第4話「騎士団長の息子は、権限もなしに騎士に命令をしました。」
「なぜだ! お前たちは、私が呼んだ騎士だろう!」
卒業パーティの大広間で、私は叫んだ。
目の前には、十数名の騎士たち。
私が手配し、私の命令を受けて配置についた者たちだ。
その騎士たちが、なぜか私を取り囲んでいる。
「拘束するのはセレスティアだ! 私はそう命じたはずだ!」
しかし、騎士たちは動じなかった。
そして父上――王国騎士団長が、静かに告げた。
「その者たちに命じたのは、お前ではない。私だ」
「……何?」
私は耳を疑った。
◇
私は幼い頃から、騎士になることを夢見ていた。
父上は王国騎士団長。
王国の武力を預かる、誰もが尊敬する騎士だった。
私はそんな父上を誇りに思い、剣術も馬術も懸命に学んだ。
学院に入学してからも、鍛錬を欠かさなかった。
いずれ父上の後を継ぎ、王国騎士団を率いる。
それが私の目標だった。
だからこそ、王太子殿下に仕えることも当然だと思っていた。
将来の国王を守るのは、将来の騎士団長の役目だ。
そんな私の前に、ミリア嬢が現れた。
「セレスティア様が、王太子殿下を亡き者にしようとしているんです!」
彼女は怯えた様子で訴えた。
私は怒りを覚えた。
王太子殿下の命を狙うなど、許されるはずがない。
「安心しろ。私が必ず守る」
「ありがとうございます!」
ミリア嬢は涙を浮かべた。
私は誇らしかった。
騎士とは、弱い者を守る存在だ。
そして王国の平和を脅かす者を、剣によって排除する存在でもある。
私はすぐに行動した。
まず、学院にいる騎士見習いたちへ声をかけた。
「王太子殿下の安全を守るため、協力してほしい」
彼らは困惑した。
「しかし、正式な命令がありません」
「私が命じている」
「ですが、あなたはまだ騎士団に所属しておりません」
私は眉をひそめた。
「私は騎士団長の嫡男だぞ」
「それは存じていますが……」
「将来、お前たちを率いる立場になる。その私が、王太子殿下の安全を守れと言っているのだ」
それでも、彼らは動かなかった。
私は失望した。
王国の騎士を目指す者たちが、王太子殿下の危機を前にして何もしない。
これでは国を守れないではないか。
父上に相談した。
「父上。王太子殿下を守るため、騎士を動かしたいのです」
「誰から守るのだ」
「セレスティア嬢です。反逆を企てています」
「証拠はあるのか」
「王太子殿下が、そう判断されています」
父上は首を横に振った。
「それは証拠ではない」
「ですが!」
「王太子殿下に危険があるなら、正式な手続きを経て警護を強化する。お前が騎士を動かす必要はない」
「私は将来、騎士団長になるのですよ!」
「今は学生だ」
父上の言葉に、私は唇を噛んだ。
「騎士団長の息子であることと、騎士を指揮する権限があることは違う。覚えておきなさい」
私は納得できなかった。
確かに、まだ正式な騎士ではない。
だが、王太子殿下を守るために必要な行動まで制限されるのはおかしい。
私は王太子殿下に相談した。
「騎士たちが動きません」
「何だと!」
「父上も、正式な手続きが必要だと……」
「そんな悠長なことを言っている場合か!」
殿下は憤慨した。
「お前は将来の騎士団長だろう! 今から騎士たちを動かせなくてどうする!」
私は胸を張った。
「お任せください!」
王太子殿下が認めてくださった。
ならば、私の判断は間違っていない。
私は再び父上に掛け合った。
「卒業パーティで、セレスティア嬢を拘束する必要があります」
父上は私をじっと見つめた。
「拘束する理由は」
「王太子殿下への反逆です」
「正式な逮捕命令はあるのか」
「ありません。ですが、殿下が直々に告発なさいます」
「それで騎士を動かせると思っているのか」
「王太子殿下の命令です!」
父上は深く息を吐いた。
「……わかった」
私は顔を上げた。
「では!」
「卒業パーティの会場に、騎士を配置することは許可する」
「ありがとうございます!」
私は歓喜した。
ついに父上も、王太子殿下の正義を理解してくれたのだ。
「ただし、覚えておけ」
父上は厳しい表情で告げた。
「お前には、彼らへの指揮権はない」
「承知しております!」
私は即答した。
今は正式な騎士ではない。
しかし、父上が配置を許可してくれた以上、私の要請に応じてくれるはずだ。
私はその日のうちに、会場警備の騎士たちへ指示を出した。
「卒業パーティで、セレスティア嬢を拘束する。私が合図したら動いてくれ」
騎士たちは静かに聞いていた。
「承知しました。会場には配置につきます」
私は満足した。
これで準備は整った。
◇
そして、卒業パーティ当日。
王太子殿下が、セレスティア嬢に婚約破棄と国家反逆罪の告発を宣言した。
私は殿下の隣に立ち、騎士たちへ告げた。
「必要なら、騎士たちに命じてこの場で拘束する!」
壁際には、私が手配した十数名の騎士たちが整列している。
完璧だった。
王太子殿下が反逆者を告発し、私が騎士たちを指揮して拘束する。
将来の国王と騎士団長にふさわしい、見事な連携だ。
ところが、国王陛下はセレスティア嬢の拘束を認めなかった。
それどころか、私たち六人の発言を確認し、書記官に記録させた。
そして、こう命じた。
