第2話「宰相令息は、反逆の証拠を捏造しました。」
「父上! 私は王太子殿下のために働いたのです! なぜ罪人として扱われなければならないのですか!」
私は王城の審問室で、思わず声を荒らげた。
卒業パーティで拘束されてから三日。
ようやく父上と面会できたと思ったら、告げられたのは証拠捏造と虚偽告発への加担という嫌疑だった。
意味がわからない。
私は宰相家の嫡男だ。
幼い頃から次代の宰相となるべく教育を受け、学院でも優秀な成績を収めてきた。
王太子殿下を補佐し、国家に尽くす。
それが私の使命だったはずだ。
「王太子のためなら、何をしても許されると思っていたのか」
父上は机を挟んだ向こう側で、静かに問いかけた。
「もちろん、そのようなことは考えておりません!」
「では、なぜ存在しない証拠を作った」
「存在しないのではありません! セレスティア嬢が反逆を企てた証拠です!」
「その証拠を、お前自身が作成したのだろう」
「……それは」
私は言葉に詰まった。
確かに、書類は私が作った。
だが、それには理由がある。
◇
始まりは、ミリア嬢の訴えだった。
「セレスティア様は、王太子殿下を亡き者にしようとしているんです!」
彼女は震える声で、そう告げた。
王太子殿下は激怒した。
「なんということだ! やはりセレスティアは反逆者だったのか!」
私は冷静に考えた。
公爵令嬢が王太子に反逆する。
それが事実なら、国家の一大事だ。
しかし、証拠が必要になる。
「ミリア嬢。具体的な証拠はありますか」
「あります! セレスティア様が、王太子殿下を排除する計画を立てているんです!」
「その計画書は?」
「まだ見つかっていません。でも、絶対にあるはずです!」
私は頷いた。
証拠が見つかっていないだけなら、探せばいい。
そこで私は、宰相家の伝手を使って調査を始めた。
ところが、いくら調べても何も出てこなかった。
公爵家の資金移動に不審な点はない。
王太子への襲撃計画もない。
不穏な書簡も存在しない。
それどころか、公爵家は王家に対して忠実に義務を果たしていた。
私は困惑した。
これでは、ミリア嬢の訴えを証明できない。
そんなとき、王太子殿下が私に命じた。
「証拠を用意しろ」
「しかし殿下。調査では何も発見できませんでした」
「セレスティアが証拠を隠したのだろう!」
「その可能性はありますが……」
「ならば、我々が真実を明らかにすればよい!」
私は考えた。
確かに、証拠が存在しないからといって、反逆の意図まで存在しないとは限らない。
そして王太子殿下は、セレスティア嬢が反逆者だと確信している。
ならば、将来の宰相として殿下を支えるのが私の役目だ。
私は書類を作成した。
公爵家が反逆のために資金を集めているという報告書。
王太子暗殺を計画しているという密告書。
さらに、それらを裏づけるための調査記録。
いずれも、実際には存在しない情報だった。
だが私は、そこに記された内容こそ真実だと信じていた。
王太子殿下が正しいと判断したのだから。
父上に知られたのは、その直後だった。
「お前は何をしている」
執務室に呼び出された私は、作成した書類を見せた。
「セレスティア嬢の反逆を証明する資料です」
父上は一枚ずつ目を通した。
そして、顔色を変えた。
「これは誰が作成した」
「私です」
「原本はどこだ」
「ありません」
「証言者は」
「まだ確保しておりません」
「では、この内容を裏づける事実は何だ」
「王太子殿下のご判断です」
父上は長い間、黙っていた。
そして、私に告げた。
「この書類は使用するな。直ちにすべて提出しなさい」
「しかし!」
「命令だ」
私は納得できなかった。
父上は、王太子殿下を支える宰相のはずだ。
なぜ殿下の正義を理解しないのか。
だから私は、書類の写しを密かに保管した。
そして卒業パーティで、それを正式な証拠として提出することにした。
父上も、完成した証拠を見れば理解してくれるはずだった。
◇
「つまり、お前は私の命令に背き、虚偽の書類を正式な証拠として提出したのだな」
父上の言葉に、私は顔を上げた。
「虚偽ではありません!」
「では聞こう。公爵家が反逆資金を集めたという記録は、どこから入手した」
「私が作成しました」
「王太子暗殺計画の密告書は?」
「私です」
「調査記録は?」
「それも私です」
「実際に調査を行った者はいるのか」
「……おりません」
父上は頷いた。
「では、それらはすべて、お前が事実を確認せずに作成した書類ということだ」
「ですが、内容は正しいはずです!」
「正しいはず、か」
父上は机の上に一枚の書類を置いた。
「これは公爵家に対する正式な調査結果だ。資金の流れ、関係者の証言、王城への出入りの記録。すべて確認した」
私は書類を手に取った。
そこには、セレスティア嬢が反逆を企てた証拠は存在しないと記されていた。
「そんな……」
