第20話 合同訓練⑩
「――と、いうのがボクの作戦です」
「⋯⋯フィト。本気で言ってるの?」
お互いにしか聞こえない声量で、端的に作戦の内容を話し終えたフィトへと、ティアナが確認する。その声色には呆れにも似た感情が込められていた。
「当然です。これ以上に完璧な作戦はありません」
「フィトって頭が良いのか悪いのか時々わからなくなるわ」
「何を言ってるんですか。ボクの頭はいつだって最強です!」
フィトは自信満々にそう告げると、ティアナの返事を聞くことも無く、オーロラへ向かって真正面から走り出す。
傍から見れば無謀な突撃だ。
だが、オーロラに油断は無い。自身へと向かうフィトに対し、能力で生み出した三体の分身を仕向けた。
(何か話していたようですし、無策というわけはありませんわ。ここは確実に記憶装置を破壊して脱落させます!)
全ての分身が手刀を構える。
その間に、能力者本人であるオーロラは、高速に回転する鏡の破片を宙に浮かばせた。
いかに回避の得意なフィトといえども、目の前から同時に襲い掛かれば全てを捌くことはできない。奇跡的に記憶装置を守れたとしても、間髪入れずに破片を差し込めばよいだけ。どう足掻いてもフィトに勝機は無い――そのはずだった。
「ッ⋯⋯!」
オーロラの全身に緊張が走る。
理由はただひとつ。
今にも分身体の手刀が振り降ろされるというのにも関わらず、フィトが強気に笑っていたのだ。
己を奮い立たせるため。
敵を欺くため。
否、そのどれもが違う。彼女の笑みと瞳には、確固たる自信が見てとれた。
「出力二十パーセント⋯⋯」
フィトが魔力を両の拳に込め始める。
オーロラの分身に耐久力がないことは既にわかっていた。
だからこそ、今のフィトは魔力を極力込めてはいない。最小限の力でも、オーロラの能力に打ち勝つことができるからだ。
それが弱点のひとつ。
あくまで分身体は攻撃ではなく、破壊された時に真価を発揮する。
分身を破壊した威力をそのまま相手に跳ね返すことを目的としているため、耐久力も低くなっているのだ。さらに、攻撃手段も手刀のみ。本体のオーロラのように鏡の破片を操ることはできない。
そして分身体には、破壊されると次に生成するまでに、ある程度の時間を有してしまうという最大の弱点があった。
魔獣の咆哮によって、全ての分身体が破壊された後、オーロラは新たな分身を生み出さずにフィトと戦っていた。能力を使用すれば、簡単に数の有利を作れるのにも関わらず、即座に分身を生み出さなかったのだ。
つまり、強力な分身体は手軽に扱うことのできる能力ではない。
そう結論付けたフィトはとある作戦を思いついた。
「〈激鱗〉!」
フィトは拳に纏った魔力を圧縮させると、オーロラの分身へと乱打を繰り出した。
手刀を砕き、身体を貫き、顔を胸を足を粉々にする。
一瞬にして三体の分身体を破壊したフィトが、驚いて硬直するオーロラへと言い放った。
「全部の分身を同時に壊せば暫くは出せないんですよね? 後は近づいて叩くだけです!」
「正気ではありませんわ! 今の攻撃は全て跳ね返ってくるのですよ!?」
「問題ないですよ。だって⋯⋯」
と、そこでフィトは再び両手に魔力を流し始める。
「ボクの拳はボクが一番知っています!」
目の前で瞬く白い光の束へと、フィトが拳を放つ。
「〈激鱗〉!」
相殺するように、反射されたエネルギーへと次々にぶつけられるフィトの拳。
敢えて反射された攻撃には魔力を多くは込めなかったとはいえ、全てを捌き切るのは本来至難の業だ。だが、フィトは合計三度の反射を経験したことにより、どのような角度・速度で自分の攻撃が返ってくるのかを完璧に見極めていた。
並外れたセンスと絶対的な自信。
それらが合わさって初めて成立する攻略方法ではあったが、決して褒められたものではない。寧ろ、頭のネジが飛んでいなければ実行に移すはずの無い方法だった。
そんな光景を目の当たりにしたデビラが思わず絶句する。
「嘘でしょ。どんな脳筋プレイ? ふつー思いついてもしないでしょ」
「えぇ、本当に。でもお陰で道はできたわ」
ゾクリ。
背中が凍る程に冷たく、心臓が圧迫されるような覇気を感じ、デビラが咄嗟にティアナの方を見た。
腰に差された真っ白な宝剣。
その柄を右手で握るティアナからは、ただならぬ気配が溢れだしていた。
(⋯⋯ただのメモリーだとは思っていなかった。だからいつ使うのかを警戒もしていた。けど、これはヤバイ。ウチと同じメモリアル! それも別格!)