「騎士たちよ。六名を拘束せよ。身柄は王城で預かる」
私は耳を疑った。
騎士たちが、一斉に動いた。
こちらへ向かってくる。
なぜだ。
拘束するのはセレスティア嬢のはずだ。
「待て! 貴様ら、何をしている!」
私は叫んだ。
「お前たちは私が手配した騎士だろう!」
しかし、騎士たちは足を止めなかった。
父上が静かに告げた。
「その者たちは、確かにお前の要請で配置された」
「だったら、なぜ!」
「私が許可したからだ」
「……何?」
「お前が軍人にどのような命令を出すのか、直接確認するためにな」
私は言葉を失った。
「彼らには事前に命じてある。お前の要請には応じ、違法な命令には従わず、その内容をすべて記録せよ、と」
「そんな……!」
父上は騎士たちへ視線を向けた。
「お前たちが従うべき命令は、誰のものだ」
「国王陛下と、正式な指揮系統にある上官の命令です!」
騎士たちの声が響いた。
「よろしい。陛下のご命令を遂行せよ」
「はっ!」
私は必死に叫んだ。
「ふざけるな! 私は騎士団長の息子だぞ!」
「だから何だ」
父上の声は冷たかった。
「お前には、最初から一兵卒を動かす権限すらない」
騎士たちが私の両腕を取った。
私は抵抗しようとした。
しかし、相手は正式な訓練を受けた騎士たちだ。
学生の私が、敵うはずもなかった。
私は、王太子殿下を守ろうとしただけなのに。
なぜ、こんなことになったのだ。
◇
卒業パーティから五日後。
私は王城の審問室で、父上と向かい合っていた。
机の上には、数枚の記録が並んでいる。
「これは、卒業パーティ前にお前が騎士たちへ出した指示の記録だ」
父上は一枚を指さした。
「『セレスティア嬢を拘束する。私が合図したら動け』。間違いないな」
「……はい」
「正式な逮捕命令はあったか」
「ありません」
「国王陛下の許可は」
「……ありません」
「私の命令は」
「会場への配置を許可する、というものでした」
父上は頷いた。
「そのとおりだ」
私は顔を上げた。
「ですが、王太子殿下が!」
「王太子殿下は、お前に騎士団の指揮権を与えられる立場ではない」
「王太子殿下なのですよ!」
「そうだ。王太子殿下だ。国王陛下ではない」
父上は静かに続けた。
「そして、たとえ国王陛下の命令であっても、騎士には法に従って行動する責務がある」
私は唇を噛んだ。
「お前は、正式な命令もなく、無実の公爵令嬢を拘束させようとした」
「私は、殿下を守るために!」
「守るためなら、何をしてもよいのか」
「……」
「騎士とは、剣を持つ者だ。その剣が誰の命令で、何のために振るわれるのか。そこを誤れば、騎士団はただの武装集団になる」
父上は私をまっすぐに見つめた。
「お前は、騎士団を自分の都合で動かそうとした」
「違います! 王太子殿下のためです!」
「王太子殿下のためであっても、違法な命令は違法だ」
私は何も言えなかった。
父上は新たな書類を取り出した。
「騎士たちは、お前から受けた指示をすべて記録している」
そこには、私が発した言葉が細かく記されていた。
日時。
場所。
拘束対象。
命令の内容。
そして、私が正式な指揮権を持たないことを認識していたという記録。
「彼らは全員、正式な証人として証言している」
私は震えた。
「……父上は、最初から私を捕らえるつもりだったのですか」
「違う」
父上は首を横に振った。
「私は、お前に何度も警告した。正式な権限を持たない者が騎士を動かしてはならないと」
「……」
「それでもお前は、騎士を集めようとした。だから私は、部下が違法な命令に巻き込まれないよう、先に手を打った」
私は顔を伏せた。
父上は、私を助けるために騎士を配置したのではない。
騎士たちを守るために、私の要請を利用したのだ。
「お前が卒業パーティで何もしなければ、彼らは通常の警備を終えて帰るだけだった」
父上の言葉が響いた。
「だが、お前は自らの意思で、無実の人間を拘束するよう命じた」
私は何も言えなかった。
「本日、王国の裁判所から判決が下された」
父上は書類を開いた。
「無権限での軍事指揮、違法な拘束命令、国家反逆罪の虚偽告発への加担。これらの罪により、禁錮三年とする」
「三年……」
「さらに、今後一切、王国の騎士団および軍への所属を禁じる」
私は顔を上げた。
「……何ですって?」
「お前は、騎士になれない」
頭が真っ白になった。
「そんな……父上! 私は幼い頃から、騎士になるために!」
「知っている」
「剣術も馬術も、誰より努力してきました!」
「知っているとも」
父上の声は静かだった。
「だからこそ、残念だ」
私は椅子に崩れ落ちた。
騎士になるために、すべてを捧げてきた。
王太子殿下を守り、王国を守る。
そのために努力してきた。
だが、私は騎士になる資格を永久に失った。
「父上……もう一度だけ、機会を……」
「機会は何度も与えた」
父上は首を横に振った。
「お前がそれを使わなかったのだ」
私は何も言えなかった。
王太子殿下を守ろうとした。
騎士団を率いようとした。
その結果、私は騎士になる資格を永久に失った。
私が呼び集めた騎士たちは、最後まで正しく職務を果たした。
ただ一人、騎士になろうとしていた私だけが、騎士の務めを理解していなかったのだ。




