日一番格好良かった。本気だった。そんな優秀な団員を処罰するのは、あんまりじゃないですか?」
いつもなら女性を口説くことに全力を注いでいる男が、今だけは誰よりも真剣だった。
「お前たち⋯⋯」
本当なら、止めるべきだった。
これは自分自身の問題だ。
彼らまで巻き込んではいけない。
そう思っていた。
だが、止めることができなかった。
彼らの想いが、熱く、強く、胸の奥へ真っ直ぐに響いてくる。
「これが⋯⋯」
ティアナが振り返る。
「私たち〈月華の兎〉の総意です!」
そして、リリィの隣に立つ男へ視線を向けた。
「そうですよね、団長?」
「⋯⋯あぁそうだな」
バルカンは笑う。
それは、どこか誇らしげな笑みだった。
そして、得意げにリリィを見る。
「な? これが今の俺のギルドだ。案外やるだろ?」
「⋯⋯良いチームなのは認める」
リリィは小さく溜息を吐いた。
「だが、これを認めては示しがつかないだろう」
バルカンのしたり顔を横目に見ながら、リリィがそう言った――その時だった。
「団長」
一歩、前へ出る者がいた。
「ウチからもお願いします。その男、悪い奴じゃないと思います」
デビラだった。
意外な人物の言葉に、リリィは目を見開く。
「お前がそんなことを言うとは」
「団長。僕も同じ意見だ」
デビラの隣に並んだのは、ウィルドだった。
この場で誰よりも規則に厳しい男。
そのウィルドまでもが、リオティスを庇ったのだ。
それは、今日一番の衝撃をリリィに与えた。
「ウィルド、お前まで? どういう風の吹き回しだ?」
「戦ってわかった」
ウィルドは淡々と言葉を続ける。
「その男は、ディザイアに必要な人材だ。訓練とはいえ、僕たち四人を倒した。何より――」
ウィルドは〈月華の兎〉へ視線を向けた。
「そこの馬鹿な連中を見れば、答えは出ているだろう」
促されるように、リリィも再び団員たちを見る。
誰一人として、冗談で声を上げている者はいなかった。全員が真剣だった。
本気でリオティスを心配し、本気で彼を仲間だと思っている。
「⋯⋯⋯⋯」
リリィはしばらく黙り込んだ。
やがて、
「⋯⋯わかった」
小さく息を吐く。
「私の負けだ」
緊張を解いたリリィは、リオティスへ視線を向けると、人差し指を突きつけた。
「リオティス。お前を本部に突き出すのはやめよう。ただし、この訓練中は常に監視する。不審な行動を取った場合は、即刻拘束して連行する」
「いいんですか?」
「この場で一番偉いのは私だぞ?」
リリィは強気に笑った。
「全てが私に一任されている。この程度、我儘の内にも入らん」
そして、リオティスの背中をぽんと押す。
「行ってこい。お前の仲間の元へ。ただし、モントレイサに戻ったらすぐに能力を本部へ申告しろ。理由は『訓練中に記憶者になった』とでもしておけ」
「⋯⋯はい!」
リオティスは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
そして、仲間たちのもとへ駆け戻っていく。
すぐに始まる大騒ぎ。煩いほどに騒ぎながら、それでも心から楽しそうに笑うリオティス。
その姿を遠目に眺めながら、リリィは隣に立つバルカンへと、どこか悔しそうに口を開いた。
「お前の言ったとおりになったな」
そして、ジトリと彼を見る。
「⋯⋯全部お見通しか、バカルカン?」
「まさか」
バルカンは苦笑した。
「俺がアイツらの成長に、一番驚かされているよ」
バルカンが思い出したのは、三十分ほど前のことだった。
テントの中。
記憶装置越しにリオティスの能力を見たバルカンは、リリィにある賭けを持ちかけていた。
もしも、リオティスへの処罰を〈月華の兎〉全員が止めたなら。
その時は、〈六昇星〉の権限を使って、リオティスを見逃してほしい、と。
「まさか、お前らの団員にまで止める奴が出るとはな」
バルカンは、今も騒ぎ続ける〈月華の兎〉を眺める。
「やっぱ面白いだろ、アイツ」
「⋯⋯確かに、他とは違うかもしれないな」
リリィは認めながらも、どこか呆れたように肩を竦める。
「だが、これは大きな貸しだぞ、バカルカン。あり得ないとは思うが、どこかからこのことが密告されれば、私の立場も危うくなる」
「本当に感謝しているよ、リリィ。俺にできることなら、なんだってやる。好きなだけ命令してくれや」
「な、ななな……何でも!?」
その瞬間。
リリィの脳内で、様々な思惑が猛烈な勢いで駆け巡った。
――バルカンを、好きなようにできる。
その言葉だけで、これまでの苦労がすべて吹き飛んでしまいそうだった。
獣人の耳と尻尾が、激しく揺れる。
頬は見る見るうちに赤くなっていく。
そんなリリィの変化に気づくこともなく、バルカンはただ、〈月華の兎〉の騒がしい団員たちを、嬉しそうに見守っていた。




