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「『浄化』による変化はなかった、と、コトネさんはそう評価するのですね。」
事務室に戻ってからの深層の報告に、月島は考えを巡らせているのか、紅茶を口に運ぶ手が途中で止まってしまっている。
「けれども、今日の私のカウンセリングの手応えも前回と同様に、悪い変化はないように感じているのですが。むしろ、気分の向上が見られていましたし。」
月島のその言葉に、
「悪い変化は特に見当たらないんです。センセ。」
橘はふわふわと、
「良くも悪くも、変化がない、というのが、なんとなく引っかかるのです。」
全く変化がないことが気になるのだと、月島に訴えた。
月島はカップをソーサーに戻して、片手を口元に添え、
「コトネさんの目からは思ったほど、『浄化』の変化は現れていない、か。」
そう呟き、考え込む。
なんとなく、事務室に重い空気が漂う。
タクヤが月島たちの手伝いをし始めてからこれまでの間、彼への報告内容がどのようなものであっても、ここまで重い空気が漂うことはなかった。
そのタクヤが心に思ったことに月島が察したのか、タクヤをチラリと見て、
「私とコトネさんの評価が割れることが、今までなかったのです。」
そう答えた。
つまり、これまでは月島と橘の見解はほぼ一致してきていた、ということだ。
橘が、
「永良さんは、わたしと一緒に『彼女』の深層に降り立ってみて、大丈夫でしたか?」
月島へではなく、タクヤに訊ねる。
大丈夫か、という意味は、気分不快や体調に変化がないか、ということだろうか。そう受け止め、タクヤは、
「他の人の深層へ降りて戻ったときと同じで、気分も体調も特に僕は変わりがないです。」
大丈夫だと答えた。そのように橘から問われたので、タクヤも反射的に、
「橘さんは、体調は?大丈夫ですか?」
と、問い返していた。橘はタクヤからのその問いに、
「今は、大丈夫です。」
と、ふわりと笑みを浮かべる。確かに、タクヤが見る限りでは、現実の普段のふわふわとした、可愛らしい雰囲気の橘だ。
が、橘のその答えに月島が考えるために落としていた視線を急に上げ、コトネさん、と橘の名を呼ぶと、
「『今は』というのはどういう意味ですか?」
反応した。
彼の橘を見る表情は、いつもより真剣味を帯びている。それは、心配顔だった。
その月島へ橘は笑みを浮かべ、普段のふわふわとした雰囲気のままで、
「深層で『浄化』をしたときに、なんとなく普段にない感覚があったので。」
と、理由らしきものを述べる。
続けて、けれども、と、
「その感覚は深層に降り立って最初のときだけですし。それに事務室に戻ってからはそのようなことはないので、わたしの気の所為だと思います。センセ。」
心配ないと答えた。そして、
「今、思えば、たぶん、その普段にない感覚があったから、わたしは不安に感じたのかもしれませんね。」
と、橘の見解を口にした。
「普段にない感覚とは?」
しかし月島は、大丈夫だという橘のその言葉の先を捉えて、真剣な表情のままで問いを重ねてくる。
「コトネさん、もっと詳しく教えてください。」
それはいつもにはない、月島の雰囲気だった。橘に対して問い詰めるような、物言い。硬い表情。
橘の話した内容に月島の中で、なにか引っかかる部分でもあったのだろうか。
月島のその雰囲気、追求するかのような更なる問いに、橘の表情から笑顔が消え、少しこわばる。月島は、その橘の表情の変化に即座に気づいたようだった。
月島の追及に怯んだような橘に月島は、
「いえ。コトネさんの身に何かあれば、私は橘に顔向けできません。あなたの体調が心配なんです。」
深堀りするその意味を説く。
「コトネさんには、私が橘からの信用を得てこの場に来ていただいているのですから。私の仕事に関わるときに、コトネさんも橘と約束をして、この場に来ることを許してもらっているでしょう?」
先ほどまでの硬さのある雰囲気だった月島の声が、少しだけ柔らかさを含む。彼がまとっていた尖った空気が、若干、和らいだ気がした。
月島の雰囲気の変化とその言葉に、橘は少しこわばった表情ではあるが、静かにうなずき、心配かけてごめんなさい、と、小さな声で答える。そして、しばらく考えるように視線を下に落としていたが、
「『彼女』の深層に降り立って、『浄化』をし始めたときに。」
ゆっくりと視線を月島に戻しながら、
「わたしには、その『浄化』が、弾かれる、感覚が、少しだけあったんです。」
つむぐ言葉を吟味するかのような、話し方。
どのように自身が感じた感覚を表現しようか、といった迷いのように、ひとことごとに、ちょっとした間が空く。




