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月島のクライアントへのカウンセリング後、タクヤは事務室へ戻ってきた月島からも謝罪を受けた。どう捉えても、タクヤの失態であったにも関わらず、月島も橘もタクヤを責めることはしなかった。月島のカウンセリングを中断させたことの責も、まったく問われなかった。
『浄化』後の報告内容は、月島がタクヤに対して、深層での振る舞い方をタクヤにきちんと伝えていなかったこと、深層における橘の注意不足であったことへの、タクヤに対しての謝罪だけだった。
月島へネガティブな感情を抱いたことに関しても、彼は、タクヤの親和性の高さとタクヤがクライアントの深部に触れたことにより、クライアントが抱いている感情に引き摺られてしまった出来事、として処理された。タクヤがあのような考え、感情を持ったことに、月島は何もコメントをしなかった。
今も、彼は何も言わない。
そのことに一切触れることをせず、現在も、触れてこない。
いっときでも、月島に対してあのような感情を抱いてしまったタクヤへ、月島の口からいつ彼のカウンセリングの手伝いの、断りの言葉がタクヤへ告げられるか、とタクヤは怯えていたが、そのようなことはなかった。その出来事以降も、月島の診察室で橘と共に深層に降り、その報告をしたあとの雑談。紅茶や珈琲、時には甘味の振る舞い。そして、次に月島の診察室に訪なう日程調整は、今まで通りに行われていた。
月島、橘のタクヤへの対応に、特に変化はなかった。
なぜ、タクヤは、あのような感情に取り付かれてしまったのか。
あの時のクライアントは他者からの称賛に近い肯定を得たいがために立ち振る舞っているが、それがことごとく裏目に出てしまい、他責に走っている、といった月島の見立てだった。自身が他者から認めてもらえないのは、全部他人の責だと、そう主張している人物のようだった。カウンセラーの月島への態度も、それが基本のようだった。
つまり、タクヤが拾い上げたタンブルウィードらしきモノは、その負の感情の塊ではないかとの見解だ。
他人への責めの濃い塊を、親和性の高いタクヤが触ってしまったことによる、タクヤの体調不良だったのだ、と。
ただ。
月島が評価する、それだけが原因なら、良い。
タクヤが他者の感情に敏く、それを自分のこととして取り込んでしまうから、なら良い。
けれども、本当にそれだけだった、だろうか。
ホントウは。
本音は。
タクヤは、心の深層では、月島に対して媚やへつらう感情を抱いている、ということではないのだろうか。ただそれを、タクヤが気がつかないでいる。もしくは月島から見限られたくないばかりに、縁が切れてしまわないように、無意識のうちに抱いている感情、なのではないか。
それが、あの、クライアントの負の感情の塊であったタンブルウィードに触れたことで表出しただけではないのか。
「永良さん。」
タクヤの少し前を歩いていた橘が立ち止まった。
自身の考えに深く潜り込んでしまっていたタクヤは、彼女のその行動に気づくのが僅かに遅れ、彼女にぶつかる寸でのところでタクヤも立ち止まる。
「今日は、ここまでにしましょう。」
タクヤの名を呼び、振り返った橘が、月島の事務室へ戻ることを提案する。
「もう、良いのですか?」
いつもより、若干短い時間の散策。滞在の制限時間にはまだ至っていない。
疑問を呈するタクヤへ、橘は是とうなずくと、
「前回と、良い意味でも悪い意味でも、変化があまりにもありません。」
そう言いながら珍しく不安そうな表情を浮かべている。
橘のその言葉に、タクヤは今一度、周囲をくるりと見渡した。ビル群であるため、遠くの風景までは見渡せない。仰ぎ見た空も、ビル群の隙間から覗く程度だ。しかも、どんよりと重たい印象で、灰色がかっている。
その様相は、前回、橘が『浄化』のために降り立った時と、全く変わっていない、ということか。
「なんとなく、嫌な予感がするのです。帰ってセンセに報告をしなければ。」
橘は長年、月島の手伝いを担ってきている。他人の深層に降り立つのも、タクヤとバディを組むまでは独りで行っていたようだ。百戦錬磨、とまではいかないまでも、ある程度の経験はある。
その彼女がこの状況に、不安を覚えるという。
それが、たんに彼女の勘でしかなかったとしても、それは、受け入れるべき事案だと、タクヤは思う。それは、実績、経験に基づいた感覚だからだ。
タクヤは、はい、と返事をし、帰室するべく、いつも戻る時のように少しうつむき目蓋を閉じようとした。
そのとき。
タクヤの閉じようとした視界の端に、人影らしきものが見えたような気がした。
今まで幾人かの深層に降り立ってきたが、物ではなくてヒトを確認したことはなかった。
驚き、閉じかけた目蓋を開け、慌てて人影が見えた方向へ向いたが、そこには不揃いな窓がはめられ、歪み建っているビルしかタクヤの視界には映らなかった。
「永良さん。」
ゆらり、とその姿が不鮮明となりつつある橘が、帰室しようとしないタクヤへ、帰室を促す呼びかけをする。
「あ。はい。戻ります。」
ゆらゆらと不鮮明さが増し、もう、消えかけようとしている橘へ、タクヤはそう答えながら、もう一度、人影のようなモノが見えた場所へ視線を移したが、やはりそこに誰かが居る気配は確認できなかった。




