【 10 】
「それよりヒナは学校に行ったんだな?」
「ううん。今あっちの林の中で休ませてるよ」
僕は後ろの木々を親指で指した。
「なにっ休ませてるだとっ!?」
カツは目を剥いて僕に掴みかかってくる。
「やっぱあいつ怪我してたのかよっ!?」
「痛っ!」
僕の両肩にぐいいっとカツの指が食い込む。
あーもうっ、どうして君はちゃんと最後まで話を聞こうとしてくれないんだよ!
「ちっ、違うって! カツが背中にひどい傷を負ったのを見て、真柴さんはショックで動けなくなっちゃったんだよ!」
「なんでお前が何でもねぇってヒナに言ってやらねぇんだよ!? こんなの全然大した傷じゃねぇんだぞ!?」
「ぼ、僕も一生懸命そう言ったんだけどダメなんだ。僕の言葉じゃダメなんだよ。助けたカツが真柴さんにちゃんとそう言ってあげないとあの人はきっといつまでも自分を責めちゃうと思う。今もあの林の中でずっと泣いてるんだ。だからすぐに行ってあげて。僕はここで待っているから」
「……クソッ!」
カツは僕の体を乱暴に離し、大股で林の方に行こうとする。
怪我をした背中がこちらに向けられた。手当てのおかげで血は止まっているけど、破れた血塗れのシャツはそのままだ。
―― あ!
「待ってカツ!」
「何だよ!?」
「これを君にあげる! 着てみて!」
背中とスラックスの間に押し込んでいた芽羊のスクールシャツを僕は取り出した。
「シャツだと!? なんでお前鞄は持ってねぇくせにそんなもんは持ってるんだよ!?」
「まぁ色々とあってね。それよりその血がついたシャツを見たらまた真柴さんが自分を責めちゃうからこっちを着るといいよ」
カツは僕の所に戻って来るとその僕の手から乱暴にシャツを取り上げる。
「まぁお前がどーしてもって言うならもらってやるぜ!」
本当に素直じゃないなぁ……。
でもここはカツにシャツを着せるためにわざと下手に出ることにしよう。
「うん、頼むよ。真柴さんのために着てあげて」
「サイズ合うだろうな…………、って、おい! これスクールシャツじゃねぇかよ! こんなダサイもん着られるか!」
「でもその破れたシャツよりマシだって。お願いだから着てよ」
カツはギロリと僕を睨む。そして次の瞬間、その目の奥にキラリと暗黒星が無数に輝いたのを僕は見てしまった。
「…………おい、お前が着ているそのシャツを寄越せ。で、お前がこっちを着ろ!」
「エェ!? だ、だめだよ!」
「うるせぇ! こんなみっとねぇシャツを着られるか! さっさとそっちを寄越せ!」
「ダメダメダメダメ!! 絶対にダメなんだぁ――――――ッ!!」
僕は大声を上げて必死に抵抗した。
カツがどんなに脅してもこのシャツはあげられない。例えボコボコに殴られたってあげられない。
だって、これはショーリがくれたシャツだから。
あの勇敢なショーリが僕のためにくれた、大切な大切なシャツだもん!!
「な、なんでお前そこまでムキになってるんだよ!? たかがシャツだろ!?」
僕の鬼気迫る抵抗に呑まれたカツが僕のシャツに向けて伸ばした手を止める。
「これはここに来る前に出会った大切な友達が僕に、ってくれたシャツなんだ! だから絶対にあげられない! 殴りたかったら殴ってもいいよ! でも何をされてもこのシャツだけは絶対にあげない!」
「…………」
僕の必死の叫びに宙に浮いていたカツの右手は大きくUターンをして、代わりに前髪をぐしゃぐしゃと掻き出した。そして嫌々そうに左手に持っているスクールシャツに目をやり、観念したように袖を通すカツ。良かった、分かってくれたんだ……!
「チェッ、この襟元の狭さ! そして固さ! やってられねぇな!」
そう文句を言いながら一旦は首元近くまで止めたボタンを結局カツは半分近く開けてしまった。
「おい、包帯が見えるか?」
「うん、ちょっとだけ見えちゃってる。我慢して後一個だけボタン留めようよ」
「しょうがねぇな……」
結局上から三つ分だけボタンを開け、カツは真柴さんの元へと急いで走って行った。
ここに一人残された僕はどうしようかと考える。そして出した結論。
―― 覗き見しちゃおうっと!
だって今までも僕がキューピッドっていうかきっかけになって、それぞれの並行世界の僕と真柴さんの恋の行方を見てきたからこの世界だって見てみたいもん。特に今回は見てもいい権利があるような気がする。
それに真柴さんのいる場所から死角になる位置も、さっきここに来るまでに大体は目星をつけておいたしね。こういうことには妙に頭の回る僕だ。
……なんかせっかくの灰色の脳細胞の使い道、大きく間違っているような気もするけど。




