【 7 】
芽羊中学の校門付近は人気も無く、静かだった。
そりゃそうだ。だってもうとっくに一時間目が始まっている時間だもん。
校内に入り、静かに廊下を進んで一年二組の教室内を外からそっと覗く。
真柴さんはまだ自分の家にいるから教室にいないのは当然だけど、僕の席にこの世界の僕はいなかった。
……というより教室の中に誰もいない。もぬけの殻だ。
あ、そうか、今日の一時間目は体育か。
誰もいない教室に入り、僕の机の横にスクールバッグがかけられているかどうかチェックする。
うん、あるある。
ということは学校には来ているってことだよな。
教室の窓からグラウンドを眺めてみる。
あーやってる、やってる。男子も女子は今日はハードルかぁ。
窓から身を乗り出して僕らしき人物を探してみたけど見当たらない。
もっと近くで確認してみなくっちゃダメそうだ。
グラウンドに行く前に念のために靴箱の中を覗いてみると……、
…………上履きが無い!
今はスポーツシューズを履いてグラウンドにいるはずなのにおかしいよ。
じゃあやっぱり僕の気のせいじゃなくてこの世界の僕は体育の授業に出ていないんだ。
上履きが無いってことは校内のどこかにいるはずだよね。
そのまま「僕探し」の旅に出発することにした。ただし今は授業中だからこそこそと。
まずはトイレ。…………いない。
次に保健室。…………いない。(入室後、保健室の先生を誤魔化すのが大変だった)。
続いて中庭。…………いない。
最後は屋上。…………いない。
一体どこに行ったの?
屋上から下の様子を眺めてみたけどこんなに高い場所じゃ人の顔まで認識するのは無理だ。
次はどこを探そうかな……。
とりあえずここから降りようと屋上扉の方に足を向ける。
……あれ?
ペントハウス部分に人の頭がちょっとだけ見えるんですけど……。
―― 分かった! 誰かがそこで寝てるんだ!
急いでペントハウスの裏側に回り、壁にくっついている梯子をよいしょよいしょと必死に登る。垂直の梯子だから登りづらい。登っている途中でカメみたいにひょこっと首をのばしてゴールの場所を覗いてみた。
……そこには予想通り、僕がいた。
うん、たぶん僕だと思う。
たぶん、と言ったのは、この上で仰向けに寝ていた人物が顔に雑誌を載せているので誰か分からないせいだ。でも、体つきや、雑誌からはみ出している髪でなんとなく分かる。これはきっと僕だ。
梯子を登りきり、その人物のすぐ横に立つ。
うわぁ、ここは眺めがいいなぁ……!
今いた場所より更に2.5メートル高い世界。
縦横わずか3メートルほどの狭いエリアだけどきっとここは学校で一番高い場所だ。
さてと、じゃあまずは僕と思われるこの世界の北原勝利に挨拶してみようっと。
「お、おはようっ」
でも僕が声をかけてもその体は動かなかった。
熟睡しちゃってるのかな。でも寝息が聞こえてこないんだよね……。なんだか息を潜めているようにも感じるんだけど。
「寝ちゃってるー?」
そう言いながら顔の上の雑誌を取ろうとした時、静かに相手の右手が動いて雑誌が少しだけ下にずらされた。
顔の上半分だけが雑誌から覗き、僕と相手の目が合う。
まるで作りかけのモンタージュ写真の一部だけを見せられたみたいだけど、それでも僕には充分だった。
この生徒は間違いなく四つ目の並行世界の僕、北原勝利だ。
眼鏡はかけていない。カツのように視力がいいのかな。髪はトシさんまではいかないけど長めだ。毛先のあちこちが緩やかにはねている。
本来ならやっぱり僕だったと分かって安心するところなんだろうけど、現実は違っていて僕は戸惑っていた。なぜならこの世界の僕の目に、まったく驚きの色が浮かんでいないからだ。
僕と初めて顔を合わせた時、
一つ目の世界のショーリは驚いた後に心底脅え、
二つ目の世界のトシさんは少しだけ驚いた後に冷静になり、
三つ目の世界のカツはいきなり怒りながら難癖をつけてきて、
どの世界の僕もそれぞれの性格にあったなんらかのリアクションを僕の前で見せた。
それなのに。
この世界の僕は何のリアクションも見せなかった。
顔がこんなに似ているのに、雑誌の隙間から僕を見る目はとっても冷たくって、その瞳には何の感情も浮かんでいない。少なくても僕には読み取れなかった。
「……何か用か?」
口は雑誌の下なのでくぐもった声になっている。でもやっぱり僕と同じ声。
「あ、あの僕、北原勝利っていうんだ。君もそうだよね?」
「あぁ」
―― ハイ、会話終了…………って、エ? それだけ!? それでこの会話はおしまい!? なんで驚かないの!?
