第30話 リオティスVSウィルド②
「これは」
ウィルドの目に映ったのは、粉々になった記憶装置と、それを形成していた黒いパズルピースだった。
これは能力で創られた偽物だ。
ウィルドが気づいた時、彼の全身は地面に引きずり込まれていた。
立っていた地面が分解され、落とし穴となったのだ。
顔から下が地面に埋まり、圧迫されるように固定されたウィルドは焦りに動かされ、リオティスへの魔法を強めた。
骨を折ってでも動けなくさせる。
そのつもりで強化された魔法は、ミシミシとリオティスの全身から軋むような音を鳴らしたが、次の瞬間に彼の姿は黒いピースとなって弾け散った。
「なっ、馬鹿な!?」
消滅したリオティスに驚くウィルド。
その背後から男の声が飛ばされた。
「残念ハズレだ。そいつは俺の分身体。本体は⋯⋯こっちだ」
身動きの取れないウィルドは後ろを振り向くことができない。できないが、この声と言葉から何が起きているのかを察した。
今自分が倒した人間は、リオティスの能力で創造された分身であり、勝ったと油断した瞬間を狙って本体が分解の能力を使用したのだ。
「いつ、からだ。分身を創る時間も、入れ替わる時間も無かったはず」
「時間ならあった。さっき飛ばした二本の剣。アレを分解して俺の分身を創った。視界を遮った時にな。俺は地面を分解して中に隠れ、創った分身を背後から襲い掛からせた」
ウィルドを分解した地面で閉じ込めたのは、この作戦を実行するためだった。
地面に突き刺さったままの剣を分解し、自身の分身体を創る。浮かばせていた記憶装置は見た目だけを似せただけの塊。リオティスの能力は機械を創造できないが、相手を騙す分にはそれだけで十分だった。
生物も本来創造することのできない対象だったが、自分自身は違う。
元々、機械も生物も創造できない理由は、リオティスが構造を理解できない物質を創れないためである。逆に言えば、理解できている物質は創れるのだ。そして、リオティスが最も理解しているのは自分自身。声も動きも色も見た目も、全てを完璧に創造できる。
「どうやら勝ったのは俺の方だな」
「⋯⋯違うな。油断したのはお前の方だ」
刹那、ウィルドの全身からあの暴風が発生した。
内部から地面を砕き、巨大な穴を空ける。
傍に立っていたリオティスも抵抗できずに吹き飛ばされると、大木へと背中を強く打ち付けた。
「くっ、マジか」
背中を押さえながら立ち上がるリオティスの目には、地面から脱出したウィルドの姿。
形勢はまたしてもひっくり返った。
「背後から声を掛けずに記憶装置を破壊すれば良かっただろう。余程勝利を確信していたようだな」
全身の土と砂を手で払うウィルド。
その立ち振る舞いには余裕が感じられる。
だが、彼の限界が近いことはリオティスにも見破れた。
息を切らし、手を震わせ、足が今に崩れそうだ。
訓練が開始されてから戦闘を重ね、魔力も多く消費している。もはや、全力の魔法を放てるのは後一回といったところだろう。
「脱出できるとは驚いたが、もう俺を攻撃するだけの魔力も残ってないんじゃないか?」
「舐めるな。まだ僕は戦える。万策尽きたお前を倒すのに、一分と掛からない」
「そうかよ。でもひとつ忘れているぜ。これは訓練。時間制限もある。勝てないなら、逃げればいいだけだ」
言い放ったリオティスは体の向きを反転させると、逆方向へと走り出した。
「このッ⋯⋯ふざけるなよ!」
初めてウィルドが激しい感情を露わにした。
込み上げる怒りに身を任せ、足に風を纏わせる。
記憶者であり、メモリアルを扱うリオティスの身体能力は確かに凄まじい。だが、簡単に逃げ切れられるほど、ウィルドも甘くは無かった。
宙に浮かび、足に纏った風を推進力としたウィルドは、情けなく逃げ出したリオティスの後を追う。
(なんて男だ。この土壇場で負けないように逃げ出すとは⋯⋯!)
