#14 勇者は着飾れば勝者となる
今日のミズガネはメリーの家で夕食を御馳走になったところだ。ビルを乗り継げばすぐに済む帰り道は、ゆっくり歩いて腹ごなしから始める。ちなみに、ミズガネの住処がどこにあるのかは誰も知らない。
やがてとある交差点に差し掛かると事件が起きる。風の速さで何者かがミズガネに近づいているのだ。
「……むむ!」
ミズガネにはこの気配が分かる。この速さで走れる人間は、この辺りでは一人だけ。
「アズマだ……!」
すぐにミズガネが防御の姿勢を取る。きっと初めて出会ったときみたいに、出会い頭のパンチをするつもりだ。
そして人影が街頭に照らされ、ミズガネとアズマは目が合った。包帯の巻かれた拳を力強く握っている。
「ミズガネ、勝負だー!」
アズマの拳は、ミズガネの交差させた腕に当たる。ミズガネの防御をすり抜けるのは至難の業だ。だが……
「んっ!? わわわっ!」
いざ受け止めてみると、あまりの衝撃にミズガネが背後に向かってふっ飛ばされてしまう。
ミズガネは咄嗟に身体を曲げて重心を変える。両足を地面につけたが、衝撃が逃げない。そのまま宙返りして両手で着地し、更に跳んで、ようやく踏ん張ることができた。
「な、なんなんだ、このパワー!?」ミズガネがアズマへ目を見開いて向ける。
「うし! 上手く行ってる! じゃあミズガネ、勝負な!」
アズマは既に闘志に火がついている。ミズガネが怪訝な顔で問いかけた。
「今のパンチ…… ちょっとトレーニングしたとかじゃ、説明つかないけど?」
「そりゃそうだ!」
アズマが全身で笑うと、右腕をミズガネに向けて突き出す。紫色に光るオーラを腕にまとっていた。
「ほらこれ! ”衝撃増加のミサンガ”と、”衝撃減少のミサンガ”と、あと “迅速のミサンガ” だぜ」
「え、ええ!? 自分の能力のミサンガをつけてるの!?」
「コハクちゃんが教えてくれたんだー」
アズマは初対面のときも、驚異的なパンチ力と防御力を持っていた。自分自身の能力を装備して、能力が更に強くなるという理屈のようだ。
「御託はいいじゃん! やるの、やらないの!」アズマが腕を振り回す。
ミズガネは、ローブのフードに手をかけた。目が隠れるが、口は笑っている。
「……なるほどねえ」
「じゃあさ」
ローブを脱ぎ捨てると、満月に照らされたミズガネが不敵な表情を見せる。アズマと初めて闘ったときのように。
「敵意を失くす技を使わなければ、私はキミに勝てないんだね?」
「……来いよ!」
ミズガネが駆け出す。アズマの反応は速く、怪力女の拳がアズマの腕で防がれる。衝撃を減らす技があるのでびくともせず、すぐにアズマからカウンターの一撃が飛び出す。
「む!」
パンチを腹に喰らったが、これくらいは想定済みで何ともない。飛び退いて距離を取ると、軽口を言う。
「ほんとに防御も強くなってる。これなら怪我させずに済むよ」
「ふん!」
もう一度ミズガネの腹に右腕が叩き込まれる。ミズガネは目を細めてアズマを見ると、両腕でアズマの肩を抱えて持ち上げ、振り回し始めた。
「甘い甘いッ」
だが、満足に回転する前にアズマが拳でミズガネの服を掴み、次の瞬間、相手を投げているのはミズガネではなくアズマに変わった。ミズガネがアズマの左腕で持ち上げられている!
(これ、コハクちゃんが言ってた特技! 左手のものを右手に移し替えるって……!)
