第27話 合同訓練⑰
リオティスの分解によって組み替えられた地面は、十本もの杭となってデビラとオルティシアに襲い掛かった。
容易く記憶装置を破壊できる広範囲の攻撃はデビラの行く手を阻み、オルティシアに援護の時間を与えない。
「面倒な能力⋯⋯ッ! けど、それはさっき見たかんね!」
地面から突き上げられる杭に気圧されることもなく、デビラは両手に装着した手甲鉤を振るった。
切り裂き、砕き、無理やり道をこじ開けたデビラは、次々に伸びる杭を片っ端らから壊しながらも真っすぐにリオティスへと直進する。
メモリアルを扱う相手において、この程度の攻撃が通用しないことはリオティスも想定済みだ。
すぐ様に地面から手を離したリオティスは短剣を握りしめると、殺気の込められたデビラの鉤爪を受け止めた。
「力みすぎだな。そんなに俺が許せないか?」
「ッたりまえでしょ! アンタが何を企んでるか知らないけど、ウチらのギルドに手を出すようなら絶対に容赦しない!」
グググ、とさらに力を込めるデビラ。
爪先がリオティスの眼前に迫るが、受ける短剣で押し返す。
力は互角。
お互い記憶者でありながらメモリアルを扱っているのだ。身体能力に差は無かったが、能力の性質上、リオティスの方がメモリアルを扱う技量に長けていた。
「ウチと同じ才能を持ってたのなら強いのも納得。けど、アンタの能力は見たところ手で地面に触れていないとダメなんでしょ? だったら、その隙を与えないだけ!」
再びデビラが斬りかかった。
猛獣の如く勢いで両手を振るい、連撃をリオティスへと浴びせる。
猛攻だ。
だが、その全てをリオティスは短剣一本で凌いでいく。
卓越した剣術の成せる技ではあったが、防戦一方で反撃をする余裕がない。
その隙を、オルティシアは見逃さなかった。
「ショット」
一点を見定め、オルティシアが撃つ。
弾丸はデビラの真横を通過し、リオティスの記憶装置へと着弾するかに思われた。だが、リオティスが防ぐように振り上げた短剣の刃が弾丸を見事に弾いてみせた。
間一髪。
脱落を免れたリオティスであったが、均衡は既に崩れている。
「終わりだね!」
デビラの右手が振り降ろされた。
短剣で弾丸を防いだ直後のリオティスには、それを回避する時間は無い。
「〈ダブルピース〉」
リオティスは右手を開くと、掌から黒色のピースを生み出した。
大量に放出されたピースは瞬時に集まり、組み合わさると、長方形の分厚い盾を創り出す。
紛うことなき早業。
ピースの放出と創造をほぼ同時にやってのけたリオティスの動きは、デビラを驚嘆させた。
「なっ!?」
突如目の前に出現した塊に対し、その真意を推し量ろうとするデビラであったが、考えがまとまるよりも早くに鉤爪は盾を切り裂いた。
崩壊し、バラバラに崩れ散っていく盾の奥には、短剣を構えたリオティスの姿。
――しまった。
デビラが咄嗟に防御の体勢に移行した途端、激しい衝撃が全身を貫いた。
受けた腕が千切れたと錯覚するほどの衝撃。
止まることの無い衝撃は全身の骨にまで響き、吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ」
回る視界に、地面と擦れ焼けるような痛みに悲鳴を上げる肌。
ゴロゴロと地面を転がるデビラの肉体は砂と苦痛にまみれていた。
十メートルは飛ばされただろうか。
ようやく止まったデビラが震える両手を地面に突き、身体を起き上がらせようとしていると、空を切るような音が聞こえだす。
顔を上げると、自分を吹き飛ばしたリオティスが全速力でこちらへ向かって駆けていた。
「うっ、オルタ!」
「うん、わかってる」
焦るデビラの頭上から、鋭い銃声が走った。
リオティスとの対峙直後、オルティシアとデビラの距離はそう離れていなかったが、数度の斬り合いのうちに移動していたのだろう。
木の上から狙いを定めて撃ち出された合計五発の銃弾は、リオティス目掛けて一斉に宙を裂いた。
音と目で弾丸を感じ取ったリオティスは、短剣を振るう。
一発、二発、三発と、的確に銃弾を斬り、弾くリオティスは、いとも容易くオルティシアの攻撃を防ぎ切った。
一発はリオティスから大きく逸れて、背後に消えたものの、四発の弾丸から身を守ったその動きはまさに神業だ。
「やるね彼。けど、次はどうかな?」
攻撃を防ぎ切り、油断しているであろうリオティスの背後には一発の弾丸が迫っている。
跳弾だ。
先ほどあえて一発だけ外したオルティシアの弾丸は、樹皮に当たり、角度を調整して跳ね返されていた。