嫌悪感に苛まれながらも、ウィルドにひとつの違和感が生まれた。
訓練の時間はあと僅か。
逃げるという選択も時には重要ではある。
だが、あの男がその程度で終わるはずがない。
リオティスは、ただの合同訓練のために隠していた能力を見せたのだ。
理由は明確ではないが、ここで逃げては明かした意味が無い。少なくとも、〈月華の兎〉を本気で勝たせるために戦っていたはずだ。
つまり、この逃走にも意味がある。
それは、魔力を完全に枯渇させるためだ。
(魔力が少ないことは見破られている。追いかけるために足に魔法を使い、さらに攻撃にまで魔法を使えば枯渇する。逃げることに集中すれば攻撃を喰らうことも無い。それがお前の目的か)
リオティスの背後から魔法を放ったとして、恐らくは当たらないだろう。
今までのように、向こうから攻撃を仕掛けて反撃を喰らうことも無い。このままでは先にウィルドの魔力が底をついてしまう。
(一気に加速して追いつく。そして、一撃で終わらせる。それしかないな)
追いかけながらも思考を整理したウィルドは、足に纏った魔法に魔力を集中させた。
加速する身体。
あと数歩でリオティスの背中を捉えることができる、とウィルドが考えた時、辺りの光景が大きく変化した。
緑あふれる大森林は跡形も無く消滅し、枯れた大地が広がっている。
木はおろか、草花ひとつ無いその空間は異様であり、ウィルドを本心から恐怖させた。
「ここは⋯⋯!?」
ウィルドはこの場所を知っていた。
否、この場所が発生する条件を知っていた。
視界の奥に捕らえたのは、大きく不気味な洞窟。
それはまさしく迷宮だった。
(〈日輪の獅子〉が管理している攻略済みの迷宮⋯⋯! マズイ。やられた。この場所では僕の魔法は⋯⋯)
ウィルドの思考を遮るようにして、彼の全身へと供給されていた精霊からのマナが途切れた。
足に纏っていた魔法も消え、飛んでいた速度がガクン、と落ちる。
戸惑うウィルドに追い打ちをかけるように、前方を走っていたリオティスがこちらへと向きを変えた。
「やっぱりな。魔法師は迷宮での魔法の使用が困難になる。これでお前を守る防壁は無い!」
短剣を強く握りしめ、リオティスがウィルドへと接近した。
魔法師は迷宮では魔法を使えない。
迷宮攻略時にバルカンから受けた説明を覚えていたリオティスは、その性質を利用することを思いついた。
迷宮は発生時に周囲のマナを取り込むことでその姿を成す。
そのため迷宮内では精霊の数も少なく、発するマナのほとんどが迷宮に無理やり吸収されてしまうのだ。
だから魔法師は魔法が使えなくなる。
魔法に必要なマナの供給が絶たれてしまう。
迷宮の周りに自然が無いのは、マナを限界まで吸収しているからだ。マナの溢れる迷宮内であれば、ある程度の魔法が使える。だが、この場所で魔法を使うことは、どんな魔法師にもできないだろう。
当然、リオティスはこのことを知らない。
魔法師についての理解も浅い。
だから、これはリオティスの立てた予想だ。
迷宮攻略時、バルカンは迷宮が魔法師の属性を色濃く反映させていると説明した。
その話を思い出し、リオティスはとある仮説を立てた。
今回の迷宮と以前の迷宮は似ている。どちらも大森林の中にあった。つまり、迷宮を作っているエネルギーも同じ緑――風属性であると。
そして、リオティスは迷宮の存在と場所を、訓練開始時にフィトから聞かされていた。
『強いて言うなら、北側の方角に迷宮が見えたことぐらいですね』
北側の、より緑が生い茂っている場所に迷宮がある。
魔法師と迷宮の関係性。魔法師の弱点。迷宮の場所。
全ての情報を手にすることで、リオティスは勝ち筋を見出した。
そう、リオティスの目的はただひとつ。
最初からこの場所にウィルドを誘い出すことだったのだ。
「終わりにするぜ!」
「っ⋯⋯!」」
迫るリオティスに、ウィルドの全身が強張った。
敗北。
その二文字が浮かんだ時、ウィルドは足元にとある物を見つけた。
白い紙切れに、謎の文字と模様が描かれている。
何度も見た呪符。それは、アルスの能力で生み出された物だった。
(なぜここに? 準備していた? 脱落したのになぜ解除されていない? 効果は? あの文字。形。思い出せ。アレは⋯⋯視界を奪う効果!)
