正しい人生の壊し方 part 1
「はぁ~、死ぬかと思った!!!」
「そんぐらいじゃ死にはしねぇよ。ま、よく頑張ったな、湊」
「おお、遂にツンデレ期に突入したのか?○○さん」
「本名で呼ぶな!!ったく、なんで俺がこんな奴と付き合わなきゃ何ねぇんだよ」
「それは、あの人が死にそうだったからあなたがそうせざるを得なかった。だが、悪かった。俺があの時キチンと動けていればあんなことには…」
「良いさ、オマエは悪くない。むしろアイツが悪いんだ。女性を見ると苦痛を与えるなんていう呪いをオマエに与えるなんてよっぽど気に入ってたみたいだしな。その割には、オマエはすぐ他の女子に告白しているがな」
これは、少し試すような口調だ。
「あれは…」思わず口ごもる。
そう、あれは好奇心だった。理由はそれぞれ違うけど。一度目は失敗して、二度目は成功した。ただそれだけの事だった。
それらも全て一つの真実への鍵となる。とまあ、これはさておき、それらを噛み締めるように湊は声を絞り出した。
「否定はしないよ。俺は、俺が正しいと思った事をやるまでだ。他人に何と言われようがどうでも良い。ただ…」
「ただ?」黒い霧は少し不思議そうにくるくると湊の周りを回り始めた。
「人の意見を聞かないのはお互い様さ。今の彼女では少し前の僕とさほど変わらないしね」
「同感だな。あんな優しい妹がお前一人のために俺をこき使うとは…。ほんと大した奴だよ、アイツは」
「そうですね。って、話しているうちに時間は過ぎていくんだよ!!!僕を風呂キャンセル界隈にするつもりか!!!」
「オマエ、今全ての風呂キャン民を敵に回したゾ~」
「言っとけ!!僕には風呂に入る権利がある!!僕は権利の上に眠る者になるつもりは毛頭無い!!」
「へいへい、行ってらっしゃい。最寄りの銭湯探して気持ち朝風呂浴びてこい。勿論、隠形は忘れずにな」
「分かってるって。って、え、朝!?あ~もう、気にしても仕様が無いか!!行ってきまーーーーーす!!」
「オン・マリシエイ・ソワカ」
隠形を唱え、続けざまに隠形印を結んだ後に、刀印を結んでワームホールの出口を開く。
にゅいん、と音がしたかと思うと夜明けの太陽が一筋の光となって湊を照らしだす。
だが、見惚れている時間は無い。あらかじめ着替えを詰めておいたバックを片手に一目散に走り出した。
そんな姿を誰かに重ねたのか黒い霧の周辺の空気が少しだけ和らいだ。かと思いきや再び険しい雰囲気へと戻ってしまった。
湊の奴、ブレがまた広がりやがった!!このままじゃマズいな…。
そんな事もお構いなしに湊は、誰も居ない河川敷を爛々とした表情で歩いて行った。
30分程歩いた頃だろうか、狭い路地を行ったり来たりするうちに目的の銭湯が見えてきた。
開業中、と描かれた暖簾が湊をイタズラに祝福する。
「いざ、しゅっぱ~つ!!!」
ガラガラと引き戸を開けるとそこには予想通りの光景が目の前に広がっていた。
そうそう、コレだよコレ!!この雰囲気だ。
番台のおばちゃんに500円を渡し、渡された鍵とともにロッカールームへと入っていく手前、湊の脳裏に嫌な波長がリンクし始めた。
それは何か?
答えは、ラッキースケベだ。
もし、ラッキースケベが起きなかったら?地獄だぞ。読者にとって。
「いや俺は!? って、俺を犠牲に濡れ場を作るなよ!!!」
「どうしたの、あんた?」
「ああ、いやなに、嫌な予感がしたものでね。すみません」
「ほう。あんた、そりゃあ正解さ。取り敢えず、今は我が家自慢の温泉を楽しみな。源泉掛け流しの露天風呂を貸し切りにしてやるから」
その言葉に湊は一言も反応することも出来なかった。
ロッカールームには誰も居なかった。
個人的にこの状況に対して湊はありがたいと思った。
少し、頭痛がするからな…。
ドアを開けると、まず目に入ったのは、大きな富士山の絵であった。
そのまま、数秒ほど見つめて居たが、我に返った。
先程言われたとおりに体を洗い、露天風呂へと入る。
「はぁ、やっと落ち着くことが出来るな。それも後数分ぐらいだが」
それでも、考える猶予があると言うことは湊にとって何よりもありがたかった。
「方角も占うことが出来るし、新鮮な空気も吸える。休まる暇は無いが、その選択は出来るって言うところか」
そのまま風呂から上がったかと思うと、印を結び始めた。
縁、それは湊にとって呪術をする上では欠かすことが出来ない者。
昨日まで一人になろうとしていた少年はもはや居ない。今の彼は名も知らない誰かの為に居場所を作るための存在へと進化しようとしていた。
だが、それは全てが終わってからの話だ。
ドアを開け、貸し切り、と描かれた札を裏返し、背景の富士山をバックに風呂場を去った。
「所持品は...、無事か?」
まず初めにチェックしたのは所持品の安否であった。
今や彼にとって目に見える物全てが貴重品であった。
いくら親の助けが貰えるとはいえ、世の中を生きてくことはそう甘くは無い。
「少しは、過去の自分にお灸を据えられたってとこかな」
こっそりと結界を貼った上で、諸々の作業を終わらせた。
すっかりロッカールームを出る頃には、番台のおばちゃんが重々しい雰囲気を放って立っていた。
「アンタの悪い癖は独り言が多いところだよ、坊主」
「そうかい、コーヒー牛乳は無いかな。とびっきりの甘い奴でお願いするよ。青春の味がするようなね」
「ふん、まあ良い。ただ、悪い癖は直した方が良いよ。年寄りからの忠告は不味いかい?」
「いえ、とても美味しいです。自分の悪いところを一つずつ直していけばそれはやがて、パーフェクトハーモニー、完全調和となる、と言うところですかね?」
「口だけは達者だね。まあ、そこがアンタの長所でもあるんだろうがね」
「それで、要件と言うのは?」
「土御門家の当主についてさ」
「土御門…」
湊は己の顔がより一層険しさを増していくような事件を知ることになると言うことをまだ知らない。
動き始めた運命はもう、誰にも止めることは出来ない──────。




