【 15 】
ようやく話し終わると真柴さんは一人で大興奮している。
「ステキですわーっ! あの空き地の穴がそんな素晴らしい力を持っていたなんてっ! 私、前からあの場所には何かあると思ってましたのっ!!」
―― スゴい。はっきり言ってトシさんの上をいく喜びようだ。
でもこれだけストレートに信じてもらえるとこっちとしてはありがたいや。
でも真柴さんははしゃぎまくっているけどカッツンは眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしている。こっちは信じてくれてなさそうだ。
「おい」
「なに? 信じてくれないならそれはそれでいいよ。僕ぜんぜん気にしてないから」
「いや、もう一度最初の行動を話してくれないか。一度目の穴をくぐった時と二度目の穴をくぐった時の辺りまでだ」
「エ? うん、別にいいけど……」
なんかよく分からないけど異世界冒険譚の朗読リクエストがきた。
そこでそのリクエストにお応えしてもう一度最初から二度目のトリップまでの話を始める。しばらく黙って聞いていたカッツンが急に「待て」と言って僕の話を止めた。
「いいか? お前が初めて足を踏み入れた時の空き地をAとする。穴をくぐった先の空き地がBだ。一度目にAの空き地から穴をくぐり、Bの空き地の先で並行世界が広がってたんだよな?」
「うん、そうそう」
「一つ目の並行世界を体験した後で元の世界に戻ろうとお前はまた穴をくぐった。そのくぐった空き地はどっちの方だ?」
「もちろんBだよ。AからBに行ったんだから帰る時は逆で、ってちゃんと思ったもん」
「間違いないな? またAからくぐったんじゃないな?」
「うん、それは絶対に間違いない」
「そうか……」
またカッツンは深く考え込み出した。そしてしばらく熟考していたけど不意に顔を上げて僕に再度問いかける。
「一度目にAの空き地から穴をくぐった時、その穴は壁のどの辺りにあった?」
「穴の場所? 壁の右端だよ」
「右端だな? よし、いいか、しっかり思い出せよ?」
カッツンはその先を一言一言、区切るように言う。
「最初のパラレル体験の後、元の世界に戻ろうと今度はBの空き地からお前は穴をくぐった。その時、穴はどっち側にあった?」
「……あぁっっ!?」
脳内で凄まじい雷鳴が鳴り響く。
「ぼっ僕、また右側からくぐったよっ!!」
「それおかしいだろ? Aの空き地の右手からくぐって来たのなら、Bからみればその穴は左手にあるはずじゃないか」
「うんっその通りだよ!!」
「もしかするとその壁には両脇に穴が一つずつあるんじゃないか?」
―― 帰りはBの空き地から、という部分は間違えなかったものの、ついAの空き地の時と同じように右手側に行ってしまい、そこにあった穴を僕はくぐった……!
雑草ジャングルで穴が隠れていたせいもあるけど、なんでその事に気付かなかったんだろう!
「うん!! きっとそうだよ!! ありがとうカッツン!! 僕これからそこに行って確かめてみるよ!!」
「ちょっと待て! お前はもう四回もトリップしてきているんだろ? 混乱しないようにきちんと整理したほうがいい。今度間違えたら本当にぐちゃぐちゃになるぞ」
カッツンは机の上にあったメモ帳を手にするとそこにAとBの空き地を描き、一度目のトリップ、二度目のトリップ、三度目のトリップ、そして今回のトリップと、常に右側の穴をくぐってきたルートを書き出した。
「毎回間違いなく右手側の穴をくぐってきたのならこのルートだよな。だからこのルートと逆に進めばお前の世界に戻れるんじゃないか?」
「うん!! 早速行ってBの空き地の左側に穴が無いか確かめてみるよ!」
「おい落ち着けって! Bの空き地じゃないだろ。ここは四度目のトリップだからAの空き地だ。Aの空き地の左側に穴があるか確かめろ。もしAの空き地の左手に穴があれば、あとは常に壁に向かって左手の穴を四回くぐる。分かったな?」
「うん! 本当にありがとう! じゃあ僕行くね!」
部屋を飛び出そうとした僕は再びカッツンから「おい待て!」と呼び止められる。
「何?」
カッツンは本棚の前に行くと中から一冊の本を引っ張りだして僕に差し出した。
「ホラ、これ持ってけよ」
「あっ、それ……!」
カッツンの手には 『 ヒーローになったボク 』 があった。
「俺、物持ちいいからさ、昔の本も全部取ってあるんだ」
「で、でもその本、僕がもらっちゃっていいの?」
「あぁ。この本、お前に一番初めに感動を味わわせてくれたヤツなんだろ? なら俺よりお前が持っているほうがきっといい。ほら持ってけ」
カッツンは赤い表紙のその絵本を僕の胸元に押し付ける。
僕はしっかりとそれを抱き、カッツンにお礼を言った。
「ありがとう……! 今度こそ母さんに捨てられないように大切にするよ!!」
「しかしパラレルワールドが本当に実在したとはな……。お前が無事に帰れるように見送ってやりたいところだが止めておく」
そう言いながらカッツンはチラリと真柴さんを見る。その意味を理解した僕はその有難い申し出をきっぱりとお断りした。
「来なくていいよ! だって真柴さんの事が心配でしょ?」
「まぁな」
「まぁ、ワタクシのことが心配ってどういう意味ですの勝利さま?」
「お前の性格なら面白がってこいつと一緒にくぐるような気がするからな。いいか、これからは二度とあの空き地に入るなよ?」
すると真柴さんは急にモジモジとその細い身を何度もよじらせる。
「あの勝利さま……、それってワタクシに別の世界に行ってほしくない、ってことですの? ずっと自分の側にいろ、という熱いアプローチと受け取ってよろしいのでしょうか?」
「いぃっ!? い、いや、それは、その……」
とまたしても動揺し始めているカッツン。
しかしここのパラレルカップルも本当に面白いなー。見ていてちっとも飽きないよ。
でもそろそろお別れだ。だから最後に僕なりに精一杯の援護射撃を送ってあげようっと!
「そうだよ真柴さん! だって君はカッツンにとって、自分に初めて感動を与えくれた大切な人だもん! 放したくないに決まってんじゃん! だからずっとずっとカッツンの側にいてあげてね!」
「はいっ!」
真柴さんは微笑み、嬉しそうにそう答えてくれた。
よしっ、これでもう大丈夫! 間違いなくここの二人もお似合いだ!
「じゃあ僕行くね! 二人ともお幸せに!」
通算三度目の「お幸せに」を伝えると僕はカッツンの部屋を飛び出した。
玄関を出ると二階の部屋の窓が開き、二人が身を乗り出して叫ぶ。
「気をつけていけよ!」
「どうかお元気で!」
「うん! ありがとう! さよならーっ!!」
大きく手を何度も振り返し、僕は空き地まで一目散に走った。
今まで生きてきてこんなに軽やかに走れたことはないくらい、両足は羽のように軽かった。




