【 8 】
―― だっ、駄目だ! ここで引き下がっちゃ!
「寝ないでよ! まだ話があるんだってば!」
勇気を出してもう一度さっきよりもやや乱暴に雑誌を取り上げる。
今度こそ怒るかな、と思ったけど、やっぱりカッツンの表情は変わらなかった。ほんのちょっとだけ左眉が動いたような気もしたけど、でもそれも本当にわずかだ。
うーん、どうしてこんなにクールなんだろう?
ここまで無表情だと何か仕掛けてみたくなってきちゃうよ。取り上げた雑誌の表紙に目を落とし、中身をパラパラと見てみる。
「君って映画が好きなの?」
カッツンは返事をしなかった。ただ黙って空を見上げているだけだ。僕の勝手な行為に対しても何も言わない。
手にしたシネマ雑誌にもう一度視線を落とす。
誌面には近々日本でも公開予定の 『 全米を震撼させた傑作サスペンス! 興行収入No,1!! 』 と銘打たれた洋画の内容と、そのキャスティングが紹介されていた。“ サスペンス ” という文字で僕はあることを思い出す。
「そういえば昨日の夜九時からのロードショー観た?」
「……『 愚者達の葬送曲 』 か?」
間髪入れずにボソリと返事が返ってきた。なんとなくノッてきそうな感触がしたので、すぐそばに腰を下ろしてこの話題を続けてみることにする。
「そうそう、それそれ! 観た?」
「前に観たやつだから観なかった」
「なら話の内容知ってるよね?」
「あぁ」
「あのさ、あの映画の真犯人って、最後は刑務所内の事故で死んじゃうヒロインのキュサリーヌでしょ? でも僕、彼女がなぜ同部屋の囚人達を全員殺しちゃったのかの理由が分からなかったんだ。カッツンは分かる?」
「お前ちゃんと観たのか……?」
寝転んだままだけど初めてちゃんと僕の方に顔を向けたカッツンは呆れた口調だ。
「うん、観てたつもりだよ? 映画が終わったらそのまま寝ちゃったけどね」
「大体犯人からして間違ってる。真犯人はキュサリーヌじゃない」
「えっ違うの!? じゃあ誰!?」
「あちこちに伏線があったじゃないか。最初から集中して見ていれば分かる。ビデオでも借りてもう一度最初から観てみろ」
「今知りたい!! ねーねー教えて教えてー!!」
「……」
すごく面倒くさそうだったけど、カッツンはけだるそうに空に視線を戻して 『 愚者達の葬送曲 』 の真犯人と犯罪に至った動機を教えてくれた。全然思ってもいなかった真犯人の名が出てきたのでビックリする。
「えぇーっ! あの人が真犯人だったのー!? あっ、そっか! それで最後のあのナレーションで 『 私はこれからも哀れな愚者達を弔いながら一生をかけてここで働き続けるだろう 』 って言うのか! すごいやカッツン!!」
でも僕がどんなに褒めてもカッツンの表情は変わらなかった。なんだか本当にロボットと話しているようだ。
「……もういいか? それ返してくれ。眩しいから日よけが必要なんだ」
「あ、ごめん、まだ聞きたいことを聞いてないから返せない」
やれやれ、といった風にカッツンが息を吐く。でもロボットはため息なんかつかないから、そんな仕草だけでやっぱりカッツンは人間だ、なんて妙な安心をしてみたりもする。
「あのね、真柴さんのこと、知ってるよね?」
「…………」
「同じクラスにいるでしょ? ちょっと不思議系の、ふわふわした長い髪の女の子」
「……よく遅刻してくる女だな」
「そんなに遅刻が多いの?」
今日みたいに快晴の日は必ずといってもいいぐらい遅刻してくるな。下手すりゃ昼を過ぎても来ないこともある。学校に出てきてもいつのまにか教室からいなくなってそのまま帰っていたりとかな」
―― ふむふむ、このカッツンの言葉ですべて分かったよ。なるほどね。
さっき僕が名乗っても真柴さんは全然反応してくれなかったけど、それはこの世界の僕を知らないというより、カッツンを含めたクラスの皆をよく知らないんだ。きっとろくに見てもいないんだろう。だって興味がぜんぜん無いから。
真柴さんからすれば自分の王子様を探すことの方がずっと大事で忙しいんだもんね。
「ねぇ、カッツンは真柴さんと話したことはないの?」
「……無いな。話す必要性も皆無だ」
うわぁ素っ気無ーい!!
真柴さんもそうだけど、なんかこっちもぜんぜん興味なさそうだなぁ。こんなんじゃこの世界の僕らはくっつきそうもないや。
「ちなみにカッツンて好きな女の子とかいるの?」
「好きな女……?」
カッツンが怪訝そうな顔をする。なんでだろう、一瞬でもこの世界の僕の 無表情が崩れると嬉しくなっちゃうな。
「うん。いる? いない?」
「……別に」
「いないの? じゃあ真柴さんはどうかな?」
「なぜ、その女が出てくる」
「可愛いから!!」
「……理由になってない」
付き合ってられん、と言いたげにカッツンは身を起こして僕の手から雑誌を取り返した。




