第6話「転生ヒロインは、悪役令嬢の断罪イベントを再現しました。」
「だって、セレスティアは悪役令嬢でしょう!」
私がそう叫ぶと、審問室が静まり返った。向かいに座る審問官は、困ったように眉を寄せた。
「それは、どのような意味ですか」
「だから! 悪役令嬢なんです! ヒロインをいじめて、最後には断罪される役なの!」
「……つまり、セレスティア公爵令嬢が国家反逆を企てたという証拠はないのですね」
「そうじゃなくて!」
どうして誰もわかってくれないのだろう。
ここは乙女ゲームの世界。私は、そのヒロイン。そしてセレスティアは、私の恋を邪魔する悪役令嬢。
そんなの、最初から決まっていることなのに。
◇
私が前世の記憶を取り戻したのは、十歳のときだった。
高熱を出して三日間寝込み、目が覚めた瞬間に思い出した。日本で暮らしていたこと。乙女ゲームが大好きだったこと。そして、この世界が前世で遊んだ乙女ゲームによく似ていること。
ゲームのタイトルは『花冠の誓い』。王立学院を舞台に、男爵令嬢のヒロインが五人の攻略対象と恋をする物語だ。
王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、教会の有力者の孫、そして大商会の跡取り息子。
ヒロインの前に立ちはだかるのが、公爵令嬢セレスティアだった。
ゲームの中の彼女は、ヒロインをいじめる意地悪な婚約者だった。最後には悪事が暴かれ、王太子から婚約破棄を言い渡される。
私は興奮した。だって、私がヒロインなのだ。前世では平凡な人生だったけれど、今度こそ王子様と結ばれることができる。
私はゲームの知識を使い、攻略対象たちと親しくなった。
王太子殿下には、誰よりも素直に接した。
宰相の息子には、努力家だと褒めた。
神官の青年には、信仰心の深さを称えた。
騎士団長の息子には、強くて頼りになると伝えた。
商会の跡取り息子には、贈り物を喜んでみせた。
みんな、私に優しくしてくれた。攻略は順調だった。
ただ一つ、問題があった。
セレスティアが、私をいじめてこなかったのだ。
◇
最初は、私も待っていた。
ゲームでは、セレスティアが私の教科書を隠すはずだった。けれど、何も起こらなかった。
次は、階段から突き落とそうとするイベント。これも起こらなかった。
王太子殿下と私が親しくなれば、嫉妬して嫌がらせを始めるはずだった。しかし、セレスティアはいつも穏やかだった。私が殿下と話していても、注意するだけで怒らない。
「ミリア嬢。殿下には婚約者がおります。誤解を招く行動は控えたほうがよろしいでしょう」
そう言われたとき、私は腹が立った。
何よ。やっぱり私の恋を邪魔するんじゃない。
しかも、ゲームならここで意地悪な言葉を浴びせるはずなのに、彼女はそれ以上何も言わずに立ち去った。
私は困った。これでは、断罪イベントに必要な証拠が集まらない。
そこで、私は考えた。
イベントが起こらないなら、自分で起こせばいい。
ゲームの結末は決まっているのだ。少しくらい過程を変えても、問題ないはずだった。
私は王太子殿下に相談した。
「セレスティア様に、ひどいことを言われたんです」
「何だと!」
「身分の低い女が殿下に近づくなって……」
もちろん、そんなことは言われていない。でも、ゲームのセレスティアなら言うはずの台詞だ。
私は、起こるはずだった出来事を少し早く伝えただけ。
殿下は怒ってくれた。
「許せん! 私が守ってやる!」
私は嬉しかった。やっぱり、これが正しい展開なのだ。
それから私は、少しずつ話を大きくしていった。
教科書を隠された。廊下で突き飛ばされた。悪い噂を流された。
もちろん、全部嘘だった。でも、セレスティアは悪役令嬢なのだから、これくらいは当然やっているはずだ。
ゲームのイベントを再現しているだけ。私はそう考えていた。
ところが、困ったことが起きた。セレスティアが、私の話をすべて学院に報告していたのだ。
学院の教師たちは調査を始めた。私が教科書を隠されたと言えば、教室にいた生徒全員から話を聞いた。廊下で突き飛ばされたと言えば、その時間に通った生徒を確認した。悪い噂を流されたと言えば、誰が最初に言い始めたのか調べた。
そして、いつも同じ結論になった。
「そのような事実は確認できませんでした」
私は焦った。こんなの、ゲームと違う。
悪役令嬢がうまく立ち回っているのだ。
私はそう思うことにした。
◇
転機になったのは、王太子殿下がセレスティアの反逆を疑い始めたことだった。
「ミリア。あの女は、私の命まで狙っているのではないか」
私は驚いた。ゲームでは、セレスティアの罪は嫌がらせだけだった。国家反逆なんて、聞いたことがない。
でも、考えてみれば悪役令嬢なのだ。王太子殿下の命を狙うくらい、やっていてもおかしくない。
私は微笑んだ。
「殿下……実は、わたくしも怖いんです」
「何か知っているのか!」
「確かな証拠はありません。でも、セレスティア様なら……」
殿下の顔が険しくなった。
「やはり、そうか!」
