第22話 合同訓練⑫
「ハァ、もう無理。ウィルド、ちょっと休憩頼む」
レイクとルリとの戦闘を終え、重い足取りのまま歩いていたフゥがついに限界を迎えたようで、両手を上げると近場の手頃な岩へと腰を下ろした。
「血が全然足りないや。頭フラフラ。傷口もまた痛み出したし」
言い訳を並べるよう捲し立てるフゥは寝そべると、背中を岩肌へと倒し天を見上げる。
「相手も後三人だろ? もう俺たちがどうこうすることも無いよ。のんびりしようぜウィルド」
「そういう訳にもいかない」
数歩先を進んでいたウィルドは立ち止まると、フゥへと振り向く。
「どんな相手だろうと合同訓練を受けたからには最後まで取り組む。それが僕たちの責務だ」
「そう言うと思ったよ。ウィルドは」
フゥがやれやれ、と上体を起こした。
ふと、気が付くとその隣には既にウィルドが歩み寄っており、背後の木に背中を預けていた。
周りを少しだけ観察するように気を配るウィルドの顔を、フゥはジッと見つめる。
「⋯⋯どうした。僕の顔に何か付いているか?」
視線に気が付いたウィルドがそう尋ねると、フゥはどこか嬉しそうに再び背中を倒した。
「別に。何だかんだ言って休憩には付き合ってくれるんだなって」
「当然だろ。お前が傷ついているのだって事実だ」
「当然か⋯⋯そうだね。そう言うと思ったよ」
フゥがそっと腹部の傷口に手で触れてみる。
先ほどまで息をするのも苦しかったはずだが、今は何故だかずいぶん気が楽になっていた。
「そういやウィルド。さっき槍使いの男に何か聞こうとしてたけどさ。アレ結局何だったの?」
ただの何気ない会話。
フゥは思い出したことを口にしただけだったが、少しだけウィルドが悩む素振りを示した。
「⋯⋯フゥ。あの男は魔法師だったのか?」
「いんや。普通のメモリー使い。あぁでも、槍が燃えてたしメモリアルだったかもな。それにしちゃ弱すぎる気もするけど。どっちにしろ魔法は使っていなかったよ」
予想外の返しにフゥは意図が掴めずにいたが、深く考える必要も無いだろうと、素直なレイクへの評価を口にした。
「それがどうかした?」
「あの男の周りには精霊が集まっていた。だが、魔法師にしては少ない。精霊の動きもバラバラだった。それが少し気になってな」
ウィルドが倒れたレイクの姿を見た時、確かに精霊が集まっているように見えた。
精霊が魔法師以外の人間の周りに集まることは本来あり得ないことだ。
だからこそ、ウィルドは一瞬レイクが魔法師ではないかと考えたが、精霊の少なさとまとまりのない動きからただの偶然だと判断していた。
「魔法師かどうか。それが少し気になって話そうとした。それだけだ」
「ウィルドは魔法師大好きだからなぁ。まっ、アイツは魔法師じゃなかったわけだし、もうどうでもいいことだろ」
「⋯⋯そうだな」
少しだけ胸に違和感が残る。
ウィルドがその意味を考えていた時、辺りに銃声が木霊した。
パンッ、という乾いた音。
一発目の銃声から少し間を置いて、二発、三発と連続して音が鳴る。
「銃声⋯⋯ってことはオルティシアか?」
ウィルドが注意するように辺りを見渡す。
すると、少し離れた場所から木々の揺れる音がしたかと思うと、オルティシアが降り立った。
恐らく木の上に潜伏していたのだろう。
オルティシアの能力からすれば、相手に気づかれない位置に常に隠れるのは定石であったが、先ほどの銃声からして、どうやら彼女は苦戦を強いられているらしい。
鳴り響いた銃声は三発。
オルティシアの技術、そして能力ならば、本来一発で十分なはずだ。
それが三発も銃弾を撃った。
