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【連載版】追悼の旋律―ある音楽家の生涯  作者: 祐貴


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第二楽章:緩楽章――会えないパトロンと秘密の手紙

セルゲイは母方が貴族であるのをいいことに最大限にコネクションを使った。帝都で暮らし、開校したばかりの音楽学院に入学した。さすがに入学はコネクションではどうにもならなかったが。通いながら、パトロン探しを始めた。


音楽学院は狭き門とはいえ、毎年新たに音楽家は世に送り出される。他国の音楽学院を卒業して帰ってくるものもいる。ライバルは多く、うかうかしていたらアピールの場さえ奪われる。そういったときに役立つのがコネクションだ。



ある日、ギムナジウム時代の友人が『おいしい話』を持ってきた。友人が言うには、金持ちの鉄道王の未亡人が才能ある音楽家を探しているらしい。この国では大陸を横切る鉄道が敷設され、隣国へ往来が格段に便利になっている。列車は馬車よりはるかに多くの人と物を運ぶ。鉄道に投資したものは莫大な利益を得、その利益の投資先を彼らは探していた。持てるものが持たざるものに富を分け与える。それはノブレスオブリージュでもあり、売名でもあり、持たざる者の不満を逸らすことでもあった。



早速セルゲイは手紙を書き、そこに自信作の小品の楽譜をつけた。

未亡人からの返事はすぐに来た。

美しい筆蹟。この季節にふさわしい柔らかな菫色の封筒のあて名にはセルゲイの名が書かれている。

父から譲られたレターオープナーを引き出しから取り出し、はやる心で開いた。


「セルゲイ殿

 あなたのヴァイオリン・ソナタをサロンで聴いたことがあります。針葉樹の木々のざわめきが聞こえる美しく懐かしい音楽でした。この曲をピアノソナタにしていただけますか?わたくしはピアノなら少したしなみますので、自分で弾いてみたいと思います」


あの曲を気に入ってくださった!

思い出のこもった美しい曲、懐かしい故郷の音。セルゲイは早速編曲を始めた。少し嗜むとおっしゃっていた、あまり難しい運指でないほうがいいか、でもあの曲の響きは残したい。ヴァイオリンよりむしろピアノなら、初心者にも和音の響きをより美しくできるのではないか。


出来上がった楽譜に手紙を添えて、夫人に届けた頃には夏になっていた。


夫人からは返事が届く。

「素敵な曲をありがとう。私も弾いてみましたの。目を閉じると音楽部屋がまるで森となったようでしたわ」


「気に入っていただけて光栄です。左手の動きはそよ風のようでしょう?次は窓を揺らす秋の風をお届けしたい」


「オープンでバレエを観ましたの。踊りも素晴らしいけれど、やはり音楽あってこそ。外は木枯らしが吹いておりましたが、思わず踊ってしまいました。この国にも、美しいバレエ音楽が必要ですわね。」


「シーズンの最後、隣国のピアニストが彼の祖国の情景を引っ提げて帝国でコンサートを開くそうです。隣国ではロマンチックな音楽が流行りだとか」


「それはぜひお聞きになったほうがよろしいわ。チケットを用意させました。礼服はお有り?最近は長めのフロックコートが流行っておりますのよ。なければ執事に手配させましょう」


夫人とセルゲイとの文通は続いている。

セルゲイのチェストには夫人から送られた金で買った黒檀の箱がある。夫人からの手紙が届くたび、セルゲイはそれを大切に小箱にしまった。


好きな音楽に専念できるようにと、いつしか年金も支払われるようになっており、社交界に出る意味がいつしかセルゲイの中で変わってしまっていた。セルゲイ自身はそのことに気がついていなかった。


「来月の夜会で先生にエスコートしていただきたいのです」

「喜んで」

セルゲイの仕事の一つに家庭教師がある。

教え子の子爵令嬢には婚約者がいるが、移民兵団の反乱の鎮圧にむかっているらしい。かわりのエスコートを頼まれれば進んで引き受けた。子爵令嬢は、婚約者にするようにセルゲイの差し出した肘に両腕を絡めしなだれかかる。


レッスンを受ける御婦人に手を添え指導する。

長らく夫にも触れられていなかったであろう年嵩のご婦人は、年下の男の張りのある手にほおを赤らめた。


疑似恋愛のような会話を重ねるうちに、彼の音楽はよく言えば洒脱、悪く言えば軽薄なものになっていく。


たくさんの女性をエスコートしたが、夫人とだけは未だに会ったことがない。


セルゲイのもとには夫人から厳しい手紙が届いた。


「セリョージャ、あなたはいったいどうしたことでしょう。偽りの言葉は上滑りをする音のよう。人のこころに残りません」


珍しい夫人の言葉に、セルゲイはぎくりとした。初めて愛称で呼ばれたのに、お叱りの言葉とは。いたずらがバレた子どものようにセルゲイはあわてて返事を書く。


「あなたにお会いしたいのです。あなたの言葉は天からの言葉のように私に道を示してくれます。あなたのための音楽からはその一粒一粒に感謝のきらめきがこぼれています。来月の夜会に行くことになりました。お会いして、ぜひ直接感謝の気持をお伝えしたいのです。」


だが、返事はいつもと同じ、セルゲイを拒むものだった。


「喪に服しております私は、社交の場でも慎ましくありたいのです」


セルゲイは夜会で夫人を探す。

「未亡人がお越しだそうですよ」

そう言う話を聞き、ならば今日こそは、と会場を彷徨えど、一度として会うことは叶わなかった。


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