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月島が再び顎に手を添え、考え込むかのように目を伏せる。
が、それはホンの数秒だった。月島は伏せていた目を上げると、
「今、『彼』の深層を探ってみましたが、たぶん、大丈夫でしょう。」
厳しさから一転、安堵した表情で、
「数日は、『彼』は気分の高揚があるでしょうが、それだけです。花もとても小さな花で一輪だけですし、それもホンの一時だけで、すぐに枯れます。」
そう断言した。
月島のその物言いは、今、彼はこの瞬間に『彼』の深層へ降り立っていた、ということを話しているのか。『彼』の深層に降り立ち、『彼』の状態を確認していたということか。
「それなら、良かったです。」
月島の報告に、橘が普段のふわふわとした雰囲気を取り戻し、笑顔を浮かべた。その彼女の様子から、月島の言動に彼女は疑問を持っていないようだ。その理由は、橘が月島へ傾倒しているからか。それは、月島が持っているという、そのスピリチュアルな力を、話を丸々信じている証に思える。
その状況は、危ういことではないだろうか。
橘の月島への傾倒ぶりは、今更ながらだ。このような状況にタクヤが危惧を抱くのも、今更ながらのことだ。
けれども、理由のない不安感が、タクヤの中に微かにだが、生まれる。
タクヤは、月島や橘のことを疑っているわけではない。現に、信じられない出来事をタクヤ自身も体験しているし、体現もしている。
月島たちに関しては、信用を置いている。信用していなければ、このような話が飛び交う場所に手伝いにきたりしない。月島の力になりたいとは思わない。
タクヤはどちらかと言えば、彼の力になりたいといった気持ちが強い。
だがやはり、タクヤは現実主義者なのか、月島たちのことをまるっと飲み込めない自分がどこかに居た。
それは。
そのことは不義のようで、後ろめたさがある。かといって、橘のように彼に傾倒することは、無理だ。
「永良さんは、それで良いです。永良さんは変わらずそのスタンスでいてもらいたい。」
突然、月島がタクヤの考えていることを肯定した。
心を読まれてしまったようだった。
しかしそのことについてタクヤは、以前のような不快感、嫌悪感を抱かなかった。それは、何だかんだと思いを心に抱きながらも、揺れ動きながらも、結局はタクヤは月島たちを信用しているということ。
タクヤは月島さん、と、呼びかけると、
「『彼』はこの場から帰ってしまって、ここには居ないのですが、それなのに月島さんは『彼』の深層に降り立った、ということですか?」
彼がタクヤの心を読んだような言葉を落としたことには追及せず、タクヤが疑問に思ったことを訊ねる。
タクヤの問いに、月島はなぜかアルカイックスマイルを浮かべる。その浮かべる表情は、タクヤが今発した月島への問いに対してか。
それとも。
月島がタクヤの心を読んで返したにもかかわらず、それに一切触れない、タクヤのその応対に対してか。
月島は口角を上げた笑みを浮かべたまま、
「物理的な距離は全く関係ありません。『彼』とは繋がりができていますから。永良さんの時も、そうだったですよね。」
そう答えた。
けれどもタクヤは一瞬、月島が何を指しているのかわからなかった。
「永良さんが夢だと思った、あのことです。」
月島のその指摘に、タクヤは、あ、と小さく声を上げた。
月島から月島たちの手伝いを請われ、タクヤの深層に初めて連れて行かれた後、錯乱と混乱に陥ったその夜と翌夜に見た、あの夢のことを彼は指している。
確かにあのときは、タクヤは自分のアパートの寝室で眠っていた。月島の診察室に訪れていたときではない。しかも時間帯は、夜間、もしくは深夜帯か明け方か。
「夜中に永良さんの深層を『浄化』していたのではありません。コトネさんは家庭もありますし、彼女を深夜帯まで引っ張り回すと橘に激怒されます。」
月島の言い分は、常識的だ。
「あのときは、永良さんが診察室から帰られてすぐに、私とコトネさんで、永良さんの深層へ『浄化』を施しに降り立ったのです。」
月島のその言葉に、
「それだと時間が、合いませんが。」
疑問に思ったことをすぐに問い返したタクヤへ、
「この世界は私たちが過ごしている日常の常識とはかけ離れている、と、受け止めてください。物理的な距離は関係がありませんし、時間の流れも一緒ではありません。何かの法則があるのかもしれませんが、私には法則がないように見えています。」
つまり、タクヤがあの夢を見ていた時間帯に、彼らがタクヤの深層に降り立っていたのではなく、また彼らと同じ時間を共有していたのではないということなのか。
「その通りです。」
月島が笑顔でタクヤが考えついた先を肯定する。




