68
傷つけた、のかもしれない。
タクヤの、己の自信の無さからくる卑屈な考えを、彼にそのままぶつけてしまった。
月島には非がないことだ。彼は心理職の職業人として、タクヤに接しただけだ。それにタクヤは月島たちの手伝いのために診察室に訪れているとはいえ、これは『浄化』の練習中であり、つまりはまだ月島の被支援者の立場だ。彼がタクヤに対してカウンセリングを施すのは、当たり前なことだ。
月島の被支援者の立場から、彼らから求められ、彼らの役に立てる立場になったと思っていたところに慰められたことが、タクヤは情けなく思ったのか。
それとも、『永良タクヤ』は、その身に持つ水晶だけの価値しかない、と評価されているのではないか、と心の片隅で抱いていた気持ちがこれを機に吹き出したせいか。
つまり。
これら、月島へぶつけた言葉たちは、確実にタクヤの本音だ。タクヤが月島たちに対して、そして友人たちに対して密かに恐れとして抱いている闇の部分だ。気づきたくない、目を向けたくない恥部だった。
だからと言って、その事へ目を向けさせられたからといって、月島を傷つけるような言葉を吐いて良い訳はない。目を背けるために月島を傷つけて良い筈はない。
月島への謝罪の言葉は、その、自分の恥ずべき行いへの、謝罪だった。
そのタクヤの謝罪に、月島は首を横に振る。
「永良さんが謝るようなことは、何もありませんでしたよ。」
穏やかな、ゆっくりとした口調。
「私は永良さんの正直な気持ちが聴けて、むしろ良かった。あなたは、自分の気持ちをどちらかと言えば、押し込めてしまう方ですから。本音を聴かせてもらえたということは、私が永良さんから信用されている、といった証なので、嬉しいです。」
静かな、笑み。
そして続けて、大丈夫ですよ、と穏やかで変わらない独特の抑揚で、
「私の中では。」
月島がタクヤの前で跪き、タクヤが知らず握り締めていた手の甲に彼の手のひらを置いたまま、タクヤの瞳を捉え、
「あなたを『水晶をその身の中に宿す『永良タクヤ』』さん、と捉えてはいません。」
言葉を紡ぐ。
耳に心地のよい、深みのある声。
「『永良タクヤ』さんが、あれほどに輝く水晶を育て、あの緑が鮮やかな深層を護り抜いている、といった認識です。先に水晶があるのではなく、『永良タクヤ』といった人物が私の中では先です。」
笑顔を向ける。
ソレは、砕けた笑顔。カウンセラーの月島ではない方の、笑顔だった。
「カウンセリング終了当時なら、おそらく私は永良さんとは支援者の立場としての関係で終わっていました。」
けれども、と、
「偶然、あなたが輝く清んだ力、水晶を持っているのを見つけ、私たちの力になっていただければ、と声をかけて築いてきた関係ですが。」
彼の薄茶色の瞳で、タクヤを真っ直ぐ捉えたまま、
「今では、その力をあなたが秘めていようがいまいが、『永良タクヤ』さん自身を友人だと思って、私は接しています。その力があなたから仮に失くなったとしても、この関係を私から途切れさせることはないです。」
そのような言葉をタクヤに向ける。
「ごめんなさい。月島さん。」
再び、謝罪の言葉がタクヤから落ちる。
「永良さんが謝ることは、何もありません。」
月島は笑んだまま、先ほどと同じように、タクヤの謝罪に首を小さく横に振った。
「センセ、永良さん。どうぞ。」
いつの間にか、橘が紅茶を淹れたのだろう。紅茶の入ったマグカップを携えており、月島とタクヤへ差し出し、
「同調、ですね。」
橘はそうぽつり、と呟くと、先ほどまで座っていた椅子に腰かける。橘の言葉を受け、月島が、
「そうだと思いますが、それだけではないでしょうね。もともとの、永良さんの持っているモノもあるでしょうし。」
そう橘に返した。
月島と橘とのそのような、タクヤには意味がわからない会話が始まる。それに口を挟むことが出来ず耳を傾けるしかないタクヤへ、橘は紅茶を飲むよう促してきた。
タクヤは橘からの促しに小さくうなずくと、マグカップに口をつける。月島はタクヤが、橘が淹れた紅茶に口を付けたことを見届けると跪いていた体勢から立ち上がり、もと居た椅子に腰を下ろした。そして彼も橘に礼を述べると紅茶をひとくち、口にする。
「永良さんが、今、心の不調に陥ったのは、『彼』との同調だけでなく、あなたが何もかもを受け入れてしまう、その特性も関係しているのだと思います。」
紅茶をひとくち口にした月島が、タクヤへそう言葉をかける。
確かに、今、タクヤの心は不安定だ。普段、タクヤは声を荒げることはない。それなのに声を少し荒げ、月島にタクヤの心に湧いた感情をそのままぶつけてしまった。
ただそれは。
自分が恐れていた、目を向けたくなかった、気づかないフリをしたかった部分に、月島たちがスポットを当てたせい、ではないか。不調、というほどではない。コレくらいの不安定さなら、誰にでも日常的に起こるだろう。毎日が心が安定し快調に過ごしている人がいれば、それこそその人のほうが何かが壊れているのではないか。




