第28話 合同訓練⑱
『記憶装置の破壊を確認。〈日輪の獅子〉所属デビラ、オルティシア。脱落!』
地面に突き刺さった短剣を拾い上げ、柄に戻したリオティスへと、デビラとオルティシアの脱落が告げられた。
今までは脱落直後に報告がなされていたが、デビラの記憶装置が破壊されてすぐに始まったオルティシアとの戦闘中に、要らぬ情報から集中力が削がれることを危惧したリリィの配慮だろう。
もしくは、リオティスが二人を瞬殺すると踏んでいたのか。
どちらにせよ、これにより両ギルドの団員はそれぞれ最後の一名になった。
「あとは最後のひとりを制限時間までに見つけられるかどうか、か」
リオティスにとって最悪なのは、唯一残ったウィルドを見つけられずに時間だけが経過してしまうこと。魔獣の討伐数が不明な現在、〈月華の兎〉が確実に勝つには、リオティスがウィルドを見つけ出し、迅速に脱落させるしか方法は無かった。
戦闘後の余韻に浸る間もなく移動を開始しようとするリオティス。
そんな彼の急ぐ足を、デビラが止めた。
「ハァ、もうホント最悪。負けてやるつもりんなて微塵も無かったのに」
疲れ切ったように大の字で寝転がるデビラは、空を見上げながら続ける。
「それで、何でアンタは能力を隠していたわけ? 目的は?」
「時間稼ぎのつもりなら無視するぞ」
「疑いぶか。もうそういうのはいいから。ウチだって、もうアンタを悪人だって決めつけてるわけじゃないよ」
柔らかな声だった。
先ほどまでの殺意を振りまき、殺伐としていたデビラからは余りにもかけ離れすぎている。
これも演技か。
それとも負けて全てが嫌になったのか。
リオティスがこのまま会話を続けるべきか考察していると、デビラが両腕に装着したメモリアルを脱ぎ捨て、上体を起こした。
「なんつーか、今までは言動と怪しさから疑ってたんだけど、本気でぶつかり合ったからこそわかったんだよね。コイツは本気で仲間のために怒って戦ってんだなって。そんな奴がルール破ってまで能力隠す理由がわかんなすぎるんよ」
リオティスが迷っていることを見抜いてか、デビラはただ一方的に話しかけている。
純粋に自分が感じたことを、疑問をぶつけている。
「見逃しはできないけど、理由ぐらい知っておきたいじゃん」
「⋯⋯勘違いしてたよ。やっぱお前もギルドの団員なんだな」
どこか〈月華の兎〉の一員達と同じ空気を感じたリオティスは、胸に溜まった想いを吐き出した。
「俺は力が欲しかった。強くなって、大切な人を守るだけの力がな。けど、俺はその大切な人を失って初めてこの力を得た。嫉妬。裏切り。そうやって彼女は殺された。力を持ちたくはなかったのに、力を持ったせいで傷つき死んだ。俺は自分がそうなることを恐れた。裏切られないように、興味を持たれないように立ちまわってきた。誰も信じられず、受け入れられないと、そう思い込んでな」
右手の甲を見下ろすリオティスの目には、紋章が酷く歪んで見えた。
「だから能力を隠した。まるで本当の自分を隠すようにな。とんだ臆病者だろ?」
自虐するように笑うリオティス。
底知れない不気味さを纏っていた彼の姿は、もうそこには無かった。
「⋯⋯そう。大変だったんだアンタも」
「やけに素直に信じるな。同情を買うための演技かもしれないぜ?」
「最初に会ったばかりならそう思ったけどね。胡散臭さと、計り知れなさがビンビンだったし。でも、今ならわかるよ。アンタもこの世界に傷つけられただけの、ただの人間なんだって」
デビラはどこか悲し気にリオティスを見つめた。
きっと彼女にも、他の団員達にも、辛く思い出したくも無い過去があるのだろう。
それを知っているからこそ、デビラも信じたのだ。痛みを、悲しみを、感じ取ってくれているのだ。
「長話しすぎたな。俺はもう行く」
「そうしな⋯⋯って言いたいところだけど、その必要はないよ。ウィルドなら、もうここにいる」
確信を持ってデビラが断言すると同時に、辺りに強い風が吹き荒れた。
木をしならせ、草花を揺らす強風。
風の吹く方から現れたのは、清潔な身なりをした、眼鏡を掛けるひとりの男だった。
「会話に水を差すようで悪いが、無駄話をする余裕があるのか?」
ウィルドが腕を払う。
たったそれだけの所作で、リオティスの体が宙を舞った。
地面から突き上げられた突風に逆らえず浮かされた体。
風も止み、只落下を待つだけのリオティスへと、今度は上から押しつぶすような風が繰り出された。
身動きは取れない。
リオティスは成す術も無く地面へと叩きつけられた。
「ぐっ」
痛みで震える体に鞭を撃ち、リオティスはすぐ様に立ち上がる。
「っ、先手必勝ってわけだ。それにしては安く済んだな」
「挨拶代わりだ。こういうのは僕としても不本意だったが、少々虫の居所が悪かったようだ」