「調査を行ったのは王国の正式な監察官だ。お前の書類とは違い、すべての記録に裏づけがある」
「しかし、ミリア嬢は!」
「ミリア嬢の証言も調査した。裏づけは一つもなかった」
私は唇を噛んだ。
「それでも、王太子殿下が……」
「王太子が何だ」
父上の声が、初めて厳しくなった。
「王太子が白を黒と言えば、白いものが黒くなるのか」
「それは……」
「宰相の仕事は、王太子の言葉を無条件に正当化することではない。国家が誤った判断をしないよう、事実を確認することだ」
父上は私をまっすぐに見つめた。
「お前は、その最も基本的な責務を放棄した」
私は何も言えなかった。
父上は続けた。
「しかも、お前は単に間違えたのではない。存在しない事実を、存在するかのように書類へ記した。これは証拠の捏造だ」
「……」
「さらに、私が使用を禁じた後も、その写しを保管し、成人した当日に正式な証拠として提出した」
私はようやく理解し始めていた。
父上が怒っているのは、セレスティア嬢への告発が失敗したからではない。
私が、国家の記録そのものを偽ったからだ。
「父上……私は……」
「お前が提出した書類には、宰相府の印章はなかった」
「当然です。まだ正式な手続きを経ておりませんから」
「では、なぜそれを国家反逆罪の証拠として提出した」
「私が調査したからです!」
父上は黙って私を見つめた。
「私は宰相家の嫡男です! 将来は父上の後を継ぐ身です! 私の調査結果が、そこらの学生の証言と同じ扱いになるはずがありません!」
「なるほど」
父上は静かに頷いた。
「では聞こう。お前は現在、宰相府の官吏か」
「……いいえ」
「王国の監察官か」
「違います」
「国王陛下から調査権限を与えられたか」
「……いいえ」
「では、お前は何者だ」
「宰相家の嫡男です!」
「そうだ。お前は宰相家の嫡男にすぎない」
父上は机に置かれた書類を指さした。
「私が宰相であることと、お前の作った書類が正しいことに、何の関係がある」
私は答えられなかった。
「お前は私の権威を借りれば、存在しない事実まで証拠にできると思ったのか」
「私は……」
「宰相家の信用とは、家族が自由に使える財産ではない。代々の当主が職責を果たしてきた結果だ」
父上の声が冷たくなった。
「お前は、その信用を使って無実の公爵令嬢を反逆者に仕立て上げようとした」
その言葉が、胸に突き刺さった。
私は宰相家の嫡男だ。
だからこそ、自分の調査結果には価値があると信じていた。
そして、その立場を利用した。
「お前には、三度警告した」
父上は静かに告げた。
「最初は調査の不備を指摘した。次に書類の使用を禁じた。最後には、卒業パーティで告発を行えば重大な罪になると説明した」
覚えている。
すべて、覚えている。
それでも私は、父上が間違っていると思っていた。
「お前はすべて無視した。そして成人した後、自らの意思で偽造した証拠を提出した」
父上は新たな書類を取り出した。
「本日、王国の裁判所により判決が下された」
私は顔を上げた。
「証拠捏造、虚偽告発への加担、宰相家の権威を利用した権限詐称。これらの罪により、禁錮五年とする」
「五年……!」
私は椅子から立ち上がりかけた。
しかし、扉の前に立つ騎士が一歩進み出たため、動きを止めた。
「さらに、刑期終了後も王国の官職に就くことを禁じる」
頭が真っ白になった。
「官職に……就けない?」
「そうだ」
「では、私は……宰相には……」
「なれない」
父上は、はっきりと告げた。
「お前を宰相家の後継者からも外す。家督は弟に継がせる」
弟。
まだ学院に通っている、あの弟が。
私の代わりに、宰相家を継ぐ。
「そんな……父上! 私は幼い頃から、宰相になるために!」
「知っている」
「そのために、どれほど努力してきたか!」
「知っているとも」
父上の声は穏やかだった。
「だからこそ、残念だ」
その言葉が、何よりも辛かった。
父上は怒鳴らなかった。
私を罵倒することもなかった。
ただ、もう私には宰相家を任せられないと判断していた。
「父上……もう一度だけ、機会を……」
「機会は何度も与えた」
父上は首を横に振った。
「お前がそれを使わなかったのだ」
私は椅子に崩れ落ちた。
王太子殿下のために働いた。
将来の宰相として、正義を実現しようとした。
その結果、私は宰相になる資格を永久に失った。
父上は立ち上がった。
「連れていきなさい」
「はっ」
騎士が私の両脇に立つ。
私は抵抗しなかった。
もう、何も言えなかった。
廊下へ出ると、窓から明るい日差しが差し込んでいた。
遠くには、王都の街並みが広がっている。
かつて私は、あの王都を支える宰相になるつもりだった。
今、その未来は失われた。
私自身の手によって。
背後で、審問室の扉が閉まった。
それは、私が生涯をかけて目指してきた場所への扉が、永久に閉ざされた音のように聞こえた。




