【 6 】
―― ごめん、と断るつもりだった。
ごめん真柴さん。僕は君の気持ちには応えられない。
だって僕はもうすぐこの世界からいなくなるんだ。
君とずっと一緒にいたいけど、でもそれはできないんだ。
だからごめん。ごめんなさい。
そう断るつもりだった。
だけど、振り返って「真柴さんっ!」と彼女の名を呼び、その細い肩を掴んだ時、そんな僕の決意が音を立てて崩れていった。
「……勝利さま……」
小さな肩が震えていた。
肩だけじゃない。柔らかい髪も、白い喉も、細い脚も、みんな、みんな震えていた。
きっと僕が拒絶しようとしているのを敏感に感じ取ったに違いない。
「……そんなに、そんなに私のことがお嫌いなのですか……? どうして私ではダメなのですか……? 教えて下さいませ……っ!」
あぁ、真柴さんを泣かせちゃったのはこれで二度目だな……。
でも三つ目の並行世界の元気な真柴さんを泣かせちゃった時と、今は状況が全然違う。
だって目の前の真柴さんが泣いているのは僕のせいだ。
「……本当にいいの?」
無意識にその言葉が僕の口からこぼれ出た途端、涙で濡れていた真柴さんの顔が大輪の向日葵のようにパァァッと輝く。
「はい! もちろんですわ!」
そして僕の気が変わらない内にと考えたのか、真柴さんは大急ぎで青い服のボタンをその場でプチプチと外しだす。またしても彼女のぶっとび行動を目の当たりにして僕は急に正気を取り戻した。
「まっ真柴さんっ!?」
「はい?」
―― しかし時すでに遅し。もうほとんどの前ボタンが外れていた。
「真柴さんボタン留めてっ!!」
ダイニングテーブルに後ろ手で手を着き、のけぞる僕に真柴さんがピッタリと近づき、覆いかぶさるような格好で無邪気に尋ねてくる。
「あら、どうしてですの?」
「いっ、いいから早く!!」
「まぁ勝利さま! もしかしてご自分でワタクシの服を脱がせたかったのですか? 申し訳ありません、ワタクシったら気がつかなくって! でもワタクシ、勝利さまのお手をわずらわせたくなかったのですわ! それだけはお分かり下さいね!」
“ さっき泣いたカラスがもう笑った ” とはよくできた言い回しだ。もうさっきの涙はどこへやら、真柴さんは満面の笑み+さらに弾む声で言う。
「では勝利さまにはワタクシの下着の着脱をお任せいたしますわねっ!」
……はは、なんだか笑い泣きしたい気分になってきたよ……。
「今こちらを急いで脱いでしまいますので少々お待ち下さいませ!」
真柴さんは脱力する僕の上から身を起こすと青のドレスを引き続き自分で脱ぎ始めた。白い両肩が剥き出しになる。
「わぁぁぁ――っ!! だから待って! 待ってってば!!」
テーブルの上でリンボーダンスができるぐらいのけぞっていた僕は慌てて起き上がるとそのストリップショーを強引に止めさせる。
「ま、真柴さん。これから僕の言う事をよく聞いて。いい?」
キラキラと宝石箱のように輝く彼女の瞳を覗き込むと、「はい!」と上半身下着姿で真柴さんが素直にコックリと頷く。
僕は大きく深呼吸をし、心を決める。
そして叫んだ。
「本っ当にごめん!! おかゆ、美味しかった! ありがとう!」
そして僕はキッチンから飛び出すと真柴さんの家から逃げ出した。背後で真柴さんが僕の名を呼んだような気もしたけど、とにかく飛び出した。
―― これで良かったのかな?
真柴さんの気持ちを踏みにじって逃げ出して来て良かったのかな?
路地を走り続ける心の中で後悔の念が激しく浮き沈みを繰り返す。
本当は流されたかった。
真柴さんを思い切り抱きしめて、第三の欲に身も心も預けてしまいたかった。
僕の心の中にある、たった今編纂したばかりのピカピカな「人生広辞苑」。その最初のページを破り捨てて真柴さんの所に戻りたかった。だけど――。
―― いや、これで良かったんだ、これで!
よし、決めた! この世界の僕に会おう! そして真柴さんとこの世界の僕がどうして接点が無いのかを突き止めよう!
走るのはあまり得意じゃないはずなのに足の速度が勝手に増していく。
真柴さんの家から芽羊まではちょっと遠いけど、結局僕は学校に着くまで一度も足を止めずにずっと走り続けた。