つまり敵はオルティシアの位置を大体ではあるが把握し、能力にも気づき、そして既に近づいていることを示していた。
「オルティシア! 手伝うか?」
少し離れていたこともあり、ウィルドは普段よりも声を張り上げる。
相手にも聞こえている可能性は高いが、寧ろその方が都合がいい。近くに仲間が居ることを知れば、今オルティシアと戦っている相手も迂闊には近づけなくなるはずだ。
だが、その声と意図に気が付いたオルティシアは一瞬だけ視線をウィルドに向けると、すぐ様に正面を見据えながら右手でジェスチャーをした。
人差し指を伸ばし、口元に近づける。
それは、もうこれ以上話さなくても良いという意味を含んでいた。
「杞憂か。僕たちの出る幕はないらしい」
ウィルドが少しだけ残念そうに肩を落とす。
いつの間にかオルティシアの姿が消えているところを見ても、やはりひとりで戦うという意志は強いようだった。
「オルティシアがあんだけ拘るってことは女だろーね。俺は戦う必要が無くなって良かったけど」
どこか、ホッとしたように大げさに胸を撫で下ろすフゥへと、ウィルドが呆れたように言う。
「辛いのはわかるがお前ももう少し真面目に⋯⋯」
と、そこでウィルドが気づいた。
岩に呑気に座るフゥの顔。
その真横で浮かぶ球体の記憶装置に、一枚の紙札が貼り付けられていた。
読むことのできない文字。
術式のように刻まれた模様。
それは、この合同訓練を開始した直後、ウィルドが見つけた札と同様の物で――。
「フゥ! その紙切れを取れ!」
「え?」
ウィルドの声と焦りにフゥが驚く間もなく、彼が動かしていた記憶装置に鋭い杭が打ち込まれた。
二本の大きな黒く鋭利な杭が、まるで記憶装置の内部から飛び出たように交差して出現する。いともたやすく記憶装置を貫いた杭は、直ぐに消えてしまうが、代わりに耳元へとあの通知が鳴り響く。
『——報告。記憶装置の破壊を確認。〈日輪の獅子〉所属フゥ。脱落!』
「ッ⋯⋯! やられたな」
ウィルドが舌を打つ。
脱落を告げられたフゥは何が起きたのかもわからずに困惑していたが、自分が敗北したことを痛感し、先ほどまでの緩み切った表情を暗く沈み込ませた。
「クッソ。悪い、ウィルド」
「反省は後だ。お前は脱落した。直にルテアの能力で回収される。後は僕に任せろ」
ウィルドはすぐ様に戦闘態勢に入る。
意識を集中し、魔力を練り上げ、風の魔法で自身の周りに渦を作り出した。
フゥの記憶装置を破壊したのは、当初より一番に警戒していた記憶者によるものだ。
能力は未だ未知数。
紙札を使い視界を増やすことまでは予想できていたが、フゥを脱落させた攻撃方法は不明だ。
(油断していたとはいえフゥの記憶装置にどうやってあの紙切れを貼りつけた? 飛ばしたのか? いや、そんなあからさまな動きは僕もフゥも見逃さない)
謎が解けないことには動きようも無い。
今まで圧倒的な力で相手を上回ってきたウィルドが、完全に受けに転じていた。
魔法で小さな風の渦を作り出し、その中心に立ち、相手の出方を伺う。
消極的な立ち回りにならざるを得なかったものの、紙札から身を守ることだけで言えば十分だろう。先手を打ったはずの敵からの追撃が来ないのがその証拠だった。
「やっぱ二人一気には無理か。ルリちゃんとタロットちゃんの仇を取るチャンスだったけど、簡単じゃないな」
初めて聞く男の声。
ウィルドは魔法は解かず、風に吹かれながら目を細めた。
先ほどまで誰も居なかったはずの場所。
数メートル先で堂々と立つその男は、右手の指二本に紙札を挟ませながら真っすぐに此方を見ていた。
