#13 威張れ、虫のお姫さま その2
ミズガネの脚に噛みつこうと、ネズミが…… “アーミー”が這い上ってくる。
「お、おかしい。敵意を失くしているはずなのに!」
ミズガネは噛みつこうとするアーミーを手で引きはがして放り投げる。ミズガネの技によって敵意を失くしているはずのアーミーが、どうやって脚に噛みついたりなどできるのだろうか?
「あんたの技は対策済みだ!当然だろ?さあ降参しろ!」
優勢をアピールするオトカヒメに、ミズガネの視線が向く。相変わらずオトカヒメは “バレッジ” のバリアに包まれたままだ。バレッジはオトカヒメを守るだけで敵意が無いから、ミズガネの能力は効いていない。
(バレッジは敵意が無い。何か引っかかる)
敵意が無いものは戦場を去らない。では、戦場を去らないものは…… “アーミー”には敵意がないのでは?
「……ああっ!」
すぐにミズガネがオーラを放つ。ターゲットはオトカヒメだ。攻撃の出元を閉じれば、バレッジもアーミーもいなくなる。なぜ最初からそうしなかったのだろう。
またしても次々に、バレッジとアーミーが去り始める。
「んぐ……」
オトカヒメが敵意を失い、感情の変化に戸惑った。バリアも少しずつ剥がれていく。
「へん、さすがだよな……」
オトカヒメの笑みに苛立ちが浮かび上がる。最後の抵抗ということか、日傘を閉じて後ろ手に隠す。
ミズガネの推理は当たりだ。アーミーに “攻撃せよ” と命じれば、敵意を失くす技で無力化されてしまう。だが、たとえば「あいつの所へ行け」「高いところへ登れ」「柔らかいところを噛め」などと手順だけを命じれば、制御が効かない代わりに敵意は弱まる。
「ようし!」
ミズガネが勝利を確信してオトカヒメに駆け寄る。
(……でも)
実はそれほど確信はしていなかった。何度も出し抜かれて、もしかしたらと思っていて、その予感がまた当たる。
ミズガネの脚に張り付いた何かが、ふくらはぎを噛んだ。
「い、痛い!?」
立ち止まって確かめれば、アーミーがまだ脚にくっついている!一体なにが起きているのだろう。
ミズガネの脚からアーミーが次々に去っているのは確かだ。だが注意して見れば、同時に別のアーミーが足元に集まってきている。
「うそ…… 効きが弱すぎる! いつもなら全員追い返してるのに!」
「へへ…… こっちも後が無くなってきたからな……」
オトカヒメが麦わら帽子を深く、顔が隠れるようにかぶった。そのあいだ、ミズガネは必死で脚についたアーミーを放り捨てる。
「く、くそ…… とりあえず空中に……」ミズガネが空中に逃げるため空を見る。
だがしかし、その空には黒い虫たちが…… バレッジが待ち構えていた。ミズガネが絶句する。
「なんで、新しく呼べるんだ……」
「そうだ、呼べるんだよ。いいぜ、アーミー! もっと噛め、アタシを威張らせろ!」
……もし、噛まれるのがイヤなら、ミズガネは力押しで日傘を取り上げるだけでいい。でも、オトカヒメの手品はまだ全部暴かれていない。これはオトカヒメが威張るための勝負だ。負けたくない、とミズガネは思った。
「ふふん…… いいじゃないか!」ミズガネの心が熱く燃え上がった。飛び上がるのではなく仁王立ちし、両腕を脚から離す。
「そろそろネタ切れなんでしょ? 手品を全部暴いて、威張れなくしてあげる!」
ギラギラ輝く目でオトカヒメを見つめた。ここからは勝利の優先順位をもっと上げる。
(生き物に能力が効かないなんて、いつぶりだろう)
ミズガネがワクワクした顔で周囲を観察する。その間にも、アーミーは目の前の肌を噛むスキがあるか吟味している。
(やり方が失敗する原因が知りたいなら、そのやり方を止めてみればいい)
ミズガネが能力を解除した。もう誰でもミズガネの体を攻撃できる。
そしてヒントが現れる。能力を解除したとしても、アーミーやバレッジは順番に去って行くのだ。
「……あれ?」
急に敵意を元に戻されたオトカヒメが一瞬だけ困惑する。
(よし! アーミーは、敵意を失くす能力を受けなくても去って行く!)
