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パラレル人生 ミジンコなボク  作者: IKEDA RAO
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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「 ただいま、僕の世界 」



 息を大きく吸って深呼吸。


 すぅ、はぁ、すぅ。




 今の正直な気持ちは…………、怖い。とっても怖い。



 カッツンの推理通り、空き地の壁の左手に穴はあった。

 右側とまったく同じ大きさで、穴から見える向こう側の景色もまるっきり一緒だった。

 たった今、その左側の穴を四度くぐり終えたところだ。


 時計を見る。


 【 AM 8 : 02 】と表示されている。今までのパターンと同じだ。



 ―― もし この世界も結局パラレルワールドだったら



 心臓の中心がキィンと痛む。

 もしそうならこの迷宮空間から抜け出す可能性は限りなくゼロのような気がした。

 その場合、この先も僕は並行旅行を続けながら様々な自分を見続けていくしかないのだろうか。

 雑草ジャングルをさくさくと踏み越える度に漠然とした不安と恐怖がどんどんと増してくる。


 僕は小心者で、臆病で、根暗で、マイナス思考の救いようの無いヤツだ。

 でもそれは仕方の無いことだと思っていた。

 それが僕の性格で、そのまま僕自身なんだと思っていた。

 でも僕はとても大きな勘違いをしていた。


 パラレルワールドで見てきた色んなタイプの僕。


 かなりひ弱だけどその分勇敢で、

 自分の気持ちに鈍感だけどとても優しくて、

 ちょっと乱暴者だけど鋼の精神力を持ち、

 感情をあまり露にしないけど、心の中では確固たる夢を持っている。



 ―― どれもみんな僕だ。


    多少の欠点はあってもそれを補ってあまりある長所を持っている僕だ。



 それなのにこの僕はただひたすらにネガティブで、

 自分がこの世界から消えても誰も困らないなんて思っていて、

 好きな女の子がいたってその想いを伝えることも最初から諦めていて…………、


 …………あぁっ!?


 雑草に隠れて見えにくかったけど、スクールバッグがある!

 急いで中をチェックしてみた。やっぱり僕のバッグだ!  と言うことはここは…………!!



「真柴さん」



 無意識に口から出たのは大好きな女の子の名前。

 むしょうに真柴さんに会いたくなった。

 お転婆でも、内向的でも、超元気でも、天然系でもない、僕が存在する世界の、あの優しい女の子に今すぐに会いたくなった。

 心から湧きあがる衝動のままに空き地を飛び出して学校に向かって走り始める。すると目の前の路地を横切ってきた近所の高校に通う集団とぶつかりそうになってしまった。


「うぉっ!? 危ねぇな! どこ見てんだよ!!」


「あっ、ごっごめんなさい!!」


 僕も高校生のお兄さんたちもどっちも走っていたので本当は非は両方にあると思ったけど、とりあえず謝る。


「ヤマ!! いいから走れって!! お前が弁当忘れたっていうから戻ってんじゃねーか!!」


「うっせーな!! 分かってるっつーの!!」


 そう怒鳴り返した声に聞き覚えがあった。


「あ! あなたはヤマオカさん!?」


「あん?」


 高校生のヤマオカさんは再び走り出そうとした足を止め、怪訝そうな顔で僕を見る。

 そうだ! たぶんこれは僕がいた朝の光景の続きだ! きっとそうだ!


「なんでお前俺の名前知ってんだ? つーかお前誰?」


「あのっヤマオカさん!!」


「な、なんだよ!?」


「 『 愚者達の葬送曲 』 の真犯人を教えます!! 犯人は女性看守でストーリーテラーでもある、あのミセス・ゴールドバーグです!! あの看守が刑務所内とマリッジセンターのすべての殺人の実行犯なんです!! 彼女はその罪を上手くキュサリーヌにかぶせて彼女も自殺にみせかけて殺したんです!! だから最後に 『 私はこれからも愚者達を弔いながら一生をかけてここで働き続けてゆくだろう 』 っていう彼女のナレーションが入るんです! あれはこの先も彼女が独自に罪人達を選び裁いてゆく、っていう意味だったんですよ!! それじゃあ!!」


 一息でそうまくし立て、僕は先に走り出す。


「……おい山岡、誰だよあの中坊?」


「し、知らねぇよ! つーかあいつ、なんでいきなり昨日の映画の話なんかしてきたんだ!?」


「俺らに聞くなよ! お前の知り合いなんだろ?」


「だからあんなガキ知らねぇって!!」


 後ろでヤマオカさんたちが揉めている声が微かに聞こえてきた。クスリと小さく笑いながら僕は更に加速を上げて走る。その時頭上にプロペラ音。



 あのピンクのヘリコプターだ!