地に足をつけている者が誰もいなくなり、アズマとミズガネがふたりとも地面にぶつかった。アズマはこれを分かっているので、ミズガネより先に立ち上がって高くジャンプした。
「くらえーッ!」
アズマが上空から降ってきて、これもまたミズガネの腹を狙っている。
「……!」
ミズガネは横に転がって避けると立ち上がり、着地したばかりのアズマの背中に蹴りを入れた。
「ぐおお!」
アズマは衝撃に驚くが、すぐに敵へ向き直るので、まだ行けるということなのだろう。ミズガネがさらに破壊力のあるパンチを繰り出すと、アズマが両腕で防ぐが、すこし身体が揺らいだ。
アズマの反応を見て、ミズガネが愉快そうに笑う。
「あっはっは! もう防御も限界そうだよ。キミのパンチ力も限界が見えたし、どうやって勝つつもりなんだろう!」
「気持ちじゃまだ勝ってるぜ!」
すぐに続きが始まる。アズマが強烈なパンチを撃ち出すと、ミズガネがその衝撃力を利用して後ろに飛び退いた。そして爆発の速さで距離を詰めるとミズガネの拳が突き出され、アズマを叩いた。
すると、アズマもミズガネを見習って攻撃の勢いで距離を取る。今と同じように疾風のごとくミズガネに飛び込んだ。そうしたら、ミズガネは背後を振り返った。いまアズマが駆け出してから攻撃がすぐに来なかったので、背後へ回られたと分かったのだ。
「はは…… すごいよ。 学生とかウソでしょ!」
すっかりエンジンのかかったミズガネが、アズマの方へ走った。ミズガネの背中へ攻撃しようとしていたアズマと更にすれ違って、アズマの背後からパンチを振った。
アズマはそれに気づき、アスリートのような宙返りで背後のミズガネを飛び越えると、今度こそミズガネに拳を打つ。
だが、やはりこの攻撃も効かない。アズマは反撃を警戒した。ところが今度はミズガネが振り返らない。不気味な背中を少しの間見せつけると、不意に右腕を背後に伸ばしてアズマの腕を掴んだ。
「げっ!」
投げられてしまう。アズマが攻撃を警戒して、左手と右手を入れ替える力を発動させた。
だが、失策だ。そんなことをしたら、ミズガネがアズマのもう片手の方に回り込んでしまう。ワープ先の手は今、アズマの背後だ。
ワープしたミズガネが手を離して間合いを確かめると、”アズマが耐えられる限界ギリギリのキック”をお見舞いした。
「ぎゃーーっ!!」
痛みに悶え、アズマは腰を抜かしてしまった。その場にへたりこむと、ミズガネの方を見る。
心の燃えているミズガネは双眸を爛々と輝かせ、口から熱い湯気をシューと噴いた。
「に、人間じゃねえ……」
流石のアズマもとうとう恐れを感じた。
「えーと、降参……」両手を挙げて負けを告げようとすると……
「コラーッ! いま何時だと思っとるかァー!」
街角から男性が現れて、アズマとミズガネにクレームを入れた。
獣のような顔をしていたミズガネが我に返り、びくっと震える。
「げげっ! 近所のおじちゃん!」
「ああ!み、ミズガネぇ、お前っちゅうやつは、いつもいつもー!」
アズマはおじちゃんのことを知らないが、口ぶりから察するにミズガネはよく怒られているらしい。
「アズマくん、逃げよっ! 捕まると長いからね」
ミズガネが両腕で、アズマをお姫様抱っこする。
「あー、お願いします」
ミズガネが家の屋根やビルを乗り継いで、アズマの住む葛生へ向かっていく。すっかり疲れたアズマはぼうっとミズガネの顔を眺めていた。
「アズマくん、私の顔がどうかした?」
「へ? んー」
アズマは考えがまとまらなかったが、なんとなくの応えを言った。
「勝負してるときのミズガネ、カッコいいよなって」
「はは! それはどうも」
それで、なんだか顔を見づらくなって、アズマが自分の右腕に顔を向けた。よく見れば、今日のために用意したミサンガは今にも千切れそうにボロボロになっていた。
「……ミサンガ使っても、ミズガネに全力出させれないンだもんな。こりゃ、オラついて威張るのが大変なわけだよ」
「えっ、アズマくんだったの!? オラオラ団のの新入りって」
「まあね」そう言って、アズマはあくびをした。
「まったく、油断も隙もない集まりだなあ」
そして、あっという間に葛生へつき、ミズガネは公園のベンチにアズマを座らせてあげた。
「おっと。ありがとな、ミズガネ」
「どういたしまして。さて、帰ろうかな」
ミズガネはアズマに背を向けると、何かに気づいてはっと息をつく。そして胴をひねってアズマと目を合わせるとこう言った。
「そういえばさっき、なんか言ってたっけ? 降参……って聞こえたかも知れないな」
アズマは笑って返した。
「んなわけ、ないじゃん! まだ勝負はついてねーからな!」
「了解! じゃあ、また今度!」
ミズガネが飛び上がって夜の空へ消えていく。あれだけ圧勝しておいて、まだ降参させてくれないとは彼女もたいそうな戦闘狂であることだ。
だが……、果たしていつまでも圧勝できるだろうか? なにせ、田沼町にはコハクちゃんのお店がある。アズマは早くも、次はどんな能力を買おうか思案したのだった。
第2章「強者ならゴム紐を飾れ」はこれにておしまいです。