「けど、これで一対一だ。こっからは格好つけさせてもらうよ」
爽やかに笑う〈月華の兎〉の団員アルスは、間髪入れずに右手をウィルドへと伸ばし、呪符を飛ばした。
真っすぐに飛ぶ呪符はウィルドの顔へと向かうが、彼の周りに発生する風によって軌道が無理やりに変えられてしまう。簡単に吹き飛ばされた呪符はウィルドの後方――右後ろに聳え立つ木に貼りついた。
「って、効かないよな当然」
いともたやすく攻撃が防がれたことを嘆くアルスだったが、ウィルドにはそれが演技であることが見透かされていた。
「この魔法に防がれることは見てわかっていたはずだろ。だがお前は正面切って現れた。少なくとも勝算がある。違うか?」
「いやぁどうだろうな。俺がそんなズル賢く見えるかい? 俺はただ格好良くスマートに正面から勝とうと思っただけさ!」
アルスが指を鳴らす。
すると、突然周りに複数の呪符が出現したかと思うと、一斉にウィルドへと放たれた。
「〈刻まれし呪い〉」
能力を発動させたアルスが、わざとらしく決めポーズを取るように指をウィルドへと向ける。
呼応するように全ての呪符がウィルドを襲うが、やはり効果は無いようで、先ほどと同様に魔法によって無力に吹き飛ばされてしまう。
「だから無駄だ。あのシャボン玉使いと同様、僕との相性は最悪。こんな紙切れは無力だ」
呪符を防ぎ切ったウィルドが空を切るように手を払うと、アルスへと突風が押し寄せた。
強風に飛ばされないように足に力を込め、地面を踏みしめ踏ん張るアルスだったが、耳に吹き荒れる風の音色が突然に変わる。
細く、強く、圧縮されたように研ぎ澄まされた風が刃のように空を切り進む。
風に歪む視界の一部にいくつかの斬撃が見えると、アルスはすぐ様に両腕を交差して防御の体勢を取った。
服を裂き、肌を斬るかまいたちのような風は、周りに浮かばせていた呪符をいともたやすく切断してしまう。
突風に動けず、ただ防御することしかできないアルスは耐え続けるが、寧ろ風の勢いは増していくばかりで、いつ肉体が壊されてもおかしくは無い状況だ。
そんな無力で脆い存在を見つめるだけであったウィルドだったが、彼が攻撃の手を止めないのには理由があった。
(硬いな。記憶者であることと、致命傷を与えないように威力を調節しているとはいえ、それを差し引いてもまるで効いていない。奴だけではない。記憶装置にも魔法は当たっているはずだが傷一つ付いてはいない)
ウィルドが疑問を持つのは当然だった。
彼の魔法はかまいたちの如く、圧縮された風で物質を切り裂くことができる。
この魔法で先ほどもルリのシャボン玉を全て破裂させ、記憶装置すら破壊していた。
だが、アルスの記憶装置はその時よりも遥かに強度を増している。
本来であれば既にアルスの肉はズタズタに傷つき、記憶装置を破壊することもできているはずだ。
――何かがおかしい。
ウィルドの中で疑問が大きく膨れ上がった時、突如として彼の肉体が硬直した。
「なっ⋯⋯に?」
この合同訓練において、初めてウィルドが動揺をみせた。
自身の肉体がまるで麻痺してしまったかのように小刻みに痙攣し、力が抜け、まともに動かすことができないのだ。
魔法を使うこともおろか、まともに呼吸をすることもままならないウィルドへと、アルスが急接近する。
「格好つけさせてもらうって言っただろ?」
アルスは既に呪符を手に持っている。
狙いは記憶装置。あの呪符を付けられれば、フゥのように杭によって破壊されてしまうだろう。そして、それはウィルドの敗北を表していた。
「ぐっ⋯⋯!」
ウィルドが口を動かす。