 一旦足を止めてヘリを見上げる。

 きっと後40分後くらいにはシウラ公園でマジックタワー大崩壊のスクープ映像を撮っていることだろう。

 僕はヘリコプターに向かって何度も大きく手を振った。操縦桿かんを握るパイロットさんに見えていればいいな、と思いながら。




「北原くん……。そんなに一生懸命手を振ってもヘリコプターからはあなたがよく見えないと思うわよ?」




 あぁ、やっぱり…………!


 かけられた声に見上げていた視線を通学路に戻すと、そのすぐ先にいてくれた。

 髪が長くって、笑うと天使みたいに可愛くって、そしてとっても優しい女の子。

 間違いない! 僕の世界の真柴さんだ!


「……真柴さんっ……!!」


「ど、どうしたの? そんな切羽詰った声を出して……」


「な、なんでもないよ」


「あら? どうしたのその眼鏡? さっきまでかけていたのとは違うわね」


 あっそうか。僕は今トシさんの眼鏡をかけているんだっけ。


「うん。もらったんだ。大切な友達に」


「えっ眼鏡をもらったの? でも人の眼鏡じゃきちんと度があってないと思うわ。視力が悪くなっちゃうわよ?」


「大丈夫。よく見えるし、度があってるかの確認にもちゃんといくから」


 真柴さんは「それならいいけど」と微笑んだけど、今度は僕の服装を見てすぐにまた小さく眉をひそめる。


「北原くん、そのシャツって学校指定のシャツじゃないんじゃない? さっきはちゃんとスクールシャツを着ていたわよね? そのままで学校にいったら先生に叱られちゃうわ。さっき着ていたシャツあるんでしょ? 着替えたほうがいいわ」


「ううん、いいんだ! このままで行くよ!」


 ニッコリと笑い、きっぱりとそう答える。

 僕があまりも明るくそう言い切ったので真柴さんは目を丸くして僕とショーリのシャツを代わる代わる何度も見た。


「だ、だってネクタイもつけないでそんな襟の開いたシャツを着ていったらきっと職員室に呼び出されちゃうわよ?」


「うん、それでもいいんだ!」



 そう、今日だけは絶対にこのシャツは脱がない。僕はこの時そう決めていた。


 パラレルワールドの僕がくれたそれぞれの贈り物。


 勇敢なショーリに貰った開襟シャツ。

 優しいトシさんに貰った銀縁の眼鏡。

 強いカツに貰った飛び出し型の櫛。

 そしてクールなカッツンに貰った……。



「真柴さん。この本、貸すから読んでみてくれないかな?」


「 『 ヒーローになったボク 』 ……? これって絵本?」


「そう。僕が小学生の時に読んだ絵本なんだ。昔これを読んで初めて感動って気持ちを知ったんだ。だから真柴さんにも読んでほしくて」


 いきなりこんな子供向けの絵本を差し出して「読んでみて」だなんて突拍子もないことを言い出したもんだと自分でも思った。もう僕らは中学生だし、今さら幼児向けの絵本だなんてきっと真柴さんはさりげなく遠慮してくるだろう。


「北原くんが初めて感動した本? なんかロマンチックね……。じゃあ今日家に帰ったら早速読ませてもらうわね」


「えっ読んでくれるの!?」


「えぇ!」


 予想に反して真柴さんは絵本を受け取ってくれた。そしてその時視界に入ったらしい自分の腕時計を見て慌てた声を上げる。


「大変っ、もうこんな時間! 遅刻しちゃうわっ! 走りましょ北原くん!」


 時刻は8時20分を過ぎていた。このままだと確かにマズい。遅刻確定だ。

 真柴さんの後に続いて走り出そうとした僕はそこである違和感を覚える。


 僕がこの通学路をUターンしてあの空き地に着いたのが8時頃。

 僕の情け無い態度に呆れた真柴さんが背を向けて先に歩き出したのはそれより前で、確か7時50分頃だったはずだ。

 でも真柴さんに追いついたこの場所は空き地からほんの少ししか離れていなかった。

 いくら真柴さんが歩くのが遅くたって、普通10分もあればもっと遠くまで行けないかな……?


 ここでとんでもない憶測が頭をよぎる。



 ―― ま、まさか、僕を待っていた、とか……?



 ……何言ってるんだ、僕は。

 そんなことありえるわけがない。なかなか追いついてこない僕を待って、真柴さんがここで待っていてくれたなんてありえるわけが…………。


 その時また気持ちのいい春風が吹いた。

 頬を撫でるその風の心地良さに思い切って気持ちを切り替えてみる。



 違う! 真柴さんはきっと僕を待っていてくれたんだ! そうだ、そうに決まってる!!