刹那の時間にウィルドは打開策を見つけ出す。
身体に残ったマナをかき集め、右手の一点に集中させる。
リオティスを吹き飛ばす程の風はもう起こせない。
せいぜいが紙を飛ばせる程度の風だろう。だが、今はその風で十分だった。
ウィルドが魔法を放つ。
足元に貼られた一枚の呪符が巻き上がり、リオティスの足首へと放たれた。
「なっ!?」
リオティスの視界が黒色に塗りつぶされた。
目は真っ黒に染まり、動きがほんの一瞬止まる。
その様子を見るに、呪符には能力が込められたままのようだ。
脱落したにも関わらず、能力を維持していることに疑問が残るが、これはただの自業自得。ウィルドからしてみれば、自分はそれを利用したに過ぎなかった。
「仲間に見放されたな! 今度こそ、僕の勝ちだ!」
高らかにウィルドが勝利を宣言した。
リオティスは視界を無くし、動けない。攻撃もできない。
そんな彼の記憶装置に、残り最後の全身全霊の魔法を集中させれば、ギリギリ破壊することができるはずだ。
――勝った。
ウィルドが今まさに練り上げた魔法を放とうとした時、彼の記憶装置がリオティスの短剣によって真っ二つに斬り裂かれた。
「な、に」
有り得ないはずだ。
視界を奪われた人間が臆することなく動き、的確に記憶装置を斬ることなど不可能なはずだった。
立ち竦むウィルドが、リオティスに静かに尋ねた。
「どうして、僕の記憶装置の位置がわかった?」
「なぁに、ただの勘さ」
ニヤリと笑ったリオティスが、指を上空へと立てた。
誘導されるがままにウィルドが視線を上げると、そこには小さな球体が浮かんでいた。
小さな白い球体。
目を凝らして観察すると、それは人間の眼球だった。
「あれは俺の目だ。分身体が見ている情報は俺にも共有される。お前と同じだ。精霊と視界を共有してアルスの能力を突破した時から、これ以外の勝ち方は考えていなかった」
リオティスの説明でようやくウィルドは全てを理解した。
訓練が始まってから、リオティスは常にこの眼球を動かし、全ての情報を手にしていたのだ。
デビラの奇襲。オーロラの潜伏。フゥの能力。オルティシアの能力。そして、ウィルドの今までの戦い方と弱点。全てをリオティスは知っていた。そして、その情報から戦い方と勝ち方を予め決めていたのだ。
「⋯⋯その呪符がここにあったのも」
「あぁ、狙い通りだ。お前なら利用すると思ってな。アルスに頼んで一枚呪符を貰ってたんだよ。それを予めここに設置しておいた」
「どうしてそんな面倒なことを」
戦い方はいくつもあったはずだ。
倒せるチャンスもあったはず。それを捨ててまで、リオティスがこの勝ち方に固執した意味がわからなかった。
そんなウィルドへと、リオティスは真っすぐに答える。
「アイツ等がやられた方法で倒したかった。やり返したかった。そんだけだ」
リオティスの返答に、ウィルドはつい笑みを零した。
「馬鹿だな。お前」
「あぁ、馬鹿なんだよ俺たちは」
短剣を仕舞うと、リオティスは歩き出す。
その背中を見つめながら、ウィルドが呟いた。
「完敗だな。僕たちの負けだ」
呟き声が誰にも届かず風に流された時、ウィルドの耳に脱落を告げる――訓練の終わりを告げる音声が流れた。
第三章のイース戦で地中に隠れたリオティスが、外が見えないはずなのに攻撃できたのも同じ理由です。
大分何でもありな能力になってきましたが安心してください。この先はさらにとんでもないことになっていきます。