麻痺した肉体を無理やり動かすように力を入れ、声を振り絞る。
「〈モル・ダ⋯⋯バアイト〉!」
刹那、ウィルドの全身に風の渦が再び巻き起こった。
渦は先ほどよりも範囲を広げ、近づくアルスを巻き込み勢いよく吹き飛ばした。
「うわっ!?」
宙に浮き、落下していく感覚を味わうアルスは驚きつつも、記憶者によって強化された身体能力によって、無事に無傷で着地を決める。
「マジかよ。まさか魔法が間に合うなんて」
ゆっくりと立ち上がりながら前を向くアルスの目には、肩で息をするウィルドの姿。
彼は既に自由を取り戻したようで、少しだけ震える両手を見下ろしながら冷静になるように努めていた。
「ハァ、ハァ。危なかった。まさかコレを狙っていたのか⋯⋯?」
ウィルドは屈むと、自身の右足首にいつのまにか貼られていた一枚の呪符を掴んだ。
訓練開始直後で見つけた呪符。
フゥの記憶装置に貼られていた呪符。
そのどちらとも違う文字と模様の描かれたそれを見つめながら、ウィルドは理解した。
「お前の能力はひとつじゃない。いや、正確には能力にいくつもの効果がある。そういうことだな」
「あぁ、そうさ。俺の〈刻まれし呪い〉にはいくつか種類がある。本当は今ので勝つつもりだったんだけどな」
アルスは仕留め損ねた事実に苦笑いを零すが、打って変わるように、ウィルドは自身の慢心に静かな怒りを燃やしていた。
最後まで真面目に取り組む。
先ほどフゥに説教をしたばかりだというのにも関わらず、心の奥底では自分こそがどこかで〈月華の兎〉を見くびっていた。
その結果がこれだ。
間一髪、脱落は免れたものの、一手遅れていればどうなっていたか。ウィルドは己の不甲斐なさを強く恥じたが、冷静に切り替えるべく、ひとつひとつ相手の実力を分析していく。
「能力だけじゃない。お前は僕の弱点を見極めていた。同時に使える魔法が一種類だということ。そして、魔法を使用した後に再び魔法を使うのにほんの一瞬の隙があることを」
魔法師には明確な弱点がある。
魔法を発動させる際、練り合わせた魔力を放つまで、再度マナを体に取り組むことができないのだ。
正確には、魔法の発動と、魔法の道筋を作り出すためにマナを空間に走らせる技術によって、取り込むだけの余裕が作れない、と言った方が正しいだろう。
全ての魔法師がそうというわけではないが、少なくとも、ウィルドはこれらの技術により魔法の同時発動ができず、次の魔法を放つのにも一瞬の隙が生まれてしまっていた。
その弱点を、アルスは明確に見抜き、隙を突き、記憶装置の破壊を目論んでいたのだ。
「魔法を攻撃に使えば風の渦は消えて無防備になる。その隙に肉体の自由を奪う札を使い、僕の記憶装置を破壊する算段だった。だが何故僕の弱点を知っていた?」
「昔、精霊が見える知り合いがいてさ。いろいろあって魔法については勉強してたんだ。こんな形で役に立つとは思わなかったけどな」
アルスは再び指を二本立てると、ウィルドへと言い放った。
「次は決めさせてもらうよ。多分、君が一番強いんだろ? ここで脱落させれば、まだ俺たちに勝ち目はあるってわけだ」
「悪いが次は無い。同じ手が僕に通用するとでも?」
息を整えたウィルドは真剣な表情で再び魔法を発動させる。
自身を中心に渦巻く強風。
この魔法がある限り、ウィルドに敗北はあり得ない。
「この魔法を維持したままお前を脱落させる。やり方ももうできている」
「へぇ、奇遇だね。俺も丁度いい作戦を思いついたところさ」
強風に身体が押し戻されるような感覚を味わいながらも、アルスの目は力強く、大きく開かれていた。