私は少しだけ不安になった。国家反逆罪は、さすがに重すぎるのではないか。
けれど、すぐに思い直した。セレスティアは悪役令嬢だ。最後には断罪される運命なのだ。
それに、殿下が決めたことなら、私はヒロインとして支えるべきだろう。
私はほかの四人にも協力を求めた。
宰相の息子には、証拠を集めてほしいと頼んだ。
神官の青年には、神様もきっと私たちの味方だと話した。
騎士団長の息子には、私たちを守ってほしいと頼んだ。
商会の跡取り息子には、調査のための資金が必要だと伝えた。
みんな、喜んで協力してくれた。私は幸せだった。
これこそ、ヒロインの力だ。
そして迎えた、卒業パーティ。
王太子殿下がセレスティアに婚約破棄を宣言した。私は胸が高鳴った。ついに断罪イベントが始まったのだ。
ところが、国王陛下が現れた。そして、私たち六人を拘束するよう命じた。
私は呆然とした。
こんな展開、知らない。ゲームに、こんなイベントはなかった。
◇
「ミリア・ベルン男爵令嬢」
審問官の声で、私は我に返った。
「あなたは、セレスティア公爵令嬢から嫌がらせを受けたと、繰り返し訴えていましたね」
「はい!」
「しかし、学院の調査では、いずれも事実と認められていません」
「それは、セレスティアが悪役令嬢だからです!」
「その言葉は、証拠にはなりません」
私は唇を噛んだ。審問官は書類をめくった。
「では、質問を変えましょう。あなたは、教科書を隠されたと訴えましたね」
「はい」
「実際に隠されたのですか」
「……いいえ」
「廊下で突き飛ばされたという話は」
「……それも、違います」
「悪い噂を流されたという話は」
「……嘘です」
審問官は静かに頷いた。
「つまり、あなたは事実ではないと知りながら、繰り返し虚偽の申告をしていたのですね」
「でも、セレスティアは悪役令嬢なんです!」
「あなたがそう考えていたことと、虚偽の申告をしたことは別の問題です」
私は黙り込んだ。
審問官は続けた。
「王太子殿下が国家反逆を疑い始めた際も、あなたは具体的な証拠を持っていなかった」
「……はい」
「それでも、疑いを強める発言をした」
「……はい」
「なぜですか」
私は答えた。
「だって……そういう物語だから……」
「物語?」
「最後には、悪役令嬢が断罪されて、ヒロインが幸せになるんです」
審問官はしばらく私を見つめた。
「では、あなたは自分が幸せになるために、無実の公爵令嬢を罪人にしようとしたのですか」
「違います!」
私は叫んだ。
「私は、決められた結末に進もうとしただけです!」
「その結末のためなら、他人を犯罪者にしてもよいと?」
「……」
私は答えられなかった。だって、ゲームではそうだった。
悪役令嬢は断罪される。ヒロインは幸せになる。
それが正しい結末のはずだった。
審問官は書類を閉じた。
「あなたは、ほかの五人が信じた虚偽の話を、自分で作ったと認めました」
「……はい」
「そして、その話が国家反逆罪の告発に使われると知りながら、止めなかった」
「……はい」
「あなたの行為は、単なる思い違いではありません」
審問官は、はっきりと告げた。
「あなたは、自分が嘘をついていると知っていたのです」
◇
判決の日。
私は最後の希望を抱いていた。きっと、誰かが助けてくれる。
王太子殿下。宰相の息子。騎士団長の息子。神官の青年。商会の跡取り息子。
みんな、私を守ると言ってくれた。
なのに、法廷には誰もいなかった。
王太子殿下は、王位継承権を剥奪されていた。
宰相の息子は、禁錮刑に処された。
神官の青年は、教会の総本山へ送られた。
騎士団長の息子も、騎士になる資格を失っていた。
商会の跡取り息子は、国外追放となった。
私は震えた。誰も、私を助けに来ない。
裁判官が判決を読み上げた。
「ミリア・ベルン。虚偽の申告を重ね、無実の公爵令嬢に対する国家反逆罪の告発を主導した罪により、禁錮十年とする」
「十年……?」
私は呟いた。
「さらに、刑期を終えた後も、王都への居住を永久に禁じる」
私は耳を疑った。
「待ってください!」
思わず叫んだ。
「私、ヒロインなんですよ!」
法廷が静まり返った。
「ヒロインは、最後には幸せになるんです! そういう決まりなんです!」
誰も答えなかった。
「王太子殿下は! 殿下は私を愛してくださっていたはずです!」
裁判官は静かに告げた。
「王太子殿下の処分は、あなたの判決には関係ありません」
「そんな……!」
私は周囲を見回した。誰も、私を助けてくれなかった。
「こんなの、おかしい……」
私は泣きながら呟いた。
「ヒロインが牢屋に入るなんて、そんなエンディング、あるはずないのに……」
誰も答えてくれなかった。
私は必死に思い出そうとした。
どこで選択肢を間違えたのだろう。どの攻略対象の好感度が足りなかったのだろう。どうすれば、正しいエンディングに戻れるのだろう。
けれど、どれだけ考えても答えは出なかった。
私の前には、十年間の刑期が待っていた。
そして、その十年間をやり直すための選択肢は、どこにもなかった。