この跳弾はフィトをもってしても初見で完全に防ぐことはできていない。
まず間違いなく記憶装置に着弾させることができるはずだ。
オルティシアには確かな勝算があった。
だが、リオティスはこの時点で彼女の策を看破していた。
盾を創り出した際に余分に生み出し、空中に展開させていた黒いピースの一部が集まり出したかと思うと、記憶装置の後ろを守るようにして小さな壁を創り出す。
黒い破片のような塊は背後から跳弾された銃弾とぶつかり合い、跡形も無く砕け散った。
結果、リオティスの記憶装置は無傷で守られたのだ。
「⋯⋯防いだ? アタシの跳弾を?」
にわかに信じがたい光景だった。
あの動きではまるで、弾丸が跳弾できると知っていたかのようだ。
「もう品切れか? だったら悪いが終わりにするぞ」
「ッ⋯⋯なめるなァッ!」
笑みを浮かばせて煽るリオティスへと、立ち上がったデビラが構えた。
ダメージはある。
力も素早さも落ちてしまっている。
だが、関係ない。
〈日輪の獅子〉の団員として、負けるわけにはいかないのだ。こんな法を破る犯罪者に、舐められてはいけないのだ。
「ラッキーパンチがそう続くわけないじゃん! 今度こそアンタの手の内は全て見切った!」
最初は手を地面に触れさせることで発動する能力だと考えていた。
触れた地面を動かし、好きな形にできるのだと。
(アイツの能力は地面を動かすのともうひとつ、黒いピースで物質を創り出すことができる)
右手から生み出されたピースは〝創造〟の能力。
どこまで創り出すことができるのかは未知数だが、何かしらの制限があるはずだ。
ピースの数。
創造できる種類。
強度や速度。
これらのいずれかが当てはまる可能性が高い。
経験則から来る予想ではあるものの、まずはその弱点を見つけ出す必要がある。
(さっきは知らなかったから不意を突かれた。けど、もう大体は把握した。オルタもいる。この勝負は必ず勝てる!)
己を鼓舞するように言い聞かせたデビラは、リオティスの出方を伺った。
先手はくれてやる。
受け身を選択したデビラには、オルティシアのリロード時間を作り、相手の弱点を見定める、といった思惑があった。
その考えを知ってか知らずか、リオティスは躊躇うことも無く右手からピースを生み出すと、二本の剣を創造した。
突き刺すように刃を向けて、ブレることも無く真っすぐに飛ぶ剣を、デビラは手甲鉤で破壊する。
否、破壊したと錯覚していた。
デビラの攻撃は破壊するだけの威力を持って振るわれたが、両手に伝わる感触が異様だった。
まるで空を切ったかのように何も感じない。
手ごたえも、衝撃も、何も伝わってこない。
不振に感じたデビラが左右を見れば、崩れ、形を無くしていく剣があったが、その時に気が付いた。盾を壊した際には消滅していたピースが未だ残っていることに。
(破壊されれば消滅するはず⋯⋯じゃあ、壊れていない? 違う。壊される前にわざと能力を解いた⋯⋯!?)
瞬時に答えを導き出したデビラは称賛に値するだろう。
だが、もう遅い。この時、彼女は既にリオティスの術中だった。
デビラに破壊されるすんでに分解されたピースはまだ生きている。
本来、リオティスが創りだした物質は破壊されると、それを形成したピース全てが消滅し、暫くの間使用が不可能になるという特性があった。
つまり、壊されなければピースは消滅しない。
イースとの戦闘でピースの残量不足が致命的な弱点であることを再認識したリオティスは、創造した物質を再度分解し、利用するという策を新たに編み出していた。
これならば物質の破壊によるピースの消滅を減らすことができる。
そして何より、相手の虚を突き、戦略の幅を広げるだけの可能性がある。
分解されたピースはデビラの両手首で集まり合うと、形を変えて二本の鎖に生まれ変わった。
右手と左手。
それぞれの手首が鎖で繋がれ、伸びた先は地面に打ち付けられる。
強い力で手首を地面に引かれたデビラは、そのまま前に倒れるしかなかった。
「なっ、ちょ、何コレ!?」
情報が追いつかない。
リオティスの存在。地面を動かす能力。黒いピース。創造。盾と剣。鎖。短い時間で一気に脳へと送り込まれた情報を、ひとつずつ飲み込んでいたつもりであったが、その容量はパンクし、現状の理解とそれを打破するだけの方法を瞬時に考えられなくなっていた。
そんなデビラを嘲笑うようにして、追いついたリオティスが短剣を振るう。
切断される記憶装置。
自分がなぜ負けたのかすらわからないデビラへと、通りすがりにリオティスが言った。