相対するだけでわからされる。
空間を裂くような、重力が増したような途轍もない程の存在感と威圧感が、デビラへと無意識に死を予感させた。
次の瞬間にはこの世には居ないと錯覚させるほどの圧に、デビラが初めて大きく距離を取った。
数メートルも後方へと逃げ出すように飛び退いたデビラは、次のティアナの一手へと全神経を研ぎ澄ます。だが、この時点で彼女は既に策に嵌っていた。
「必ず退いてくれると信じていたわ」
次の瞬間、ティアナはデビラに背を向けると、メモリアルの力を足へ伝え、目にも止まらぬ速度で前方へと跳躍した。
「なっ!?」
やられた、とデビラが自覚した時には、既にティアナはオーロラの真横に着地していた。
ティアナは未だディアティール家に伝わる伝説のメモリアルを扱い切れてはいない。剣を抜くことはできても、力を制御し、相手を傷つけずに扱うことはできないのだ。
振るえば迷宮攻略時のように、全てを無に帰してしまうだろう。
だからこそ、ティアナは当初この訓練でメモリアルを使うことを考えてはいなかった。
だが、フィトの作戦を聞いた時、ひとつの可能性を見出した。
メモリアルは能力を使用せずとも、強大な力を身に纏うことができる。身体能力の向上。それは人工のメモリーとは比較にならない程の力を使用者に与える。
今のティアナはあくまでもメモリアルからその力を引き出したに過ぎない。
柄から供給されるエネルギーを爆発させ、油断したオーロラへと一気に接近し、左手で人工のメモリーを使い記憶装置を破壊する。それが、フィトとティアナが編み出した策だった。
「終わりよ」
ティアナが剣を振り上げる。
一方のオーロラは完全に認識できておらず、本来得意とする能力による防壁も発動できていない。いや、仮にティアナを認識できていたとしても、この距離まで近づかれてしまった以上、防壁を展開する時間などなかっただろう。
勝利を確信し、ティアナが記憶装置へと今まさに剣を振り下ろそうとした。その刹那――、
ガンッ、という鈍い音がティアナの動きを止めた。
「え⋯⋯?」
驚くティアナ。
彼女の真横を浮遊していた記憶装置が、突如として破壊されたのだ。
突然の事態に攻撃ができず、立ちすくむティアナだったが、地面に転がり動くことのなくなった記憶装置を見下ろした時、自分が敗北したことを痛感した。
『——報告。記憶装置の破壊を確認。〈月華の兎〉所属ティアナ。脱落!』
耳に装着した記憶装置から流れるリリィの音声に、ティアナは疲れたように座り込んだ。
「あともう少しだったのにぃー!」
剣を手放し、木に背を預けたティアナが悔しそうに顔を手で覆った。
その姿を真横で見ていたオーロラは、ほっと胸を撫で下ろしたが、地面を転がる記憶装置の中心を貫くようにして空く穴を見て、恍惚とした表情を浮かべた。
「オルティシア様⋯⋯!」
オーロラが視線を向けた先。
肉眼では確認できないが、そこには確かにオルティシアが居るという確信があった。
(今のは銃弾。遠距離型の能力。ティアナが脱落した今、ボクが取るべき行動はひとつ)
全てを目撃していたフィトが思考を巡らす。
ティアナの記憶装置を破壊したのは、鉛の弾丸だった。
だが銃声はしなかった。つまり、かなり離れた位置からの狙撃ということになる。さらには高速で動いたティアナの傍に浮かぶ、決して大きいとはいえない記憶装置へと着弾させた実力。それらの情報がフィトの脳でまとまった時、既に彼女は銃弾の放たれた方向へと走りだしていた。
(この訓練で一番の脅威は間違いなくこの記憶者ですね。大体の位置がわかった今、大きく移動される前に叩く!)