 僕は本当に何年ぶりだろうというぐらいに、久しぶりに物事を前向きに捉えてみた。するとなんだか胸の奥に暖かい空気の塊がポッとかすかに現れたような気がした。


 そしてこの時やっと分かった。

 僕が今まで忘れていた感情。そしてたった今思い出した感情。



 ―― きっとこの気持ちが “ 勇気 ” に繋がっていくんだ!!



 今度は少し強めの突風が僕の背中を押す。

 体の内から湧き出る勇気と共に僕の背中を力強く押す。

 その風はショーリのシャツと僕の体の間を大きく通り抜けていった。


 なんて心地いいんだろう!

 風が僕の前髪をおかしな方向に大きく逆立たせていく。



「北原くん! 早くぅー! 髪を直すのなんて学校に着いてからにしてぇー!!」



 ショーリのシャツのポケットからカツが愛用していた見かけはナイフそっくりな櫛を取り出した僕を、可愛らしい声が必死に呼んでいる。

 声のする方角に視線を戻すと、トシさんの眼鏡でクリアになった視界の先に見える真柴さんは必死に何度も手招きをしていて、その反対側の手にはカッツンからもらった大切な絵本がしっかりと握られている。


 それを見た僕はなんだか大声で叫びだしたいぐらい嬉しくなった。


 櫛をポケットに戻し、少し先に行ってしまっている真柴さんに向かって走る。

 僕が走り出したので真柴さんもこっちを見ながらまた走り出す。



 ―― 実はさっき空き地を飛び出した時から真柴さんに最初にかける言葉は密かに決めていた。



 真柴さんに追いついたらその言葉を伝えよう。

 並行世界の四人の僕に出会って僕はほんの少しだけ変われたような気がする。

 でも僕はもっともっと、もっと変わりたい。だから言うんだ。



「待って真柴さん! 一緒に行こうよ!!」



 朝に言えなかったこの言葉を元気よく言うんだ。


「北原くーん、早く早くぅー!」


 真柴さんが振り返りながら叫ぶ。

 でも歩幅の狭い真柴さんは走るのもあまり早くないので、その小さな背中はみるみる内に僕の目の前に迫ってくる。


 もうすぐ追いつきそうだ。さぁ行くぞ!


「待って真柴さんっ!」


 真柴さんが軽く息を切らせながら振り返り、僕に向かって微笑んでくる。その笑顔に勇気をもらい、僕は用意していた最後の言葉を叫ぶ。









 「 好きだよっ!! 」




 ……あ。


 思いっきりフライング告白しちゃった……!!


 でも…………………、まっ、いいかっ!!



 この突然の告白に真柴さんはピタリと足を止め、真っ赤な顔で呆然と立ち尽くしている。

 うん! やっぱりこの真柴さんがどの並行世界の真柴さんよりも一番カワイイや!


「遅れるよ! さぁ行こう!」


 僕は真柴さんの手をぎゅっとつかみ、走り出す。


「きっ北原くんっ!?」


 すぐ後ろで驚きの声が上がったけど気にしない!



 掌に柔らかい肌の感触を感じながら僕は走る。

 ずっとずっと走る。

 どこまでも走る。


 真っ青な上空をまたあのピンクなヘリコプターが飛んでいた。


 学校に着いたら真柴さんにそっと教えてあげよう。

 あのピンクヘリのことや、あと40分ほどでシウラ公園のマジックタワーが大崩壊してしまうことを。

 後でそれが事実になったことを知ったら真柴さんは僕の事を預言者だと思うかな?

 そう考えたらとっても愉快になってきた。



「急にどうしたの北原くんッ!?」


 上ずった可愛らしい声が僕の右の鼓膜を直撃する。つかんだ手を僕がもっとしっかりと握ったせいで動揺しているみたいだ。  

 僕ももちろんドキドキはしているんだけど臆しちゃうような気持ちはほとんど感じない。きっと僕の中に生まれた勇気が新しいチカラを与えてくれてるんだ!!

 空を仰ぐと抜けるように広がる青空がさらに気持ちを浮き立たせてくれる。

 あぁどうしよう、気持ちがワクワクして止まらないや!!



「僕の手、しっかり握っててね!!」



 真柴さんに向かって僕は元気よく叫ぶ。

 頑張って走ろうね真柴さん! 絶対に遅刻させないから!



 きっと芽羊中学の門が見えてくるまでこの高揚感はずっと続くはずだ。

 そんな予感と大好きな真柴さんの手をしっかりと握り、ミジンコからヒーローになりかけの僕は全速力で通学路を走り出し始めていた。










 

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