【 10 】
屋上から校門まで一気に走った。
僕が走って来たのを見た真柴さんは門柱の上でほんのちょっぴり嬉しそうな顔をした。でもすぐに表情を変えてじとーっとした非難がましい目で僕を見る。
…………すごい粘着感だ。
超特大サイズの冷湿布を顔一面にべったりと貼りつけられたかのようなその強力な粘着視線にたじろぐしかない僕。
「ま、真柴さん、そんな所に立って何しているの?」
「 “ 何しているのー? ” じゃございませんわっっ!」
うわぁー……すっごく怒ってるよ……。
君の精一杯のあのお誘いをつれなく断って飛び出したんだもん、当然だよね……。
「ワタクシはここから勝利さまにテレパシーを送っていたのですっ! 勝利さまはワタクシのこの愛のコールを受信してくださったからこそここに来てくださったのでしょう!?」
あーあ、また電波的なことを言い出してきちゃったよ……。
細い人差し指が怒りを乗せて真っ直ぐに僕を指差しているけど、“ 真柴さん、人に向かって指をさしちゃダメなんだよ ” なんてとてもじゃないけど言える雰囲気じゃないや。
「そ、それより真柴さん。なんで僕がここにいるって分かったのかな?」
「勝利さまがここの制服を着てらっしゃったからに決まってますですわっ!」
あっそっか。バカなこと聞いちゃったよ。
しかしこうやって門柱の上にいる真柴さんを下から見上げるこのアングルはかなり危ないな……。 またあの下着が見えちゃいそうだ。
「すげぇ服だな、その服」
後からゆっくりと来たカッツンがようやくここまで追いついてきた。二人揃った僕らを見た真柴さんは初めて「あらっ」、という顔をする。
「眼鏡をお取りになった勝利さまにそっくりな方がもう一人……。面白いですわね!!」
あなたの方がよっぽど面白いです、と言いたいけど我慢我慢。
真柴さんが今来たばかりのカッツンに声をかける。
「そちらの方、お名前は?」
「……北原勝利。つーかお前のクラスメイトだろうが。覚えてないのかよ?」
あれ? カッツンってばさっきの僕との会話よりも明らかにムッとした顔をしているよ。真柴さんに名前どころか顔すら覚えられていないのが面白くないのかな?
「まぁそれは失礼いたしました。クラスの方のお顔をまだほとんど覚えてないものでして」
「いつも遅刻して校内をフラフラしてばかりいるからだろうが」
「うふふっそうですわね! でも顔もそっくりでお名前まで同じだなんてすごいですわねっ! でもワタクシの王子さまはそちらの勝利さまですけども!」
真柴さんが再び僕をピッと指差す。
「王子さま……?」
カッツンが横目でチラッと僕を見る。
あ、またちょっとだけポーカフェイスが崩れた。なんとなくだけど説明を促されているようなプレッシャーを感じたので事実のみを簡潔に伝える。
「う、うん。なんか成り行き上、僕、真柴さんの王子さまになっちゃったみたいなんだ」
「……なんだそれ?」
「勝利さまっ! そちらの方とお話をなされるよりワタクシとのお話が先ですわっ!! ワタクシの一世一代の愛の求婚をお断りになったのは一体どういう理由からですの!? そのままお逃げになるなんてあまりにも卑怯ですわ! ワタクシのプライドはもうかなりの割合でずたぼろチックです! お逃げになった理由を正々堂々とここで仰って下さいませ!!」
僕たちの会話を強引に止めた真柴さんが声を張り上げる。
どうしよう、これは本気で怒ってるぞ。
「さぁ早く仰って下さいませ! まさかさしたる理由もなく、ワタクシをお振りになったんですの!?」
どうやらもう正直に話すしか道はなさそうだ。僕は心を鬼にする決心を固め、真柴さんの顔を正面からちゃんと見上げる。そして同じように大声で答えた。
「ごめん真柴さん! 理由はちゃんとあるよ!」
「ですからその理由はなんですのっ!?」
「僕、他に好きな人がいるんだ!! その人のことがとっても大好きなんだ!! それが理由です!!」
「え……?」
僕のカミングアウトを聞いた門柱の上の真柴さんの顔は途端に真っ青になった。
「そ、そんな…………だって、だって勝利さまはワタクシの王子さまですのに…………!!」
「真柴さん聞いて! それに僕はもうすぐここからいなくなるんだ! だから君の気持ちはとっても嬉しいけど僕はそれに答えることが出来ないんだ! だから君の王子様にはなれません! ごめんっ! 本当にごめんっ!」
「……そんな……。ひどいですわ勝利さま……。あんまりです……」
本当に相当なショックだったらしい。
真柴さんの足が大きくふらつき、わずかなスペースしかない門柱の上で小さなお人形さんはグラリとバランスを崩す。
「きゃっ!?」
「危ないッッ!!」
僕とカッツンの叫び声がきれいにハモる。
でも叫んだのは同時でもその後の行動はカッツンの方が早かった。
地面に落下しかけている真柴さんを助けようと突っ込んでいくカッツンの姿が視界に入ったかと思うとドサッという音と乾いた砂埃が上がり、一瞬だけ二人がよく見えなくなった。
しかしそれもすぐにおさまり、うっすらと漂う砂埃の中で見えてきた光景。
うん、真柴さんが地面に座り込んでます。よかった、大丈夫そうだ……と思ったら。
―― 真柴さんが座り込んでいるのはは地面の上じゃなくってカッツンの顔の上でした。
あららららららららどうしよう、とんでもないことになっちゃってるよー!!
どうやらスライディングで滑りこんだカッツンは目算を誤まって行き過ぎちゃったみたいだ。
広がった地球儀スカートの中に隠れて見えないけど、真柴さんのスカートの中にいるカッツンは今どういう顔をしているんだろう……?
……よし決めた!
スカートの中のあの凄まじくも美しい光景を目の当たりにしていながらも、カッツンの顔がポーカーフェイスのままで一切崩れていなかった場合、僕はこの世界の僕を人生の師匠として一生涯尊敬しようと思います。
「きゃあああああああッ!!」
自分が今どんな恥ずかしい格好を異性の前に晒しているのかを知った真柴さんがカッツンの上から飛び退いた。すかさずもう一人の僕の表情を確認に行く僕。
さぁ、ポーカーフェイスはキープされているのかどうか――。