これが恐らく最善だ。
デビラとオーロラを相手にひとりで挑んでも勝ち目はない。ならば、小柄な体を活かせる機動力とスピードでこの場を離脱し、遠距離の記憶者を仕留めるべきだ。それが、フィトの考えだった。
「お待ちなさい! オルティシア様のところへは行かせませんわ!」
自分を無視して走るフィトの背中へと、オーロラが鏡の破片を飛ばそうとする。だが、いつの間にか近づいていたデビラの手によって止められてしまう。
「もういいよオーロラ。ウチらは十分楽しんだっしょ」
「で、ですがこのままではオルティシア様が⋯⋯」
「それこそ大丈夫だって。オルタがあんな記憶者でもない奴に負けるわけないし」
デビラは満足したように背を伸ばすと、装着していたメモリーを両手から外した。
「あとはオルタたちがどうにかしてくれるっしょ。ウチらは訓練終わるまでテキトーに駄弁ってよ」
「随分余裕そうね貴方たち」
戦闘を終え、乱れた髪の手入れを始めたデビラへと、ティアナが語り掛ける。
「言っておくけどフィトは強いのよ。それにひとり忘れてるんじゃない?」
ニヤリ、とティアナが不敵に笑う。
相手が油断し、メモリーまで手放しているこの状況を、彼が黙って見過ごすはずがなかった。
「今よリオティス! 貴方の実力を見せつけるのよ!」
「まさか⋯⋯!?」
デビラが身構える。
少しの間武器を交えただけの相手ではあったが、リオティスが抜け目のない男であることは知っていた。魔獣を倒した後、あえて息を潜めて潜伏する。そして、相手が完全に油断した瞬間を襲うことなど、リオティスには造作も無いことだ。
警戒するように辺りを見渡すデビラとオーロラ。
だが、どれだけ時間が経過しても、リオティスが現れる気配は無かった。
「え、あれ。ど、どうしたのリオティス? いつもの貴方なら絶対いるはずなのに!」
当てが外れ、困惑するティアナをデビラが楽し気に見下ろした。
「どうやら逃げたみたいだねアイツ。それはそれで賢い判断じゃん? でさでさ! ルテアの能力で移動させられるまでもうちょい時間あんよね? ちょーと話そうよ! 名前は? 髪超ツヤツヤ! 肌も綺麗だし、めちゃ羨ま! 化粧品何使ってんの? 食事は? その体キープすんのに何かしてる?」
「え、ちょ、近い! それと髪触らないでよ!」
髪やら顔やら肌やらを触り始めるデビラの対応に困り、ティアナはオーロラへと助けを求めるように視線を向けた。
だが、オーロラは困ったように笑うだけだった。
「申し訳ございませんが諦めてくださいまし。デビラ様はこういうお人なので」
「そーいうわけ! 逃がさないかんね!」
デビラの瞳の奥が光る。
それはまるで、先ほど現れた魔獣が獲物を見つけた時と同じようだった。
「ッ⋯⋯! もうっ! リオティスの馬鹿ぁ!」
全てに疲れ切ってしまったティアナには、リオティスに対する恨み言を叫ぶことしかできなかった。