眼鏡の奥で眼光を飛ばすウィルドの的はデビラだった。
「情けないな。手を抜いて負けるなんて、訓練だと甘く見すぎだ」
「チッ、会って早々説教すんなし。あと別に手は抜いてないから」
「じゃあ何故メモリアルの能力を解放しなかった?」
ウィルドの鋭い指摘は、デビラの反抗心を揺らした。
「つ、使いたくなかったからに決まってんでしょ! 知ってんでしょ、ウチがこの能力嫌いなことは。こんな訓練ごときで汚れたくないし!」
「もうその言い訳は聞き飽きた。お前が能力を使えば勝てていたかもしれない。身勝手な理由で負けて、その結果オルティシアはあのざまだ。訓練でできないことが本番でもできると思うなよ」
「このっ、くぅ⋯⋯あぁもう! ホントうざい! 死ね! バカ! 真面目眼鏡!」
言い返すことができずに喚きだしたデビラは、ウィルドに向かって中指を立てると、顔も見たくはないといったように背中を向けてオルティシアの方へと歩いていった。
「本当に品がない。見苦しいところを見せてしまって悪かったな」
「構わねェよ。煩い女には耐性があるんでね」
短剣を取り出したリオティスは刃をウィルドへと向ける。
「そんじゃ戦闘開始ってことでいいよな? お前も早く俺をぶちのめしたいようだし」
「ひとつ、誤解があるようだから言っておこう。僕は別にお前を危険視している訳じゃない」
短剣を構えるリオティスに対し、ウィルドは戦闘態勢に入らない。
まるで知り合いと普段通り会話するように、あくまでも自然体だった。
「僕はお前が何かを企んでいるとは思っていない。先ほどのデビラに対しての話も、まるっきりの嘘というわけでもないだろう。団長が訓練を継続させたのもきっと同じような理由からだ」
ウィルドはリリィのことを本気で慕っている。
強く、美しく、正しい。
その魅力に惹かれて、彼は〈日輪の獅子〉への入団を決意したのだ。
本来であれば訓練を中止してでもリオティスの身柄を拘束し、ディザイア本部に報告する必要があった。だが、リリィは訓練を最後まで行うことを重視した。リオティスに危険性が無いこと、そして、その存在が団員達の成長に繋がると理解していたのだ。
事実、デビラは訓練だからと全力を尽くさずに負けた。
彼女が負ければ仲間の身が危うくなる。そのことを、傷つき倒れたオルティシアからデビラも理解したはずだ。
全ては訓練のため。
強くなるため。弱さを認めるため。
リリィの判断は決して間違ってはいなかった。
「お前という存在に対し、どう僕たちが対処するのかを見ったかった。それが団長の意図だ」
「なるほどな。だが、本当は俺がお前たち全員を倒すと思っているんじゃないか? 自分を強者だと信じて疑わないお前たちが負けることで危機感を煽る。こう考えることもできるだろ?」
「面白い考えだな。だが言ったはずだ。僕はお前を危険視していない。何故なら、僕が負けることが決してないからだ」
刹那、再び突風がリオティスを襲った。
ウィルドから放たれた風の魔法が、リオティスの体を吹き飛ばそうとする。
「〈ダブルピース〉」
リオティスが右手を地面に突く。
分解される地面。
再構築された地面は、リオティスの正面に壁として立ちはだかった。
壁と風がぶつかり合う。
硬く分厚い壁に阻まれて、ウィルドの魔法は霧散した。
「それで守ったつもりか?」
ウィルドの意識が辺りに漂う精霊と繋がった。
マナを経由し、命令を出したウィルドの全身に膨大な魔力が漲る。
マナと魔力。
ウィルドの中で膨れ上がるエネルギーは複雑に混ざり合い、集約され、高密度な魔法となって解き放たれた。
一点に集中された魔法は壁を砕き、地面を抉る。
生身の人間が喰らえば即死だ。だが、土壁の奥にはリオティスの姿は無かった。
「上だ」
魔法を放った直後を狙い、木の上からリオティスの短剣が振り下ろされた。
風の魔法で視界が悪化し、リオティスの動きが見失われていたのだ。
記憶装置へと刃が迫る。
だが、その刃が届くことは無かった。
「あぁ、視えている」
ウィルドは体を動かすことも無く、魔法を再度発動させた。
予備動作も無く、リオティスの位置を確認する動きをも見せなかったウィルドの魔法は発動が早く、一瞬にして自身を囲う竜巻を生み出した。
風に弾かれる短剣。
魔法はさらに範囲を広め、リオティスの体をも吹き飛ばした。
「っ⋯⋯!」
近づくことも叶わず、距離を取らされたリオティスは何とか踏み止まったものの、この攻防によってある事実を突きつけられた。
それはウィルドの実力。
彼の魔法師としての力は、リオティスの予想を遥かに上回っていた。
「さて、改めて僕から言わせてもらおう。戦闘開始だ」
ウィルドの纏う風圧を前にして、リオティスの背には冷たい汗が流れ出した。




