【 5 】
―― 僕は今、後悔している。昨夜の自分の行動に大後悔している。
昨夜の僕は夜9時から11時15分までの水曜ロードショー、『 愚者達の葬送曲 』を最後まで観た後、そのまま眠ってしまった。そして朝の7時過ぎに目が覚めた。約8時間寝たわけだ。
人間には三大欲求があって、さっきまであれほど欲していた一つ目の欲、≪ 食欲 ≫ は真柴さんのとびっきり美味しいおかゆで満たされた。 二つ目の ≪ 睡眠欲 ≫ も昨日の8時間睡眠で余分なくらい取っているから湧き起こってこない。
……となると、最後に残った三つ目の欲が暴走を始めようとしているのを誰が止められるのだろう?
しかもこんな美味しいシチュエーションで。
それにこの四つ目の並行世界の僕と真柴さんは出会っていないようだから、この世界の僕に遠慮することも無いし。
もし並行旅行し立ての僕だったら驚きでひたすらビビリまくってあわてふためいて即行で逃げ出していたかもしれない。
でもここに来るまでの数度のトリップで僕は色んなタイプの真柴さんと会った。
そしてその度にそれなりに結構美味しい思いなんかもちょこちょこしてきちゃっているから、おかしな言い方だけど、僕は女神のような女の子だと密かに憧れていた真柴さんに慣れてきちゃっている部分がある。
だから不思議系で扱いに少々困惑するこの真柴さんでも、今の僕はこうやって一丁前に ≪ 性欲 ≫ なんてものを感じてきちゃってたりするのだろう。それにもう二度もあんな大反則な下着を見せられているっていうのもあるし。
「勝利さま……」
ふにゃん、ふにゃん。
背中に押し付けられた二個の水ヨーヨーが僕の心をかき乱す。
あぁ、どうしよう。こんなに無防備に身を投げ出されたら、思わず僕も最初の並行世界のショーリのように、「じゃあ襲っちゃうよ?」なんて言葉を今ならすんなり言えてしまいそうだ。
……僕、少し変わってきているんだなぁ…………。
―― でっ、でも!
「まっ、真柴さんっ! ダメだよっ! 出来ない!」
背中を向けたままでの第一弾射撃はなんとか成功。
戦え、僕。
死に物狂いで戦うんだ。
僕はこの並行世界に留まる気は無い。
この不思議でキュートな真柴さんとずっと一緒にはいられない。
今ここで自分の欲求を大解放しても最後には必ず真柴さんを傷つけてしまう。
だから戦うんだ。
今まで戦ったことなんて一切無いけど、それでも戦うんだ。
僕の辞書に「戦う」の文字は無いから、たった今改訂版を出そう。
僕の『 人生広辞苑 』、何度目かの改訂版を出そう。
編纂者は僕一人。発行するのは簡単にできる。
今回は ≪ アイウエオ順なんかくそくらえ ≫ の方針で行こう。
そんなもんは軽くぶっ飛ばして、一番最初の語句に「戦う」という単語を堂々と超太字でプラスして、そしてこの現状に立ち向かうんだ。
そうだ、「戦う」とは実は拳だけではなく、こうやって理性と本能の狭間でせめぎあうことも含まれているんだ、ということを知った今、目一杯戦ってやる!
「どうしてですか、勝利さま…………ワタクシのことがお嫌いですか…………?」
鋭利な剣山のようにびっしりと見えない針で覆われた盾を背中に立てたつもりなのに、真柴さんの悲しそうなかぼそい声は盾の溶接部分の繋ぎ目をきれいに貫いて体内にまで侵入してくる。
……負けちゃダメだ…………負けちゃダメだ…………負けちゃダメだぁ――ッ!!!
―― 理性という名のフィールドが発動した。
「ご、ごめん! 真柴さんのこと、嫌いじゃないよ!? 嫌いじゃないけど出来ないんだ!」
頼むっ、僕の理性! この強烈な密着攻撃を何とか耐え凌いでくれ!
「勝利さま、お願いです…………。ワタクシは勝利さまのものになりたいのです……」
あぁ真柴さんの禁断のお願い。このまま行くと本能の陣地にまで一気に引きずられそうだ。
だから黙ったままでお腹に巻きつけられている手を外そうと真柴さんの手首を掴んだ。真柴さんが小さく抵抗する。
「お願いです……。どうかワタクシの体に勝利さまのお印、その証をこれでもかと言わんばかりにしっかりと刻みつけて下さいませ……。初めてで作法は少々分からないことがございますが、一生懸命勝利さまのために誠心誠意、真心こめてお尽くしいたします……。ですからどうかお願いです……」
―― 再度の懇願。倫理の揺らぎ。意思の崩壊。煩悩全開。
…………父さん、僕は負けそうです…………。
「真柴さんっ!!」
限界が近い。
勢いよく振り返り、真柴さんの細い両肩をグッと掴んだ。




