#12 威張れ、虫のお姫さま その1
雲を貫通する日差しの下で、駅前の芋フライ屋さんの脇に、ミズガネと油獄が芋フライ片手に佇んで何かを話している。
「え?オトカヒメと勝負?」
ミズガネが首を傾げた。
「そうよ。オトカヒメがミズガネと勝負したいと」
芋フライをパックに置き、ミズガネが問いかける。
「オトカヒメちゃんって、オラオラ団のボスなんでしょ?私が勝ったらオラオラ団はどうなるの?」
「どうもならないわよ」
ミズガネが要領を得ないのを確かめると、油獄は続けて言った。
「私たちは田沼町の中で威張るための集まりよ。貴女に勝ったら、もっと威張れる目標を探す。負けたら、勝つまで挑み続けるわ」
「ふーむ、それもそうか」
ミズガネは納得いったようで息をつく。それから芋フライにまたかじりついた。
ゆったりと芋フライを食べようとするミズガネに気を利かせ、油獄が自分の日傘を一緒にさしてあげた。
「ん、ありがとね」
「どういたしまして」
ミズガネが一口ぶんを飲み込むと、油獄を見つめて語る。
「勝負っていうのもさ、勝ち負けをどうやって決めるのか曖昧だと思ってたんだよね」
「そういえば、曖昧ね」油獄はいま気づいたという素振りだ。
「なるほど、キミたちが周りに威張れるような戦果を挙げられれば、そっちの勝ちって感じなのかな」
「そうね。それで、私や閃雷くんは簡単だったかもしれないけれど、オトカヒメはそうもいかないわ」
油獄はいつも通り仏頂面だが、ミズガネの目をじっと見て得意げだ。
「そうかな? オトカヒメは虫を操るでしょ。 オトカヒメか、虫か、どちらかを封じれば勝ちだ。私の能力と相性悪いよ」
「ふふ…… まったくその通りね。じゃあ、そろそろ行かない?」
油獄は芋フライをタッパーにしまっていた。油獄が歩き出すと、ミズガネも最後の一口をかじり、ほおばったまま歩き始めた。
オトカヒメは、このあいだ閃雷と勝負した公園で待っていた。彼女の住処で会ったときと違って、白っぽい長そで長ズボンの服装だ。もともと肌が色白なので、幽霊のようにも見える。
「おっす、ミズガネ」猫背なオトカヒメが片手を小さく上げてあいさつした。
「どうも」ミズガネが返す。
「油獄ちゃん、連れてきてくれてありがとな」
「ええ、お安い御用よ」
「……あと」油獄が呆れた感じで、手持ちの日傘をオトカヒメに渡した。「肌が弱いなら、もっと対策をするべきだわ」
「へへ、ありがとうありがとう」
「じゃあミズガネ、私は見学させてもらうわ」油獄はそう言うと、日陰のベンチへ移動した。
ミズガネとオトカヒメが、ひとまずにらみ合う。
「それじゃあオトカヒメちゃん、よろしく」
ミズガネが挨拶をする。オトカヒメの虫の攻撃を受けると思うと気が進まない部分もあるが、どう戦うつもりなのか、強い興味も持っている。
「ああ、よろしく」
「で、いつ始める……の?」
まだ勝負が始まっていないつもりのミズガネの周囲に、数匹の蚊が集まる。少しのあいだ無視していたが、次第に10匹、20匹と集まってきた。ブンブンと不快な音が飛び交う。
オトカヒメはギラリと笑い、日傘を畳んでミズガネを指差すのに使った。
「先攻だけもらっとくぜ! 気張れよ、”バレッジ”!」
100匹、200匹と、四方八方から蚊が押し寄せる。蚊はふつう群れをなさない。明らかにオトカヒメが操っている!
「ぬおおっ」ミズガネがあわてて振り払おうとするが、数が数だ。
すぐにミズガネは能力を使った。ミズガネに敵意を向けているバレッジたちが、次々に飛び去って行く。
「……よし!」
ミズガネは流れを掴んだ感触を得た。ミズガネの能力は当然、人だけでなく虫にも効く。どこまでも届くから、その気になれば田沼町中の虫を攻撃不能にできる。
「どう?これが私の力!」ミズガネが得意げにほほ笑む。
「へえ。それで、それで?」オトカヒメはニヤついた顔のまま訊く。
まだ勝ち目があると思っている彼女に、ミズガネは指をさして告げる。
「じゃあさ。私がオトカヒメの持ってる日傘を取り上げたら…… 今日の勝負のことは ”全然威張れない” んじゃないかな?」
「そりゃいい!」
オトカヒメは反撃を覚悟すると、日傘を開いて差し直し、バレッジを自分の周りに集めて球状のバリアを形作る。
「あんたの攻撃は素早いだろうけど、これだけいる中を通れば、1匹は噛みつくだろ。そして……」
オトカヒメの “そして” の瞬間、ミズガネが足元に集まってくるネズミたちに気づく。
「お待ちかねの “アーミー” だ! 噛まれたら風邪ひくぜ!」
アーミーはいつのまにかミズガネの足の踏み場をなくし、両脚にへばりついて登ってきた。バレッジの防壁に気を取られている合間の、手品のような攻撃だ。
ミズガネは不敵な笑みを返す。
「たしかに、凄いけどね?」
笑止、という感じだ。バレッジの防壁には敵意がないので少々困るが、ミズガネの脚を噛もうとしているアーミーは明らかに敵意むき出しであり、無策だ。ミズガネがオーラを放つと、アーミーたちが1匹、また1匹とミズガネの足元を去って行く。
「おお!」オトカヒメがわざとらしく驚く。
「あとは、ネズミを踏まないように……」
ミズガネがアーミーの合間を慎重にステップし、オトカヒメに近づこうとする。だが、様子がおかしい。アーミーの1匹が、ミズガネのふくらはぎに強く歯を立てた。
「む!」
すぐさまミズガネはそのネズミを片手で掴んで引きはがし、背後に放り投げる。そして周囲を注意深く見渡すと、混乱を口にする。
「なんで、噛まれるんだ!?」
アーミーは敵意をどんどん無くしていくはずだ。ミズガネの脚を這っている個体はなおさら、優先的に対処したつもりである。なぜ、ミズガネを攻撃できるのだろう? 疑問が膨らむミズガネに、オトカヒメの甘いヒントがささやかれる。
「ははは!むしろ、なんで噛まれないと思ったんだ?」
「なんで…… 噛まれないと、って、そりゃ……」
さあここで、ミズガネの頭の回転の速さが仇となる。ミズガネはオトカヒメの手品にハマるのだ。
◎ あとがき・おまけ・コーナー
【オトカヒメの手下「バレッジ」】
オトカヒメは "アーミー" と "スウォーム" の他に、蚊の軍勢 "バレッジ" を従えることができる。
バレッジはオトカヒメのために、ターゲットを刺して攻撃してくれる。アーミーやスウォームと違って、空中を制圧できるのが強みである。