ようやく分かった。アーミーが攻撃してくることがおかしいのではない。アーミーが去ることがおかしいのだ。
戦いの最初、アーミーだけの敵意を失くして、オトカヒメを甘く見ていた。ミズガネはそれにならって考えた。いまオトカヒメに気を取られて、別のことを忘れているのだ。
「そう、だから…… そうだ! アーミーを操っているのは、オトカヒメじゃないんだ」
「なっ……! マジか! おい、お前ら!」
オトカヒメが慌ててアーミーとバレッジを操り、ミズガネに一斉攻撃させる。獣のなだれと虫の嵐が、緑色のオーラに飛び込んでいった。
そして、次の瞬間…… アーミーはミズガネから離れて町中へ散っていき、バレッジも頭上をすり抜けて茂みへ戻って行った。
「……ふう!」
こうして、ミズガネへの全ての攻撃が封じられた。ミズガネは乱れたローブを整えて、オトカヒメのそばへ歩いて立った。
「く、くそお……」オトカヒメは顔を真っ赤にして悔しそうに睨んでくる。
「……ふふん。じゃあ、日傘をもらっていいかな?」ミズガネは得意げに決めポーズをする。ミズガネの勝ちだ。
「ちょっと、その日傘は私のよ」
離れたベンチに座っていた油獄が駆け寄ってくる。うなだれるオトカヒメから日傘を受け取り、ふたりで共有した。
「こんなに早くバレるなんて驚きね」
油獄が胸に手を当てて、ミズガネに畏敬を示した。
油獄に向き直り、ミズガネが両手を合わせて問いかける。
「ええと、答え合わせしたいな! ずばり、アーミーとバレッジを操っていたのは油獄ちゃんだ」
油獄が頷いて続きを聞く。
「そして、オトカヒメちゃんは途中から、本当にアーミーたちに命令できなくなっていた。なのに私は、能力が”全員に”効いてるはずだと思ってたんだ」
「その通りよ」
油獄は右のそでをめくり、その下にあるミサンガを見せてくれた。
「これはオトカヒメの、“害獣のミサンガ” よ。私がオトカヒメの能力を使って、貴女を出し抜いていたの」
ミズガネは目を細めてミサンガを観察してみる。
「なるほどなあ。少しずつ、ゆっくりとアーミーが去って行くのは変だと思っていたけど…… 能力が効いていないのをごまかすためか」
それから、オトカヒメの大きなため息が聞こえた。両手を腰に当てて気だるそうだ。
「……これじゃダメかあ。思いつく初見殺しは大体詰め込んだんだがな」
「ふふ。まあ面白かったけど、タネがバレても強い作戦が要るんじゃない?」
「津波をぶつけても生きてるやつにかぁ?」
ミズガネがくすくすと笑った。
「なんかあるはずだよ。オラオラ団、応援してるから頑張ってね」
オトカヒメの眉間が震えたが、今は後輩の前ということで冷静だ。
「……はあー。ま、言われなくてもだな」
そう言うと、オトカヒメがミズガネにゆっくり歩み寄り、不敵な笑みを見せる。
「……その一環としてだな」
ミズガネが上体を引く。オトカヒメが顔を近づけてきた。
「オラオラ団の新入りと勝負してやってくれよ。アタシと同じくらいヤバいやつだ」
「……ふ、ふーん」
ミズガネのリアクションを見ると、オトカヒメは満足してきびすを返した。油獄も、ミズガネにお辞儀だけするとオトカヒメについて立ち去っていった。
「またね」
ミズガネは軽く手を振って見送ると、身体を伸ばしてリラックスした。
「うーん!」
辺りを見わたすと、数名の学生がミズガネの視線に合わせて拍手をしている。観戦の好きな人たちが来ていたようだ。
「退屈が無いのはいいことだね」
オトカヒメが次の刺客を差し向けるつもりのようだから、ミズガネも退屈しなさそうだ。
それにしても、オラオラ団のボスに勝った後、新入りと勝負とは不思議な感じだ。オトカヒメが認める強さだなんて、一体何者なのだろうか?
第2章「強者ならゴム紐を飾れ」は、次回が最終話です。