「ビ、ビックリしないの?」
「……別に。この世には三人同じ顔の奴がいるってよくいうだろ。だからお互いたまたま近い場所にいた、っていうだけじゃないのか」
ク、クールだなー、この世界の僕は…………。
「だ、だってさ、僕ら、名前まで一緒なんだよ!? 偶然にしてもおかしすぎるとと思わない?」
「偶然は時に予想の範疇の遥か上を行く場合が多々ある。今回もそのケースだ」
「は、はぁ、そうですか……」
取り付く島も無いというのはまさにこの事だろう。
「もう用が無いなら一人にさせてくれ」
そう言うと四つ目の平行世界の僕は雑誌で再び顔を隠してしまった。
「待ってよ!まだ聞きたいことがあるんだ!」
僕はちょっぴり乱暴に雑誌を取り上げた。
怒るかな、と思ったけど、その目には相変わらず何の色も浮かんでこない。……なんでこんなにクールなんだろう?
「……用件を早く言え。そしてさっさと行ってくれ」
「は、はい……。えっとまずね、どうしてこんな所にいるの? どうして体育の授業を受けないの?」
「受ける必要が無いからだ」
「どうして?」
「体育なんて何の役にも立たん」
寝転んだ状態で上を見たままでそう答えた四人目の僕は、焦点の合っていない目で抜けるような青空を眺めている。空のとっても綺麗な清々しい青い色も、その色が彼の目に映り込むとそれは冷え冷えとした冷たさに変わってしまっていた。
「な、なんか君ってすごくクールだよね」
「……クラスの奴らからは感情の無いロボットと言われている」
「ロ、ロボットー!?」
……ここは本来なら笑うところかもしれないけど、クラスの皆からつけられたそのあだ名があまりにも的確過ぎて、笑う気持ちも起こらなかった。考えようによっては僕のペーペーよりも悲惨なニックネームかもしれない。
何とかフォローしようと思うのだけどいい言葉が思いつかなかったので、とりあえず並行世界の僕に尋ねてきたお約束な質問をしてみる。
「クラスからはロボットなら、家族からはなんて呼ばれてるの?」
「……お前は?」
「僕? 普通に勝利だけど?」
「…………」
四人目の僕は質問に答えないままで僕の手から雑誌を取り戻そうとしてきた。まだ肝心な事を何も聞けていない僕は慌てて雑誌を背中に隠す。
「ねぇ答えてよ!」
ふーっと長い吐息がした。それは本気でやれやれ言いたげな迷惑度120%のため息だった。
「答えたらもういなくなるな?」
四人目の僕はそう前置きした後でようやく教えてくれた。
「……カッツンだ」
「カッツンー?」
僕の語尾が上がったので馬鹿にされたと感じたのか、四人目の僕の顔にわずかだけど不快な色が浮かんだ。人を嫌な気分にさせているのに、目の前の僕にわずかでも感情の波が現れたのがなんとなく嬉しい。
「あ、ごめん。別に全然おかしくないよ? カッツンかぁー、言いやすくていいね!」
「妙な持ち上げ方をするな。さっさと行ってくれ」
あっという間に元の無表情に戻ったカッツンは僕の手から雑誌を取り戻し、さっさとそれを顔にかけてまた寝ころんでしまった。
……どうしよう、まだ真柴さんのこと、何も聞いてないのに……。