「お前らのとこにも鎖の能力者がいたよな? 鎖で無理やり自由を奪われるってのは良い気分じゃねェだろ。これで少しはアイツ等の気持ちがわかったか?」
一方的に話し終えたリオティスは呆然とするデビラを無視し、木の上に隠れるオルティシアへと跳躍した。
「次はお前だな。お前にはちょっと手荒に行くぜ?」
「怖いな。嫌われることをした記憶が無いんだけれど」
と、言いつつも、銃口をリオティスへと向けるオルティシア。
この近距離でも銃弾を命中させるだけの自信が彼女にはあったが、それは慢心だった。
想像以上の加速で飛ぶリオティスの姿が残像としてオルティシアの目に残った時、彼女の体は木から強く蹴り落とされていた。
「痛っ⋯⋯ぅ」
背中を強く打ち付けられたオルティシアは、苦痛に耐えるように唇を噛みしめた。
「ぬるいんだよお前。言っとくが、フィトがやれた痛みと悔しさはこんなもんじゃねェよ」
着地したリオティスが冷たくオルティシアを見下ろす。
「立てよ。それとも男相手じゃ気が乗らないか?」
「⋯⋯言うね。そっか君、あの子猫ちゃんのために怒っているんだ。意外と可愛いところあるね」
重い体を起こし、立ち上がったオルティシアは、再び銃口をリオティスへと向けた。
「けれど、怒っているのはアタシだってそう。オーロラとデビラを脱落させて、イジメて。だから、殺す気でいくよ」
殺気が弾丸に込められた。
六発全て、記憶装置ではなくリオティスの体を狙って撃ち出される。
だが、リオティスには通じない。
弾丸よりも早くに短剣を振るい、殺気をねじ伏せるように弾いていく。
全弾六発を完璧に防いだリオティスは、チャンスとばかりにオルティシアへと詰め寄った。
「一度に六発が限界。次に撃つまにでには時間が掛かる、だろ?」
「やっぱりあの子猫ちゃんに聞いてたみたいだね。跳弾を知っていたから予想はしていたけれど。じゃあ、こっちも聞いているかな?」
構えを取ったリオティスへと、オルティシアは左拳を突き出した。
「〈金属装備〉」
刹那、オルティシアの左手を黒い金属が包み込んだ。
皮膚から溶け出すように流れ出る液状の金属は、分厚い装甲を作り出すと、巨大な拳となってリオティスへと繰り出された。
ぶつかり合う短剣の刃と金属の拳。
紅い火花にも似た光が瞬くと、リオティスの左手から短剣が弾き飛ばされた。
クルクルと、宙を舞う短剣はリオティスの遥か後方へと飛んでいく。
メモリアルを失い、力の供給が絶たれたリオティスへと、オルティシアは再び拳を握りしめた。
「力負け。これでアタシの勝ち⋯⋯」
と、今まさに追撃をしようとしたオルティシアの腹部に強い痛みが発生した。
巨大なハンマーで殴られたかのような、重い岩をぶつけられたかのような痛み。
止まる呼吸と思考。力なく落ちた視線の先では、黒く大きな拳が握られていた。
「〈ダブルピース〉。創造したのはこの〝拳〟だ」
リオティスの右手。
そこには黒いピースが集まり合い、硬く重厚な拳を創り出していた。
それは、まるで自分の能力で生み出した金属の塊のようで――。
「歯食いしばれよ」
腹部にめり込む黒い拳が、勢いよく振り抜かれた。
吹き飛び、地を跳ね、大木に背中を打ち付けられる。
「ガハッ!?」
骨が砕けるようだった。
魔力防御も通じない圧倒的な力。
成す術も無く力に押しつぶされたオルティシアは、呼吸困難により白くぼやける目を懸命に見開き、目の前に迫るリオティスへと銃口を向けた。
彼にメモリアルはもう無い。
創造のピースを使い盾を作ろうとも、本気で撃ち、跳弾をさせなければ、貫通するだけの威力を保てるはずだ。
今しかない。
ここで外せば負ける。
絶対に外せない。
覚悟を決めたオルティシアが弾丸を発射しようとした時、右手に黒い影が映った。
「これは⋯⋯?」
目を奪われた先。
銃身の中心で動く小さなそれは黒いピースだった。
(まさか殴り飛ばす瞬間に、バレない程度のピースも一緒にくっつけていた?)
理解すると同時にピースは変形し、小さなナイフとなって銃身に突き刺さった。
威力は無い。
普段ならば気にもしない攻撃。
だが、そのナイフは確かに銃身を貫いた。
思い出すのはフィトとの戦闘。彼女の打撃によって損傷した部位を、このナイフは的確に刺していたのだ。
「ぅ、くッ」
「どうした顔色が悪いぜ。メンテナンス不足か? フィトの拳を舐めすぎたな」
脂汗を滲ませるオルティシアへと一気に接近したリオティスは、抵抗もできず蹲る彼女の傍に浮かぶ記憶装置へと黒いピースを放つ。
合わさり生まれたのは一本の槍。
刃の黒い光沢がオルティシアに見えた時、彼女の記憶装置は槍によって貫かれた。




