正反対
俺、高坂結人は困惑していた。こ、こんな幸せなことがあっても良いのか?俺たちに幸せが戻ってくるのか?
そんな戸惑いを見破られないように、声を絞り出す。
「どうしてこのような計らいを俺たちに…」
「それがあの子の願いだからよ。朝、郵便受けに入っていた手紙によると、湊は多分家には二度と帰れない、らしいわよ。全く以て酷いわよね。親孝行するとか言っておきながら何も出来てないじゃない!!!」泣き顔でアイツの母親は声を張り上げた。
「どうして…」
思わず厳しい表情をしていたみたいだ。それに気づいたアイツの母親ははっとした様子で言葉を続けた。
「ああ、いいのいいの。こちらの話だから」
手紙には、「自分の子供のように、普通と言われるような生活を彼らに教えて欲しい。それを彼らが知ることが出来たらもう心配は何も無い、心配があるとすれば両親に会えないこと」ですって!?こっちが心配なのよ!!一体何が起きているのよ!!
「まあ、良いわ。まずはあなた達の歓迎会part2をしなきゃね!!」
きらりん、と効果音が付きそうな笑顔に俺は只々圧倒するしか無かった。
久しぶりの日常、と呼べる物だろうか。
「ご飯、凄くおいしいです」
思わず、声が漏れた。
ぽかんとしていた3人であったが、すぐに笑い出した。
「あははは、結人はそういうの似合わないよ。どちらかというとそれは私の役目」
「そうね。でも本当によかった」
「ああ、そうだな」
八代家の食卓に笑顔が久しぶりに戻ってきた瞬間だった。
「ごちそうさまでした。食器は俺が…」
「ああ、良いんだ高坂君。今日はまずこの家に慣れてもらわないと、ね。荷物は玄関に置かれてあるから学校から帰ってきたら改めて荷ほどきをしよう」アイツの父親は泣き疲れて目が腫れながらも、俺の事を心配させまいと笑いながら言ってくれた、ように見えた。
あ、と俺は声を失った。そうだ、俺の荷物は全て教会にある自室に置きっぱなしだったはずだ。それをアイツが持ってきた、と言うことになるのか。何やら家に入ると死ぬ、とかブツブツ言っていたが死んではいないようだしどうやって運んだのだろう?
まあ、良いか。八代湊、貴様のことを俺は今一度見直す必要があるようだな。
ゆ、結人が学校に...!!!私、宮本 睦は焦っていた。
私たち二人はどういう立ち位置に居るのかというと、教会を裏切って敵に寝返った裏切り者、ということになる。私にとっては教会は父と私の出自以外そこまで関わりがあるわけでも無い、が彼らが何をしてくるか分からないためオロオロしているといった所だ。
心臓の鼓動は速くなり、嫌な汗が噴き出る。
「どうした、睦」
のほほんとした様子で結人は尋ねてくる。
「どうしたもこうも無いでしょ!!結人は生き返っているし、アイツはいなくなるし、これから向かう学校でも教会の関係者がいるから衝突は避けられないし…。そんな風に出来る結人の方が可笑しいよ!!!!!!!!」つい、声を荒げてしまった。
そんな私を見て、安心させるようにあえて結人は態度を崩さなかった。
「いや、教会は俺たちに手は出してこないよ。例え、君が悪魔の子だとしてもね」
「ど、どうして。教会は私たちを必要としていたはずでしょ」
「何年アイツらの言うことを聞いたと思っている。というか、そもそも俺たちが尊敬するのは主とあの人だけだ。あの人を裏切ったアイツらなどと手を組む理由など毛頭無い。そして、ヤツらも考えは同じだろう。神秘という物がこの世にあると言うことが分かれば十分とアイツらは言ってたしな。ほら、さっさと行くぞ」
結人は無言で手を伸ばしてくる。
私は一瞬ためらった。アイツが辛いのにこんなことしていて良いのかな…。でも、アイツの母親が言った通りにアイツは私たちに幸せになって欲しいらしい。こんな風に言われても急に出来るわけないのにね。ほんとに不器用だなあ、もう!!
私は差し出された手をぐっとつかみ取った。
彼女はこれからどんなことが起ころうとも、最終的には幸せを掴み取る─────
それは、僕が未熟だろうが関係ない。俺がこの世で本当に見たかった物が見れるまで、彼女は幸せになってもらわねば困る。彼女が死んでしまえば、それこそ僕は死ねなくなってしまうだろう。それだけは絶対に嫌だ。
「俺は死ぬ為に生きる」
これだけは譲れない。頑固者と言われようが良い。時代に、人に取り残されようと良い。自分の正反対を知ることで俺はやっと俺を許せる。
はぁ、と現実に戻る。よし、これからの反省会や決意表明は夢の中で行おう。これからは鍛錬に費やすための時間が必要になってくるからな。
「隠形、かあ」声に出して次にやるべき事に集中する。
そう、隠形である。摩利支天の隠形印を結んで真言を唱えると姿を隠すことが出来るアレである。
このまま外に出たとしても、間が悪いことは多々あるだろう。何にせよ、朝にはなっているはずだ。突然、何も無いところから人が出てきて通行人などを驚かせてしまえば余計な手間を増やしてしまう事に他ならない。
「どうやって練習しようか?」
そう、知識などは本やネットで幾らでも得ることが出来る。しかし、行動だけは別だ。練習しなければ分からない。自分が下手かどうかもだ。
取り敢えず、やってみよう。
手鏡を目の前に置き真言を唱えてみた。
「オン・マリシエイ・ソワカ」
うん、良い感じだ。やっぱり呪術は心が落ち着く。試行錯誤が楽しい。今まで紡がれてきた物をキチンと継承したりするのが楽しい。それを応用したり自分で新しい術を作ってしまうのも楽しい。
失敗が楽しいなどと思えるのは本当に幸運なことかもしれないな、と湊は思う。才能だからで片付けるにはもったいないほどの重要な部分がここには詰まっている。
楽しんだもの勝ちが全てなのだ。いちいち塞ぎ込んでいる自分には未だ届かぬ遙か高み。それを思うだけで僕は今日も生きる。
外に出るのは何時になるだろうか。お風呂にも入りたいな。でも今は集中。なんて言ったってワームホールだ。時間の流れは現実と違うとかは聞いたことがあるし、なんとかなるだろう。もし、失敗したしたとしても、その時はその時だ。
ああ、ほんとうにこれくらいが丁度良い。そう言って、彼は生きるための一歩を踏み出した。




